旅する台所-ワンダリング・キッチン
月影 燈
第1話「香草スープ × 傷だらけの戦士」
石畳の街道を、二頭の栗毛馬が引く木製の屋台が進んでいた。屋台からは香草の香りと温かい光が溢れている。側面には手書きでこう書かれていた。
「旅する
店主の名はカイル。元は城下町の料理屋で腕を振るっていたが、今はこの移動式屋台と共に大陸を巡り、冒険者たちに食事を提供している。
その夜、北の森のダンジョン前にある野営地で屋台を止めると、カイルは大鍋に香草と肉を放り込み、魔法火でスープを煮込んだ。温かい湯気が夜の空気に混ざる。
甲冑を軋ませながら一人の男が近づいてくる。肩には長剣、鎧は傷だらけだ。
「……いい匂いだな」
「いらっしゃい。冷える夜は、スープに限る」
男は木のベンチに腰を下ろし、カイルから差し出された椀を両手で受け取る。香草の香りが漂うスープを口にした瞬間、彼の肩から力が抜けた。
「……うまいな。戦場の食事とは違う……人の味だ」
「そう言ってもらえると嬉しい。明日、ダンジョンか?」
「ああ。深層まで行く予定だ……仲間を失うかもしれん」
カイルは言葉を挟まず、代わりに焼きたてのパンを添えた。
「なら、今夜は腹いっぱい食べてけ。
いってらっしゃいって言うのは、その後だ」
男はわずかに笑い、パンをちぎってスープに浸した。
⸻
翌朝、男と仲間たちはダンジョンの闇へと歩き出す。
カイルは屋台の前から声をかけた。
「いってらっしゃい!」
男は振り返り、軽く手を上げて応える。
⸻
二日後、泥と血にまみれた足音が夜の野営地に戻ってきた。
傷だらけの鎧、減った仲間。だが、彼は生きて帰ってきた。
「……ただいま」
屋台の明かりを見た瞬間、男は笑って言った。
「おかえり。香草スープ、まだ温かいぞ」
その夜、屋台からは湯気と笑い声が立ちのぼった。
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