空の青と大地の血濡れ
ぶよっと猫背
第一話「安い世界とちんけな自分」
空の青と大地の血濡れ。
第一話「安い世界とちんけな自分」
古い時代、剣聖になる前のチンピラのような男は思っていた。
神も転生も信じない。
俺はただ、死にたくなかった。
この人生は、戦場の格差と倫理を歩く、俺だけの話だ。
その筈が――出会いでずれた。
俺はずれて行く。
そして伝承では、男の冒険譚をまとめた文才の無い女エルフはこんなふうに物語を始めた。
お前に会う前俺は、さまよっていた。
それをつまらないかもしれないが、今話そう。
少し付き合ってくれるか?
……ありがとう。
剣聖になるって誓った時の事でも話そう。
多分それが最初だからだ。
空が青く大地は白かった。
雪が始まりだった。
――雪が降る。
古い、あまり今の若者に合わないかもしれないが、冒険譚はこうして始まる
風に舞い、白が積もる。雲の輝きの向こう、青は遠い。
敗残兵のような姿で、男は傷を庇い進んでいた。
「くそが、複数のナイトウルフに勝てるかっ」
血が雪に滴る。足跡だけが残る。
生きて行ける場所が俺にもある。
「そう願いたいな」
振り向けば、猿型の魔物に囲まれていた。
動きが速い。
逃げても追いつかれる速度……切り結んで突破するしかない。
無意味に魔物に話しかけてしまった。
「そうだろ旦那方?襤褸剣一本でも変えられる物がある。人生とかさ」
背中の大剣を引き抜き、群れに挑む。
「やれることはまだあんだよっ!」
殴られ、噛みつかれ、反撃を突き技で繰り込み生き延びる。
突き刺した巨体を蹴り倒し引き抜き剣を向ける。
「旦那方どうした?終わりか?」
猿の魔物が激昂して走り込んでくる。
男の三連袈裟斬りで猿の魔物が三匹深手の手傷を負い沈む。
男は息を深く吸いこみ剣を構え相手の突撃を待つ。
吸って吐いて吸って吐いて吸って、今っ
接近交差で魔物を斬り伏せて行く荒々しい剣の動きが続く。
すると次の瞬間虚無が胸に沸く。
「戦うだけ無駄だ。お前は何も出来ない」
「どうして俺は剣を振るってるんだっけ……」
「逃げろ逃げろ逃げろ剣を捨てろ」
頭を振り虚無を追い払う。
闘っては倒し、人里求め彷徨い魔物と遭遇する。
後は眩暈がするほど繰り返し……
一瞬、耳鳴りがした。
空気が血の味だ。
逃げろ逃げろと心が叫びイライラが胸に沸く。
虚無に侵されながら思い出す。
……魔物に襲われてるから闘ってる……
疲労と減耗で脳が混乱している。
全てが馬鹿馬鹿しかった。
呼吸は胸が悪く成る程冷たいのに体が焼けるように熱い。
ガタの来た武器が壊れない事ばかり祈った。
乱戦の中、爪で貫かれそうになり最後の一匹に縺れる様に魔物と一緒に倒れ込んだ。
魔物にのしかかられながら心臓を大剣で穿ち雪の白ばかりの空を見上げる。
心臓を穿つと相手の肉体が痙攣し止まり、男を濡らす血が温かく、そして急速に冷え凍てつき張り付く体液が不快だった……
立ち上がる。
血濡れに男は進む。
死屍累々の冬。
戦闘後、男は、ふと空を見上げる。
白い息を吐き世界がから臓物の匂いと血の赤と白と汚れた自分以外を救いの様に探す。
白い吐息の向こうで蒼があるのを見つけた男は目元が和らぐ。
青はすぐに雪へと変わる。
幼い子供のような声で男は囁く。
「青が見れない嫌な日だ」
肉を切り取り換金部位を集める。軍隊で繰り返した手際。
――数時間後。
血に濡れ半ば凍り付いた体で洞窟に辿り着き、薪を集め火を灯す。
「焚火さんよう、どうしたら俺は変われるんだい?」
肉を焼いても香りに魅力を感じない。
無理矢理齧りつき砂の味、ただ生き延びるために飲み込む。
雪が止むのを待ち、再び歩き出す。
「……」
戦争が終わり、仲間は賊に堕ち、俺も捨てられた。
嫌な記憶ほど忘れ難くこびりつく、白兵で大剣を突き込む時敵兵が此方に手を伸ばす。
奴は言った。
「死にたくない」
同感だ。
悲鳴ばかりが耳に残る。鎖を引きちぎり、俺は逃げてきた。
今は冒険者を目指している。無職から冒険者。底辺の転落コースだ。
――野営と移動を繰り返し、ふと気づく。
「魔物が減った」
人の暮らす領域に入ったのだ。
宿に入ると、亭主がぎょっとした顔をした。
銀貨四枚を払って泊めてもらう。
扉が開き、嫌そうな顔の亭主が食事と湯を持ってきた。
「おいルンペン剣士、臭い体をこれでどうにかしろ」
「済まない」
落ちぶれた俺を笑う客すらいる。
不意に生きているだけでは物足りなくなった。
罵られ嗤われそれでも俺は、理想のような「甲斐」が砂漠の水源の様にほしくなった。
喉が渇くように、飢えて行くように、「今」見苦しい時分には理想が必要だった。
罵られ、嗤われ、それでくすむ心を奮い立たせる何かが欲しくあった。
どれ程が着っぽい馬鹿話でも良い。
そう思い考え出してみた。
いずれ剣聖を越え、馬鹿馬鹿しい程幸せに暮らす。
そう考えてみた。
荒唐無稽な夢に自嘲の笑みが出た。
だが、久しぶりに笑えた。
もう、これでいいや。
俺の幸せは大げさで始まり小さく途中で終わるだろう。
馬鹿な俗人が見る夢でいい。
どうせ路傍で石くれとして死ぬなら、夢を抱えて死ぬ。
それが俺の誓いだ。
「剣聖に成る」
声が小さい。
「剣聖になるっ!」
生き延びた自分に笑みが浮かぶ。
自嘲が微笑みに代わる。
「生き延びたんだから、無力じゃないさ」
今はこんなもんだが、いずれは剣聖に成る。
二度と負けない、逃げない自分を作るために。
……まあそんなことより、まずは稼げると有名な迷宮に潜れるだけの実力を磨く、かな?
なぞと財宝を餌に人を飲み込む迷宮、か。
死にぞこないの道に夢が添えられたんだ上等だ。
しっかし……迷宮とは見果てぬ夢だな。
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