第18話

 ある日、検査のためマヌスは再びアイベリーの医院へと赴いていた。

 その後の会話の自然な流れで、協力者が増えたことを告げると我が事のように大喜びする。


「へぇー! アナタが4人の女の子を! へぇー!!」


「すっごい目を輝かせてるところ悪いが、そういうのじゃないからな? 君はこう、をイメージしてるんだろうが、そうじゃあないからな!」


「アハハハ! わかってるってば。でも、我慢できなくなって手ぇ出しちゃダメよぉ~?」


「わたしをなんだと思ってるんだ」


「でもその娘たちの協力があれば、きっと調べる手が広がるね。白女神の学院って格式高い名門だし、もっと詳しい資料とか論文があるかもだね」


「うん、そういうのも今探してもらってる。さすがにわたしが入るわけにはいかないからね。とは言え、テストが終わるまでの辛抱だ」


 ここ数日は彼女らに出会っていない。

 さすがに試験の期日が迫っているともなれば、彼女らも必死にならざるを得ないだろう。


 学業優先は守らせている。

 一度だけ試験勉強が嫌で事務所にステラが逃げてきたが、マーテルに首根っこを掴まれて連れていかれたのは言わないでおこう。


「まぁ、どういう経緯でその4人を引き込めたかは知らないけど、これでアナタのほうにも進展がありそうでホッとしたよ」


 アイベリーは心底嬉しそうだった。

 いずれは彼女らにも会いたいと言いながらマヌスに振り向く。

 久々に明るい笑顔を見た気がする。 


「今日はありがとう。帰るよ」


「お茶、飲んでいかない?」


「いや、午後から仕事を始めるんだ。安心してくれ。別に荒事じゃあないから」


「そう? じゃあね」


 ちなみに仕事があると言ったのは、半分方便。

 仕事は別に夕方にずらしてもいい。

 明日までにやればいいし、やれる仕事だ。


 マヌスが寄りたかったのは公園。

 休日の公園で、一服してから事務所へ戻る。

 ちょっと落ち着きたかったり、考え事がしたかったりするのにうってつけなのだが……。


(今日子連れが多いなあ。まぁ休日だしなあ)


 暖かい気候に恵まれる中、子供たちの笑い声を含んだ風が公園を吹き抜ける。

 新緑を宿す木が多い中、かしわの葉は枯れて、カサカサと輪唱を奏でていた。


 新緑の葉をよく見てみると、虫がかじった跡がある。

 そういえば幼いころに、葉の味はどんなものかと自分もかじった記憶がふとよみがえった。

 味こそ思い出せないが、結果はもう言うまでもないだろう。


 そんな木の下にはドングリがいくつも転がっていた。

 ドングリは熟せば食べられるらしいが、実際に食べたことはない。

 どんな味がするんだと思いをはせながらベンチに座り、午後の風に身を委ねる。


 こういう仕事や悩みとはまるで無関係な、意味があるのかないのかよくわからないことを考えるのが好きだった。


 目を閉じて自然を感じるのが心地いい。

 しかし今日はやけに騒がしい。仕方のないことだが。


 子連れの親子から見れば、独り身のマヌスはどう見えるだろう。

 別に他人のことだしなんとも思わないか、それともマヌスを奇々怪々なものとみなし、不信感を募らせているか。


 しばらくベンチでそうしていたのち、公園に来るまでに購入した新聞を広げる。

 

「また戦争か……」


 我が国とかねてより険悪だった国との軋轢がさらに深いものとなり、戦争は避けられないのではないかというニュース。

 専門家の意見や、政治家たちの決断のことが事細かに書かれている。


 良いニュースの裏側には、必ず悪いニュースがある。

 つらい戦争を味わった彼には、辟易するようなニュースだ。


「いかんいかん。すっかり気分を滅入らせてしまった。折角運がこっちに傾きだしたんだ。しっかり稼がないとね」


 新聞を折りたたんで、すぐに公園を出る。

 近くで軽食を済ませてから仕事の準備だ。


「あれ、もしかして、先生ですか?」


「え?」


 その声と先生というワードは、明らかに自分に向けられたものだとわかる。

 落ち着いた声の中に秘める、確かな知性と母性的優しさ。

 振り向く際でも、特に警戒も緊張もしなかった。


「マーテル、驚いたな。君とこんなところで出会うなんて」


「先生はお仕事で?」


「私用さ」


 制服姿とは違い、白を基調とした暖かめでゆったりとした私服を着こなすマーテル。

 彼女はもう一歩遠くから見れば大人の女性と大差ないほどに、美しく大人びていた。


 図書館やカフェにいても様になっていそうな気品さと、落ち着きのある話しやすい雰囲気にマヌスは表情を柔らかくさせた。


「驚いたな。もうすぐテストが近いんだろう? どうしてここに?」


「あぁ、私の家がこの近くなんです。普段は寮生活ですが、休日は実家に戻って手伝いをしたりとか」


「近く? ああ、確か君は……」


「クス、えぇ、商人の娘ですよ」


「そうそうそう! しかし改めて見ると、すごい才能じゃないか。ご両親も鼻が高いだろうね」


「そう、ですね」


 なんとも歯切れが悪い。

 変に褒めたのはまずかったか。


 言葉に詰まると、マーテルはそれを察したように慌てて弁明する。


「あ、いえ! 私自身望んで入学したわけですし! その、才能は活かさないと」


「あぁ、いや。こちらこそ申し訳ない。無神経だったよ」


「無神経だなんてそんな……────ぁっ」


「ん? 新聞が、どうかしたかい?」


 脇に挟んでいた新聞を手に取ると、マーテルがなにに反応したかがすぐにわかった。


「戦争はイヤだねぇ。お偉いさんには、早くなんとかしてほしいもんだよまったく」


「……はい」


 思った以上に怖がっていた。

 こうして見ると魔導士となるべく精進する学徒ではなく、本当にただの一般人という感じだ。


 新聞を素早く折りたたみ、戦争のことが載っている面を隠した。


「すまない。邪魔したね。わたしは帰るよ」


「あ、その……!」


「なにかな?」


 呼び止められるとは思わなかった。


「少し、話しませんか?」


「え?」


「もしもお昼がまだでしたら、ご一緒に……」


 ……いや、これもまた予想外。

 一瞬アイベリーの言葉を思い出したが、すぐに平静に戻る。


「食事かい? あいにくわたしは豪勢な店とかは知らなくてね。君に見合うような店が……」


「あぁ、いえ。別にそのへんにある飲食店で大丈夫ですので」


「そうかい。……話をしたいと言ったね。一応聞くが今ここではダメなのかい?」


 女性との食事経験などあるはずない。

 そういう場合の気遣いのやり方などわかるはずもない。


 彼女に恥をかかせるだけならば、手段は簡略化させたほうがいいだろう。

 だが、思いもよらない情報を彼女は口にするのだ。


「先生が以前調べてほしいって言ってた件です。試験勉強の合間に資料とか論文を読んだので」


「なんだって? エーデルワイスの?」


「そうです。……さすがにここでは、なので」


「……わかった。いいだろう」


 決断は早かった。

 かなりしっかりした娘だとは思っていたが、ここまでくると有能と言わざるを得ない。


「では、そうですね……。あ、向こうのお店へ行きましょう。あそこなら値段も安いですし、落ち着ける席もありますので」


「ありがたいね」


「お金のこともお気遣いなく、自分のぶんは自分で払いますので」


「────そこは、本当に、ごめん」


「ふふふ、かまいませんよ。命の恩人である先生に、そこまで厚かましくさせられませんから」


 マヌスとマーテルは店へと入り、席に座る。

 料理が着くまでの間、マーテルはマヌスに情報を話し始めた。

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