第二話 千春さんとの再会

 週末、家族三人でいつもの公園へやってきた。

 この公園は町内で一番大きく、園内に池やサッカーグラウンドもあり散歩コースも充実している。

ゆい、すべり台いくか?」

「いくー!」

 結はこの公園の長いローラーのすべり台が大好きだ。何度も何度もすべっては登り、すべっては登る。それに付き合わされるのは、かなり体力と根気がいるのだ。

「じゃあ結のこと見てるから、優菜ゆうなはどっかで休んできな」

「いつもすまないね」

「それは言わない約束」

 いつものようにそんな芝居がかったやりとりをして、別行動を取った。

 夫の拓馬たくまは平日の分を取り戻すように結と二人で遊んで、その間は私を休ませてくれる。

 世間では『育児に参加してくれない夫』のウワサを聞くが、私は恵まれていると思う。


 公園を出たところにある、以前から目をつけていたカフェに向かう。

 公園に来るときにはいつも前を通っていたが、入るのは今日が初めてだ。

 古民家風の喫茶店で、深い色の木材で出来た外観はどこか懐かしい印象を受ける。

 看板には『HIDAMARI珈琲』と書いてある。店の名前だ。

 扉を開けると、内部はレトロな雰囲気を残しつつ店内は明るく、漂うコーヒーの香りに心が躍った。

 二人がけのテーブルに案内され、メニューを見る。子供用ドリンクや軽食もあり、結とも来れるなと思った。子連れで入りやすいカフェはありがたい。

 コーヒーはオリジナルブレンドからエスプレッソのアレンジもあり、カフェラテ、カプチーノなどができるようだ。

 正直、コーヒーを飲むは好きだがそれほどこだわりがあるわけではなく、味の良し悪しはよくわからない。

 だがこの店の雰囲気が気に入ったので、これから何度か通おうと思った。いろいろな種類のコーヒーを頼んでみよう。


 今回私はオリジナルブレンドを頼んだ。

 運ばれてきたコーヒーからは、いつも家でドリップしているのとは少し違う香りが漂っている。違うということくらいしか分からないが。

 口を火傷しないように、注意して一口啜る。

 熱を持った液体が、喉を通り流れていくのが分かる。その通り道から、上半身に熱が染み渡っていく。鼻から抜けた香りは、頭の中のモヤモヤを連れ去ってくれたかのように錯覚させる。

 娘は可愛いが、一人の時間も大切だ。結が幼稚園に行くようになり、家での自由な時間が少し増えたのでこうやって時間をもらうのも少し罪悪感がある。ちゃんと交替で、拓馬にも一人の時間を作ってやらないとな、と思う。

 スマホで小説を読みながら、ゆったりとした時間を過ごした。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 店を出て、結たちのところへ戻ろうと公園内を歩いているときだった。

「あれっ、ゆーなさん!」

 聞き覚えのある声に振り返ると、あおいちゃんと手を繋いだ千春ちはるさんがこちらに手を振っている。

「千春さん!」

 思わぬ遭遇に、顔がほころぶ。

「こんにちは、ゆーなさん。あおちゃん、ほら結ちゃんのママだよ」

「……(ゴニョゴニョ)」

 あおいちゃんは目を合わせてくれないが、かすかに『こんにちは』と聞こえたので私からも挨拶を返した。恥ずかしがり屋のあおいちゃんが挨拶してくれようとした気持ちは、嬉しく受け取った。

「今日も、姉からあおちゃんを預かりましてね。いま公園に来たばかりです」

「頼りにされてますね。結もそこにいるけど、一緒に遊ぶ?」

 あおいちゃんに話しかけると、千春さんの顔を見た。千春さんは意思を汲み取って、

「いいんですか?」

 と尋ねてきた。

「もちろんです」

 答えた後に、夫も紹介しないといけないな、と思った。


 スマホで拓馬に聞くと、いまは結とブランコにいるとのことなので、三人で向かう。

「へぇ、ゆーなさんが休めるように? いい旦那さんですね」

「ええ。娘も夫も、私には勿体ないくらいです」

「ゆーなさんが頑張ってるからですよ、きっと」

 そうかな。でも、千春さんに言われるとそんな気がしてくる。

 千春さんは、いつも温かい言葉をくれる。

 ブランコが近づくと、結と拓馬が私たちに気づいた。

「あおいちゃんだ!」

 結は早速あおいちゃんを見つけて、ブランコから飛び降り(危ないな)嬉しそうに駆け寄った。私は拓馬に二人を紹介した。

「夫の拓馬です。こちら結の友達のあおいちゃんと、千春さん。そこで丁度会って、結と遊びたいって」

「こんにちは。結がお世話になってます。優菜の夫の桂木かつらぎ拓馬です」

 夫は私と違って並のコミュ力はあるのだ。

「こちらこそお世話になってます。素敵なお子さんと奥さんですね」

 千春さんも、若いのに挨拶がこなれている。

「自慢の妻子です。あはは」

 拓馬は調子良くそんなことを言う。何だか気恥ずかしいので、それくらいにしてほしい。


 拓馬には休憩に行ってもらって、私と千春さんは二人で結とあおいちゃんの面倒を見ることにした。

 今は子供二人がブランコに乗るのを手伝っている。

「いやあ、姉からはまた押し付けられちゃいましたけど、ゆーなさんと会えてよかったです」

「そんな……」

 嬉しいことを言ってくれる。私は照れてまともに返事ができなかった。

「ん? ゆーなさん、なんかいい匂いがしますね」

 千春さんが突然嗅いできたので、私は焦ってしまった。

「な、なんだろ? 何もつけてないよ?」

 近づいた彼女の顔にドキッとした。距離感が近い人なんだろうか。

「コーヒーの匂いですね」

 ああ、そういうことか。

 というか、千春さんの方が柔らかい良い匂いがする。これはコーヒーとかではない。

 まだドキドキしているが、近づかれても不思議と嫌じゃなかった。

「さっき、カフェでコーヒー飲んできたんですよ」

「なるほど。ゆーなさん、コーヒー好きなんですか?」

「まあ、好きですかね。詳しくはないけど」

「実はそろそろバイトでも始めようかなって思ってるんですけど、やっぱりカフェがいいかなー。前もカフェだったんですよ」

「良いですね。千春さんがやるなら行きたいかも」

「ほんとですか? ぜったい来てくださいよ! あのー、嫌じゃなければなんですけど……」

「?」

「連絡先聞いてもいいですか?」

 願ってもないことだった。

「そちらこそ嫌じゃなければ教えます是非」

 何故か早口になってしまった。

「やった!」

 千春さんは無邪気に答えてくれた。

 こんなに素直に、連絡先を教えてもいいと思えるのは久しぶりだった。

「えっと……あれ? QRコードってどうやって出すんだっけ……」

 久しぶりの操作に私が焦っていると、千春さんが笑いながら手伝ってくれた。

「ここですよ、ゆーなさん。……よし、これでOK! バイト先決まったら連絡しますからね」

 千春さんの勢いに身を任せ、グイグイ引っ張られる感じが何故か心地良い。


 ☆ ★ ☆ ★ ☆ ★ ☆


 その日は別れて、それぞれ帰路についた。結は公園から帰りたくないとぐずったが、それはいつものことだ。私の抱っこで強制送還した。

「かえらない! おかあさんきらい!」

 そんなことを言われても帰らないといけないので、私も負けじと

「お母さんは結のこと好き~」

 と返した。

「なんか今日は機嫌いいね」

 その様子を見ていた拓馬が言った。

「そう? たっくんが休ませてくれたからかな」

「それは何より。あの千春さんて、良い人だったね。結も懐いてるみたいだし」

 拓馬からの千春さんの評価が高いと、何故か私が誇らしくなる。彼女の魅力を夫と共有できたのは、素直に喜ばしいことだった。


「ママ友じゃないかもしれないけど、仲良くなれると良いね」

「そうだね。……仲良くなりたい、な」

 私の機嫌が良いのは千春さんと会えたのが理由であることも、自分でよく分かっていた。

 それに連絡先も交換したことだし、また次に会えることが約束されているのだ。

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