シレネの記憶
野田ららら
第1話 記憶
私は彼の隣に立てなかった。
でも、彼の人生をいちばん見てきたのは私だと思う。
18歳の夏、私は偶然、彼に出会った。
友達に誘われて参加したヴィジュアル系の音楽イベント。
耳を突き刺すようなギターの音、床を揺らす低音。
狭いライブハウスの空気は、むせ返るような熱気に満ちていて、息をするのもやっとだった。
ボーカル目当てで来たはずなのに、気づけば私の視線は、いつの間にかギターの彼に釘付けになっていた。
銀髪をきっちりとオールバックにまとめ、眉は綺麗に剃られていた。
目元には黒いアイシャドウがのせられ、切れ長のタレ目がより艶やかに見える。
奥二重の瞳は、照明を受けて鈍く輝いていた。
男らしい骨格に、すっと通った鼻筋。
口角の上がった薄い唇には、ほのかに色が乗せられ、口元のピアスがきらりと光る。
化粧をしているのに、なぜかそれが自然で、完成されたような美しさがあった。
まるで歌舞伎役者や映画俳優のような、作り物めいた整い方――。
この世のものじゃないような容姿に、私は瞬きするのも忘れて見惚れていた。
一目見た瞬間、彼を好きになってしまった。
人生で初めての 一目惚れ。
「この人、私の人生に大きく関わる気がする」
そう感じたのは、ライブハウスの熱気のせいでも、音楽の高揚でもなかった。
ただ――その瞬間、運命が静かに動き出した気がした。
その夜、興奮冷めやらぬまま、私たちは近くのラーメン屋でご飯を食べた。
友達は推しボーカルの話で盛り上がり、テンション高めに替え玉していた。
けれど私は、ずっとあのギターの彼が気になっていた。
心ここにあらず。
ラーメンの味なんて、ほとんど覚えていない。
気になりすぎて食欲すら湧かなかった。
ラーメンの湯気がぼんやりと目の前に立ちのぼる中、私はスマホを片手にチケットの半券を取り出した。
そこには「RIN(リン)」というバンド名が印刷されていた。
たしか、あの銀髪ギターのいるバンド…
snsでRINを調べてみると、公式のアカウントと銀髪ギターのアカウントが出てきた。
――アキ
そう書かれた名前を見た瞬間、胸がきゅっとなる。
名前がわかっただけで、こんなにも気持ちがざわつくなんて。
この人のこと、もっと知りたい、もっと見ていたい。そう思った。
そんな私の様子を気にすることもなく、友達が唐突に言った。
「ねえ、来週、大阪にライブ観に行こうよ!」
よく調べると、その誘われたライブに
RINが出るではないか。
行く。もちろん行く。
断る理由なんて、一つもない。
私は翌週のライブに行くことにした。
人生初の遠征。胸が高鳴るのと同時に、足がすくむほど緊張していた。
アルバイトで貯めた10万円の封筒を、そっと開ける。
この日のためなら、惜しくなんてない。
できる限り節約したくて、夜行バスで大阪へ向かうことにした。
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