第3章:探し屋と、4人の少女と、ドラゴンと……
第10話
「ねえ聞いたことあある? 市民街のほうにスゴ腕の探偵がいるって」
「探し屋バトラキオン、だっけ? たしか例の魔導士の浮気証拠を撮った人だよね」
「ねえ、まさか会いに行くとかそんなんじゃ……?」
「そのまさかに決まってるじゃん!」
「やめなさいよ。もうすぐ試験だってあるのに」
「もう、アンタってほんとお堅い。試験前のちょっとした気晴らしじゃない」
代々続く貴族の歴史を建物に残し、なおかつ当世風な幾何学的デザインの美しき造形を可能にした富裕層の区画。
その中でひときわ目立つのが魔術の名門『白女神の学院』。
大聖堂や大きな城めいた荘厳な造形は陽の光に照らされると、外部の白い意匠は古さを感じさせないくらいに美しく映える。
学問の歴史と時間の重さは学院に一気に凝縮され、この街を象徴しているかのよう。
昼休み、4人の少女たちが食堂で談笑していた。
話題は、マヌス・アートレータのことだった。
以前魔導士の浮気調査をしたことが評判として流れていたらしい。
そのうちの少女ステラはいかにも興味津々に話している。
試験期間ということで学院内はピリついており、その雰囲気に嫌気がさしていたときに例の噂を聞いた。
友人を巻き込もうとするあたり、やや性格の悪さがうかがえる。
「ステラちゃん、やめようよぉ。絶対怖いって。たぶん、すっごく乱暴な男の人だよ?」
「なに言ってんのよシエロ! こっちは魔術習ってる今をときめく女子が4人もいんのよ? なんかしてきたらブッ飛ばせばいいの!」
「またそんなこと言ってぇ」
「シエロの言う通り、と言いたいところだけど、なんか面白そう!」
「でしょー!?」
いつものように内気なシエロの意見を跳ね除け、ルーチェの好奇心をあおって同意を得るのだ。
その光景を見ながらマーテルがため息を漏らすのがもうお約束とも言える。
「アナタたちねえ、次の試験の範囲わかってるでしょ? 1週間前とかになって泣きついても知らないからね」
「なによマーテル~、アンタも参加しなさいよお~~」
「しません。それに突然押しかけるなんて、先方にご迷惑でしょう。あちらだって仕事があるのに、私たちの勝手でひっかきまわすなんてよくないと思う」
「お堅いなぁマーテルは」
「でも、正論だと思う」
「う~ん、ワタシはステラの気になるっていうのもわかるしなぁ。あ、そうだ。突然押しかけたらダメなんだよね!」
「え、えぇ、そうね」
「じゃあ来るってこと伝えてから行けばいいんじゃない!?」
「なんでそうなるの!? 試験勉強! どうしても行きたいなら試験終わってからやればいいじゃない!」
「マーテル! 青春は、今しかないんだよ!」
「試験勉強も今しかないけれど?」
ステラとルーチェがたたみかけるように説得する。
ただの一般人がかの魔導士を追い詰めたのがよっぽど気にいったらしく、その好奇心をとめることができなかった。
さりとてマーテルもまた、興味がないわけではない。
基本的に一般人が魔導士を出し抜けるケースというのは極めて稀だ。
「はぁ……じゃあ、ちょっと、だけ?」
「そうこなくっちゃ!」
「でも、ちゃんとアポはとること! 行くときは菓子折りとか持っていって────」
「え、そこまでしなくちゃいけないの?」
「当たり前です!」
「さすがは商家の娘……」
「はいはい、今は勉強」
後日、4人はマヌスに手紙を出して彼に会いに行くことになった。
これを管理人から受け取ったマヌスといえば…………。
「なぁ、絶対イタズラなんじゃないかこれえええ~~~~ッ?」
「んなこと言われてもよぉ」
「管理人さん、アンタちゃんと確認したのかい? わたしに貴族の伝手なんてあるわけないじゃあないか。そんなのアンタが一番よくわかってるはずだぞ?」
「だから儂に言うなっての。ともかく、アンタに会いたいってことは依頼なんじゃあねえのか?」
「手紙ならなおのことそういうことは書くだろ。でも、会って話がしたいってどういうことだぁ?」
「……お、ってこたぁついに」
「違うね。断じてない」
「卑屈だねぇ。もうちょっと夢見たってバチあたらんだろうに」
「3日後か。まぁ準備はさせてもらうが……いやな予感がするなぁ」
不信感を抱きつつ当日を迎える。
応接室を貸してもらい、ソファーに持たれるように指定の時間を待った。
5分前くらいになってニヤニヤした管理人が「どーぞどーぞ」と彼女らを招いた。
(え、女の子? しかもあの制服って……)
「こんにちわー!」
ステラがにこやかに挨拶すると続いてルーチェも明るく挨拶。
凛として綺麗なお辞儀をするマーテルの裏に隠れるように会釈するシエロ。
「あ、えっと、まぁどうぞ。お座りください」
「失礼しまーす」
ウェーブがかった銀髪をまとめた少女ステラ。
着崩した制服に4人の中では一番短めなスカート。
いかにも風紀に無頓着そうな感じがうかがえるが、それもまたひとつの魅力なのかもしれない。
内気でずっと視線をそらしている少女シエロ。
この中では一番身長が小さく、一瞬誰かの妹かと思ったが同級生らしい。
マヌスにひどく怯えているようだが、それがちょっぴり傷つく。
ステラ同様明るく挨拶をしてくれた少女ルーチェ。
桃色の髪が特徴のいかにもムードメーカーのような雰囲気をまとう。
珠のような声は歌声のようでもあり、彼女がなにかしゃべるたびに自然と耳を傾けたくなる魅力があった。
緑の黒髪と言うにふさわしい長髪が特徴のメガネをかけた少女マーテル。
ほか3人が富裕層の生まれだが、彼女は市民層から魔力の才を見出された才女。
4人の中では一番大人びており、菓子折りを持ってきてくれたのも彼女だ。
「えーっと、どうも皆さんはじめまして。わたしが『探し屋バトラキオン』所長のマヌス・アートレータです。早速ですが、このたびはどういったご用件でしょうか? 手紙には会って話したいとのことでしたが……」
こうして奇妙な面談が始まった。
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