『俺達のグレートなキャンプ78 キャンパー達の魂を奪うタナトス神にアントルメを捧げよう』

海山純平

第78話 キャンパー達の魂を奪うタナトス神にアントルメを捧げよう

俺達のグレートなキャンプ78 キャンパー達の魂を奪うタナトス神にアントルメを捧げよう


秋風が頬を撫でる午後三時。標高八百メートルの山間キャンプ場『森の隠れ家』に、例のごとく奇声が響き渡った。

「うおおおおおお!!!今回のグレートキャンプは史上最高にエキサイティングだぞぉぉぉ!!!」

石川が両手を高々と上げながら叫ぶ。その手には巨大なプリンの型と業務用のオーブンの説明書が握られている。周囲のファミリーキャンパー達がギョッとした表情で振り返る中、千葉は目をキラキラさせながら手をパンパンと叩いた。

「おお!石川さん、今度は何をやるんですか!?めっちゃワクワクします!」

一方、富山はテントの設営を手伝いながら、石川の持参した謎グッズの数々を見て青ざめていた。直径50センチの巨大なプリンの型、色とりどりのスプレー缶、業務用のポータブルオーブン(なぜか持参)、そして大量の製菓材料。

「ちょっと石川!また何考えてるの!?この巨大な型は何よ!まさかまた変なことするつもりじゃ!?」

富山の声は裏返っている。しかし石川は満面の笑みで胸を張った。

「富山よ、心配ご無用!今回の『俺達のグレートなキャンプ78』のテーマは『史上最大のアントルメ作り』だ!!!」

「アントルメって何よ!!」

富山の絶叫が山にこだまする。近くでバーべキューの準備をしていた中年夫婦が、肉を落としそうになりながらこちらを見つめた。

千葉は相変わらず目を輝かせている。

「うわあ!アントルメ!響きがオシャレですね!で、それって何ですか?」

石川はニヤリと笑うと、巨大なプリンの型を高く掲げた。

「アントルメとは!フランス料理におけるデザートの王様!複数の層で構成された芸術的なケーキのことだ!そして今回、我々はキャンプ場の大自然の中で、史上最大にして最高にグレートなアントルメを作り上げるのだ!!」

「なんで普通のケーキじゃダメなのよ!!」富山の声がさらに高くなる。

しかし石川の熱意は止まらない。エプロンを颯爽と身につけ、シェフ帽を被って宣言した。

「普通では面白くない!我々は常にグレートでなければならんのだ!さあ、史上最大のアントルメ作りを開始するぞ!!」

そんな富山の嘆きをよそに、石川は早速アントルメ作りの準備を始めた。持参したカセットコンロを五台並べ、ポータブルオーブンを設置し、巨大なプリンの型を中央に据える。

「よし!まずは最下層のチョコレートスポンジから作るぞ!千葉君、卵を24個割ってくれ!」

「24個!?」千葉が驚くが、すぐに気を取り直す。「了解です、石川さん!」

千葉が大量の卵をボウルに割り始める。黄金色の卵黄がプルプルと震え、濃厚な香りが立ち上る。一つ、二つ、三つ…卵の殻がパカパカと割れる音がキャンプ場に響く。

「次にバターを500グラム!」

石川が巨大なバターの塊をナイフで刻んでいく。バターが温められた大きなフライパンでジュワジュワと溶け、芳醇な乳脂肪の香りがキャンプ場に漂い始めた。バターの黄金色が徐々に透明になり、泡立ちながら美しい焦がしバターの香りを放つ。

「うわあ、めっちゃいい匂い!」

近くの子供達が鼻をヒクヒクさせながら近づいてくる。

石川は得意そうに胸を張った。「見よ!これが真のアントルメ作りだ!ココアパウダーを200グラム投入!」

ココアパウダーがボウルの中で舞い踊り、濃厚なチョコレートの香りが一層強くなる。まるでベルギーのチョコレート工房にいるような、深く豊かな香りがキャンプ場全体を包み込む。

千葉は感動のあまり涙を流していた。

「石川さん!これは芸術ですね!匂いだけで魂が昇天しそうです!」

「まだまだこれからだ!生クリーム1リットル!砂糖300グラム!バニラビーンズを丸ごと2本!」

材料が次々と投入されていく中、富山は遠くから心配そうに見守っていた。

「絶対失敗するわ…っていうか、なんでこんな本格的な材料こんなに持ってきてるのよ…食べ切れるわけないでしょ…」

しかし石川の手際は意外にも本格的だった。卵白を角が立つまで泡立て、小麦粉を丁寧にふるい、チョコレートを湯煎で溶かしていく。溶けたチョコレートは鏡のように美しく、混ぜるたびに艶やかな光沢を放つ。

「すげー!お兄さん、パティシエなの?」

小学生の男の子が目を輝かせて尋ねる。石川はドヤ顔で答えた。

「いや、ただのキャンパーだ!しかし情熱があれば、どんな料理も完璧に作れるのだ!」

「おじさんすげー!」

子供達が拍手喝采する中、石川は巨大なスポンジケーキの生地をオーブンに入れた。60分後、黄金色に焼き上がった巨大スポンジケーキがオーブンから取り出される。直径50センチ、高さ10センチの見事なスポンジケーキ。

「うおおおお!完璧な焼き上がりだ!」

ふわふわのスポンジケーキから立ち上る甘い香りに、周囲のキャンパー達が次々と集まってきた。子供から大人まで、みんな目を輝かせている。

「次は第二層のカスタードクリーム作りだ!千葉君、牛乳2リットルを温めてくれ!」

「2リットル!?了解です!」

千葉が大鍋で牛乳を温め始める。湯気が立ち上り、温かい牛乳の優しい香りが広がる。表面にうっすらと膜ができ始め、65度の完璧な温度まで加熱される。

石川は卵黄16個分をボウルに入れ、砂糖と混ぜながら白くなるまで泡立てていく。

「見よ!この美しい黄金色を!これこそがカスタードクリームの神髄だ!」

温めた牛乳を少しずつ卵黄に加えながら、石川の手は止まらない。バニラビーンズの種をナイフで丁寧に削り取り、濃厚な香りを生地に練り込んでいく。鍋に戻した生地がとろりと煮詰まり、スプーンにまとわりつくような完璧なとろみがついていく。

「うわあああ!匂いがヤバすぎます!」

千葉が感動のあまり鼻血を出しそうになっている。周囲の大人達も完全に魅了されていた。

「あの、私達も手伝わせてもらえませんか?」

若い夫婦が恐る恐る声をかける。石川は大歓迎だった。

「もちろんだ!グレートなアントルメ作りに参加者は多いほど良い!さあ、第三層のフルーツコンポート作りを手伝ってもらおう!」

気がつくと、キャンプ場の半数以上の人達が石川達の周りに集まっていた。みんなでイチゴを洗い、ブルーベリーを選別し、桃を美しくスライスしていく。包丁がトントンとリズミカルに響き、フルーツの甘い香りが辺りに漂う。

「砂糖でコンポートにするぞ!白ワインも投入だ!レモンの皮も削って香りづけだ!」

大鍋でフルーツがコトコト煮込まれ、芳醇な香りがキャンプ場全体を包み込む。イチゴの酸味、桃の甘み、ブルーベリーの深い味わいが渾然一体となり、まるで香りだけで胸がいっぱいになりそうだった。

「最後は生クリームの層だ!みんなで泡立てよう!」

大きなボウルに生クリーム1.5リットルを入れ、みんなで交代しながら泡立てていく。最初はサラサラだった生クリームが、だんだんとろみを帯び、やがてふわふわの雲のような状態になっていく。

「できたああああ!」

ついに巨大アントルメが完成した。直径50センチ、高さ30センチの巨大なアントルメ。チョコレートスポンジ、カスタードクリーム、フルーツコンポート、生クリームが美しい層を成し、まるで虹のように色とりどりだった。

「すげええええ!」

「写真撮らせて!」

「こんなの見たことない!」

キャンパー達が大騒ぎする中、石川は満足そうに胸を張った。

「見よ!これが史上最大のグレートアントルメだ!」

その時だった。

突然、キャンプ場の上空に黒い雲が渦を巻いて現れた。雲の中から低い、荘厳な声が響く。

『何だ…この素晴らしい香りは…』

「え?」

石川達が空を見上げると、雲の中から巨大な影がゆらりと現れた。身長3メートルはありそうな黒いローブを着た存在。手には本物の大鎌。顔は骸骨。どう見ても本物の死神だった。

「うわああああああ!!!死神だあああああ!!!」

キャンパー達が大パニックになる中、石川だけは目を輝かせていた。

「おおおお!これはすごい!本物の死神の登場だ!」

「石川!!何喜んでるのよ!!死神よ死神!!本物の死神が来ちゃったじゃない!!逃げましょう!!」

富山が石川の腕を引っ張る。しかし死神はゆっくりと地上に降り立った。

『我こそは死を司る神、タナトスなり…何者がこのような素晴らしい香りを…』

タナトス神の鼻(骸骨だが)がヒクヒクと動く。巨大アントルメから立ち上る芳醇な香りに完全に魅了されているようだった。

『これは…なんという美しい創造物か…我が数千年の死神人生で見たことのない…』

「あ、あの…タナトス神様ですか?」

石川が恐る恐る声をかける。タナトス神は振り返った。

『そうだ、我がタナトス。ところで、この美しい香りの正体は何なのだ?』

「これはアントルメです!フランス料理のデザートで、層状になった…」

『アントルメ…』

タナトス神の声に感動が込められた。

『美しい…なんと美しい響きか…そしてこの香り…チョコレートの深み、バニラの甘さ、フルーツの爽やかさ…全てが完璧に調和している…』

千葉が震え声で言った。

「あ、あの…よろしければ、食べてみませんか?」

『食べる…だと?我に…このような美しいものを?』

タナトス神は感動していた。

『長い間、死を司る仕事をしてきたが…このような美しいものを口にしたことは一度もない…』

石川が勇気を出して言った。

「タナトス神様、どうぞ!みんなで心を込めて作ったアントルメです!」

タナトス神は恐る恐るアントルメにフォークを入れた。チョコレートスポンジ、カスタードクリーム、フルーツコンポート、生クリームの四層が美しく調和し、フォークがスッと入っていく。

一口食べた瞬間。

『…!!!』

タナトス神の骸骨の顔が、なぜか感動に歪んだ。

『これは…これは何という…美味…』

涙を流した。骸骨なのに涙を流した。光る青い涙が頬骨を伝って落ちていく。

『我が数千年の死神人生で…こんなに美味しいものを食べたのは初めてだ…チョコレートの深い苦味と甘み…カスタードのなめらかな舌触り…フルーツの爽やかな酸味…生クリームの軽やかさ…全てが完璧に調和している…』

キャンプ場にいた全員が息を呑んで見守っていた。本物の死神が、自分達の作ったアントルメを食べて感動している。こんな光景、人生で二度と見ることはないだろう。

タナトス神はもう一口、また一口と食べ続ける。そのたびに感動の声を上げる。

『素晴らしい…本当に素晴らしい…この味を知ることができただけで、長い死神人生が報われた気がする…』

その時、キャンプ場の端っこから声が聞こえた。

「ハレルヤ!神の奇跡よ!」

振り返ると、そこには十字架のペンダントをつけた家族連れが立っていた。どうやらクリスチャンファミリーらしい。

「パパ、あれ本当に神様なの?」

「ああ、息子よ。神は時として死を司る姿でも現れるのだ!これは間違いなく神の奇跡だ!」

父親が感動的に答える。母親も手を合わせている。

「主よ!このような素晴らしい奇跡を見せてくださり感謝いたします!」

「ちょっと待て」富山がツッコむ。「あれ死神よ!神様と全然違うじゃない!」

しかしクリスチャンファミリーは聞いていない。

「みんな!一緒に賛美歌を歌いましょう!『アメイジング・グレース』!」

「♪アメイジング〜グレ〜イス〜♪」

突然始まった賛美歌合唱。他のキャンパー達も何となく手拍子をし始める。

タナトス神は困惑していた。

『え…ええと…我は死神で…神ではないのだが…』

「謙遜なさらないでください、タナトス神様!」石川が大声で言う。「神様だって死を司ることもあるじゃないですか!」

『そ、そうなのか?』

タナトス神は混乱しながらも、アントルメを食べ続けている。本当に美味しいようで、もう半分近く食べてしまっていた。

クリスチャンファミリーの盛り上がりは最高潮に達していた。

「♪ハレルヤ〜ハレルヤ〜♪主の恵みを讃えましょう〜♪」

他のキャンパー達も完全にお祭り騒ぎになっていた。

「死神様すげー!」

「こんなキャンプ初めて!」

「写真撮らせてください!」

そんな中、富山だけが現実を見失っていた。

「な、なんなのよこの状況…本物の死神がアントルメ食べて感動してて、クリスチャンが賛美歌歌ってて、みんな大盛り上がりって…私の常識が崩壊しそう…」

タナトス神はついにアントルメを完食した。

『素晴らしい…本当に素晴らしかった…この味は永遠に忘れることはないであろう…』

そして石川達に向き直る。

『石川よ、千葉よ、そして関わった全ての者よ。汝らの作ったアントルメは我が心を深く打った。お礼として、汝らに何か願いを叶えてやろう』

石川が目を輝かせた。

「本当ですか!?では、僕達の魂にキャンプの楽しさを永遠に刻み込んでもらえませんか?そうすれば毎回グレートなキャンプができますから!」

タナトス神は考え込んだ。

『なるほど…それは素晴らしい願いだ。では、汝らの魂に永遠のキャンプ愛を刻み込もう』

タナトス神が鎌を振り上げる。キャンパー達がドキドキして見守る中…

『エターナル・キャンプ・ラブ!』

謎の呪文とともに、キラキラした光の粉がキャンプ場全体に降り注いだ。

「おおおお〜」

みんなが感動の声を上げる。確かに体の奥から、キャンプへの愛があふれてくるような感覚があった。

『これで良し。皆の者、素晴らしいアントルメをありがとう。我はこの味を永遠に忘れることはないであろう』

タナトス神が空に舞い上がろうとした時、クリスチャンファミリーの父親が叫んだ。

「神よ!もう行かれるのですか!?」

『ああ…我にはまだやるべき仕事が…しかし時々、美味しいものを求めて現れるかもしれん』

「でしたら最後に一緒に賛美歌を!みんなで『ハレルヤコーラス』を歌いましょう!」

なぜかキャンプ場全体でハレルヤコーラスの大合唱が始まった。タナトス神も仕方なく参加している。

「♪ハレルヤ〜ハレルヤ〜ハレルヤ〜ハレルヤ〜♪」

壮大な合唱の中、タナトス神は空に舞い上がっていく。

『また美味しいものを作ったら呼んでくれ〜!今度はティラミスが食べたいぞ〜!』

手を振って消えていくタナトス神。キャンプ場には感動的な余韻が残った。

「いや〜、今回も大成功だったな!」

石川が満足そうにビールを飲み干す。千葉も嬉しそうに頷いた。

「本当ですね!まさか巨大アントルメ作りから本物の死神様との出会いに発展するなんて!」

富山はぐったりしていた。

「もう何が何だか…でも確かにアントルメは最高に美味しかったわね…」

クリスチャンファミリーの父親が近づいてきた。

「素晴らしい体験をありがとうございました!神の愛を感じました!」

「いえいえ、美味しいアントルメのおかげです!」石川が謙遜する。

夜が更けて、ようやく騒動が収まった頃。三人はテントの前で振り返っていた。

「それにしても」千葉が言う。「巨大アントルメ作りが本物の死神を呼び寄せるなんて、石川さんの企画力は本当に神がかってますね」

「まあ、グレートなキャンプには奇跡もつきものだからな!」

富山は呆れながらも、どこか嬉しそうだった。

「まったく…今度は事前に『本物の神様が来る可能性があります』って言っておいてよね」

「約束する!次回の『俺達のグレートなキャンプ79』では、巨大ティラミス作りでタナトス神を再び呼び寄せる予定だからな!」

「また呼ぶの!?」

富山の絶叫が山にこだまする中、三人の笑い声が星空に響いていた。

巨大アントルメ作りから始まった今回の冒険は、本物の死神との出会い、クリスチャンファミリーとの奇跡的な共演、そして何より仲間と一緒に素晴らしいものを作り上げる喜びを教えてくれた。

『俺達のグレートなキャンプ78』は、また新たな伝説を作り上げた。そして次回作への期待も、既に三人の心に宿っていた。

〜完〜

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『俺達のグレートなキャンプ78 キャンパー達の魂を奪うタナトス神にアントルメを捧げよう』 海山純平 @umiyama117

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