6 Kの話
一緒に夕飯でもどうか、というKの誘いに私は乗ることにした。
「立ち話も出来ないしさ。なんか、見張られてるみたいよね」
駅の反対側にある飲食店に入ると、Kはため息交じりにそう言った。
「私のおごりね。好きなの頼んで」
「あの……」
「ねぇ、悪いことは言わない。あの部屋からは早く出て行った方がいい」
何を話したものか、と思っていると、Kが唐突に切り出した。メニュー越しに視線がぶつかる。
「前に住んでた男の子も、出て行くときはひどい様子だった。なんか、あるんでしょ?」
そう問われ、「はい」と力なく返事を返すしかできなかった。Kは静かにメニューを閉じてテーブルに置いた。
「あの部屋って……」
「いわゆる事故物件よ。私も人に聞いた話なんだけどね……まぁ、住んでる人に、話にくい内容ではあるんだけどさ」
Kがいうには、あの部屋で変死した男性がいるらしい、ということだ。なんでも、浴室で具合が悪くなり、そこで死にきれずに這って部屋の中を移動した痕跡があったとか。最終的に遺体が発見されたのは居間だったそうだ。
臭いと水音の正体に合点がいってしまった。
「又聞きの話で怖がらせて申し訳ないけど……」
「いえ……壮絶ですね。でも、これで色々納得できました。たった2日ほどですけど、そういうことなら……そうですよね」
「やっぱり、なんかあるんだ……あの部屋」
Kの問いかけに、私は曖昧な笑顔を浮かべるしかなかった。
「ごめんね、こんな話。ご飯、食べようか」
何かを察したのか、Kは再びメニューを広げ「どれにしようかな」とつぶやいた。その後はとりとめのない話をして、夜の8時頃に店をあとにした。
Pハイツの前に辿り着く。のろのろと帰ってきたせいか、時刻は8時半を過ぎていた。
「そういえば、引っ越しするんでしたっけ?」
「うん。もうすぐね」
「それって……」
「一部屋ダメだとね、他の部屋にも影響すること、あるみたいよ。……実はね、私の部屋にも、臭い、広がってきてるんだ」
そう言い残し、Kは自宅へ帰っていった。
玄関の前に立ったが、とても部屋に入る気になれない。このままマンガ喫茶でも探してそこで夜を明かそうか……。
しばらく考えていたが、どのみちいつかは部屋の中に入らないわけにはいかない。私は胃を決し、それまで以上に重く感じるドアを開けて部屋の中に入った。
何か音を聞いてしまう前に、と慌てて部屋中の電気を点けた。真っ暗な場所があるよりも幾分ましな気がする。
――ヒタッ
聞いたことがない音が響いた。
慌てて振り向くが、特にないもいない。
――ピチャッ……ビタッ……ズチャッ……。
始まった。
そう思った瞬間に私は、ほとんど持ってきたときのままにしてあったキャリケースを持って部屋から飛び出ていた。
肩で息をしながら、玄関の鍵を閉めようとするがなかなかうまくいかない。なんとか施錠すると、キャリーケースを引きながら再び駅に向かって歩き出した。
このままどこに行くというのだ。そう思ったが、あの部屋にはもう戻りたくない。音の正体を知ってしまった以上、その思いはより強くなった。
時間を確認するとすでに時を過ぎている。実家に帰ろうにも、途中で電車がなくなってしまう。が、いける所まで行こう、と決意し電車に乗ることにした。
そこから、どうにかこうにか時間をつぶして夜を明かし、私は地元へ帰った。
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