神話を詠む者
緋星 螢
神話を詠む者::原典/序章
第1話-全ての始まり
「それで、えっと、あなたの名前は?」
これが、この旅の、初めての出会い。
森の中、亜麻色の、
青髪の、後頭部で一房に纏めて流された髪を携えた青年と出会う。
名前を聞かれ、青年は、その蒼い瞳を動かすことも無く、表情を変えずに口を開いた。
//////
......数ヶ月前、ある漁村。
「おい!!泉!!依頼が来たぞ!」
一軒の家の中に怒声が響く。
泉とは自分のことであり、望月 泉という。
父は漁師をしているが、最近、漁だけでは厳しく、数年前から、村の中で何でも屋紛いのことをしている。
まぁそれは、泉が、なのだが。
(いつものことなんだけど、本当にこのクソ親父は...)
朝から五月蝿い、その一言である。
人が気持ち良く寝ているというのに...。
だが、依頼を受けたからには行かなければならない...のだが、どうにも、いや、結局のところ、いつもなのだが、やる気が出ない。
「泉!頑張ってきてね!」
そんな泉を笑顔で送り出そうとする母。
この瞬間だけは、泉に味方はいない。
父の名は巻、母の名は椀。
先程言った通り、父は漁師をしている、だが、最近は漁だけでは賄うことが難しくなってきている。
母はこの村の村長の娘で、遠視が出来る、実は弓も使えるそう。
両親曰く、泉は実の子供ではないという。
幼い頃、泉を引き取ったのは母だったそうだ。
...。
立て掛けてあった両刃の剣を持ち、玄関の扉に手をかける。
「いってきます...」
若干ため息交じりの声を出し、家を出る。
今回、受けた依頼は魔獣が近くまで来ていて飼っている動物が怯えてしまっているためなんとかしてほしいというもの。
ついでに毛皮がほしいといった依頼もあるので同時に消化する。
魔獣という訳でもなく、ただの獣なので対して苦戦もせずに目標を達成した。
だが、数が数だったので、気づけば、全てを切り捨てた頃にはもう日が傾いていた。
...帰路、いつも少し寄り道をする。
村外れの湖、母曰く、生みの親の思い出の地だったらしい。
例えそれが気休めだったとしても、泉は毎回ここで、いつか実の母に会えるよう祈っている。
だが、今日はいつもと様子が違っていた。
「何、これ...」
湖全体が若干黒い霧に覆われて、ぼやけている。
泉が呆然と立ち尽くしていると、黒い霧が更に濃くなり、湖の中に入りこんで、湖自体を墨を垂らしたように黒く染めた。
「え...?え?」
いつもと違う不安と輝きがない水に恐怖を感じた。
突如、黒く染まった湖に光芒が差した。
その部分だけ澄んだ色を取り戻している。
そこから水が浮かび、形を成していく。
人の女性のように見える。
顔まではわからない、だが、光が差しているからだろうか、暖かく感じた。
水形は波紋を生み、音を紡いだ。
『そこにいるのは...まさか、泉?......泉なのね...?』
「えっ?なんで、名前...」
『ごめんなさい、あまり時間が残されて...ないから手短に伝えるわね...』
水の音は乱れていて、聞き取りづらいところが多々あった。
『私は望月 沫璃、貴女の生みの親よ』
「...え?...お母、さん?」
『...何万年も前、
「か、み?...待ってよ!それって...それって貴女は…!」
『...あぁっ!...ご...んなさ...もう...ちか...が...』
「待って...待って、待って!!消えないで...!」
形を失い始めた人型の水が手の部分に雫を浮かべ、その中から一つ、チョーカーを取り出し、泉に渡した。
『これ...椀に...わた...て』
『...願...私た...を......助けて...!』
水が飛沫と音を立てて崩れ、光が消え、湖は黒に呑まれた。
残ったのは、青い雫型の宝石がついたチョーカーだけ。
「何も、話せなかった...」
今まで何のために祈ってきたのだろうか。
母だと言った沫璃と言う女性は、
そして、神の消滅とも。
何処にいるともわからないのに、ましてや本当に母なのかどうかすらも...だが、そんな人物は水を通して会話をした。
そんなことが出来るのは...
不安と、自分への失望を孕んで。
それでも『助けて...!』と叫びがその渦を止める。
不安に足が震える。
それでも...
「...助けてみせる、絶対、本当にお母さんかどうかなんてわからないけど...それも全部、全部、答えを探してみせる...!」
軽い筈なのにずっしりと感じられるチョーカーは掌に静かに乗っている。
それを強く握りしめて、決意を固める。
水から出た筈なのに暖かかった。
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