鬼神様は身代わり花嫁を溺愛す

テトラ

第1話 契約

俺がまだガキの頃に親父が結んだ契約の話だ。

まだ先代の親父が鬼神の座を俺に譲る前。

この頃の俺は光の巫女の存在を信じていなかった。

光の巫女はどんなに濃い瘴気を祓い、怪我や病を治してしまう異能を持つ聖なる存在であると祖父じいさんや親父、お袋達から耳にタコができる程聞いていた。

その巫女が生まれるのも百年に一度と言われていてこの年がその百年と言うのだ。

鬼の神の倅として生まれた俺の花嫁はその光の巫女であるとほぼ確定なんだそう。

土地神である鬼神と光の巫女は切っても切れない存在で必ず結ばれるらしい。

ガキの俺はそんなこと信じられなかった。勝手に俺の番を決めやがってとさえ思えた。

だが、その考えが一変する出来事が起きた。それは十八年前の寒い冬のある晩のこと。

吹雪が吹き荒れる中、親父が守る村に住んでいたある若い夫婦が生まれたばかりの双子の娘を連れて神社に現れた。

母親が抱えている女の赤ん坊は顔を真っ赤にさせ息も荒々しかった。

顔が赤いのは熱のせいではなかった。痛々しい赤い湿疹の様なものができていた。掻きむしった痕もあり血が滲んでいる様にも見えた。

もう片方の父親に抱かれた赤ん坊はぐずることなくぐっすりと眠っている。

双子の片方が今にも命の灯火が消えようとしている。



「私の娘を、私の可愛い愛香を助けてください!!!神様、お願いします…!!」

「どんな試練でも受けます!!娘を助けてください!!あの子は私達の希望なのです!!!」


両親の悲痛な訴えに胸が痛む。

隣でその訴えを聞いていた親父は彼らの声を聞き、本殿の扉を開け夫婦の前に現れた。俺はその様子を中からそっと覗いていた。

親父のこんなに神様らしい姿を見るのは初めてだった。

顔は鬼の面に隠れているが、その表情は普段俺に見せる陽気なものではないことは確かだった。

夫婦は白い息を吐きながら、突然現れた鬼神に驚いていた。けれど、すぐに希望を得た様な安堵の表情へと切り替わる。


「お前らか。私らに助けを求めてきたのは」

「は…はい!!この子が流行病を患ってしまったのです。こんなに小さいのにとても苦しんでいて…!!!今にも死にそうなんです!神様、貴方が望むものことなら何でもします!!だから愛香を…!!」


愛香と呼ばれた赤ん坊は母親の腕の中で苦しそうに息をしている。このまま放っておけば死んでしまうのは明らかだ。

神様は土地と人を助け、時に罰し、恵みを運び、傍観する概念的存在。流行病を治すことなんて容易いことだろう。

だが、神様達の考えはどこか捻くれているなと神の血を引く俺でもそう感じてしまう時がある。


「いいだろう。その娘を助けてやろう」

「ほ、本当ですか?!!」

「ありがとうございます…!!!」

「だが、一つ条件がある。その条件を呑めない場合は分かっているな?」


鬼の神である親父が提示してきた条件。一人の小さな命を助ける為には代償があるのだと若い夫婦に突きつけてきたのだ。

神様は偉大な存在ではあるが、時に試練を与えそれを乗り越える強さを見極めようとする。

その時、人間の浅はかさと勇気と決意が垣間見れるのだといつも親父が言っていた。


「その娘達が18の齢を迎えた暁に、光の巫女に選ばれた娘の一人を私の倅の花嫁として捧げろ」

「え…?!そんな…!!」

「人一人の命を救うにはそれくらいの代償を払ってもらわなければな。それに、鬼神と光の巫女は切っても切れない存在。いずれは結ばれる定めにある。異能を受け継ぐ一族の貴様なら分かるだろう」


鬼神と光の巫女の定め。俺が嫌な程聞いた話が条件。

救われたと思われた娘を十八になった暁に俺の花嫁として渡せと言われるなんて想像もしていなかっただろう。

若い夫婦は双子を見て思い悩む。どちらも可愛い大事な娘。だが、その条件を呑まなかったら片方は死ぬ。

迷っている暇など許されなかった。すぐにでも決断を出さなければ赤子の命はない。

震える声で母親が口を開いた。


「…わかりました。貴方の条件を呑みます。早く愛香を…」

「いい判断だ。じゃあ、約束通りその娘を助けてやろう」


親父が苦しむ愛香に手を翳した途端、眩い光が放たれた。光は愛香を包み込み、爛れていた肌と高熱を癒してゆく。表情も段々穏やかなものに変化していった。

光が消えた後、若い夫婦は慌てて愛香の様子を伺うと彼女は元の元気を取り戻しきゃっきゃと微笑んでいた。


「愛香…!!」

「よかった!!助かったんだ…!!」

「ありがとうございます!!」


元気になった愛香に安堵の表情を浮かべる夫婦に親父は容赦なく現実を突きつけた。


「忘れるなよ。光の巫女に選ばれたどちらかの娘を私の倅の嫁に捧げる事を。もし破ったら貴様らの一族が持つ異能を神々に返してもらう」

「わ、分かっております。必ず約束は守ります…!!!」

「罰を受けるのは貴様らだけではない。この村も同じ。神を騙す様な事をすればどうなるか」

「承知しております…!!!」

「……忘れるなよ。今までの奴らはそうやって我ら神々を裏切ってきたのだからな」


今まで人間を助けてきたが裏切られることも当然あった。そいつらの末路は言わなくても分かる。

今回のこの夫婦はどうなのだろうか。結果が分かるのは十八年後。

きっとその頃には俺ももっと成長しているだろうけれど、やっぱり勝手に自分の伴侶を決められてしまうのは納得いかない。


「そんな顔をするな珀斗。お前の花嫁が早くに決まってよかったじゃないか」

「よくない。俺その子のことよく知らないし。つーか、まだ赤ちゃんだし、どっちが光の巫女になるか分かんないじゃん…」


不貞腐れる俺に親父は頭を撫でながら笑う。


「だったら見守れば良い。それに、どちらが光の巫女になるかは鬼神の血を引くお前ならすぐに見定めることができる」

「本当?」

「ああ。光の巫女は悪しき心を持つ人間にはならない聖なる存在。清き心を持つ者しかなれない」


まだ未熟な俺には知り得ないことを親父はもう知っているのだろう。きっと、この頃にはもう誰が光の巫女になるのを知ってあるそぶり見せていたが教えてくれそうもなかった。

いま、この先の未来を知ってしまっては面白くない。

親父がよく言っていた言葉だ。それが俺に教えてくれない一番な理由だろう。

俺は親父達の様な立派な鬼神になる為に修行をしつつもあの双子を見守ることにした。

そして、親父と契約を交わしてから時が過ぎ、あの約束の日へと近づいていった。

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