【恋愛・人外×人間・ヤンデレ】ストーカー神様の愛が重すぎる

「何やってるんですか。こんなところで」


 最悪なタイミングで、最悪なやつに出くわしてしまった。


 私、雪島かなえは大学に通う傍ら、地下アイドルをやっている。現在、この後あるライブの客寄せのため、会場近くの繁華街でチラシ配りの真っ最中だ。

 そして今話しかけてきたのは近所の神社に住んでる、というか「ご神体」である弦月さんだ。ネオンの煌めく繁華街でも、特徴的な灰色の髪がものすごく目立っている。こいつ、こんなところでも下駄で来るのか……

 それにしても、どうしてバレた? 顔も服も普段とは別人レベルに変えているというのに、三度見したあげく声までかけてきやがった。無視してくれればいいものを。

 とはいえ、アイドルの姿で堂々と暴言を吐くわけにもいかない。なんて言って追い返したものか、と考えていると、


「あ、チラシ一枚もらっていいですか?」

「いいわけないだろ。さっさと帰れ」


 何考えてんだこいつは。

 彼は人間じゃない上に、見た目以上に年上(おそらく私の曽祖母が生まれる前から生きている)なので普段は敬語で話しているが、思わずタメ口が出た。


「え~、そのくらいいいじゃないですかぁ」

「チッ」

「ありがとうございます♪」


 ヘラヘラとしながらもしつこいので、早いとこチラシを渡してどっかに行ってもらうことにした。

 一緒にチラシ配りをしている同じグループの子たちも、絡まれているのかとチラチラとこちらを見ているし、あまり不審がられても困る。

 その手にチラシを押し付けると、弦月さんはそのまま雑踏に紛れてどこかに行ってしまった。何がしたかったのやら。



 弦月さんはあのまま家に帰ったのだろう。そんな風に思っていたころが私にもありました。

 ライブが終わり、チェキ会が始まった。自分の列にいる人と、片っ端からお話をしてチェキを撮っていく。もちろん楽ではないが、この程度のことでお金が入ると思えばそこまで苦でもない、はずだった。

 私の列の中に、さっきチラシを押し付けて追い払ったはずの男がいるのは気のせいなのだろうか。気のせいであってくれ……

 そうこうしている間に、弦月さんの順番が回ってきてしまった。


「本当に何でいるんですか」

「やっぱりその格好カワイイですね、雪島さん。あ、今はノアちゃんって呼んだ方がいいんですかね?」

「話聞いてます?」

「酷いなぁ。せっかく追加でお金払ってまで来たのに」

「さっさと撮って帰ってくれます?」


 中指立てて撮ってやった。これが許されるブランディングしててよかった~。



 それ以降、アイドルの現場で弦月さんに会うこともなく、私の大学生活もアイドル活動も順調だった。

 顔を合わせるのは、神社の近くでたまに会う程度。何も言われないし、聞かれもしない。別に言いふらしたりするとは思っていなかったが、何も聞いてこないのは少し意外ではあった。だが、聞いてこないのなら幸い、と私もこれまでどおり、特に何を話すでもなく当たり障りなく接していた。

 数か月そんな風に過ごしていたら、もう弦月さんのことはすっかり頭から抜けていた。


 その日も休日、私はいつものライブ会場に来ていた。

 ライブを終え、ウィッグとカラコンを外し、衣装から私服に着替える。これだけで見た目は別人になる。普段の姿で道を歩いていても、ファンにだって気づかれたことはない。だから、特に警戒もせず裏口から外に出た。

 秋とはいえ、夜風はやはり冷たい。マフラーでも持ってくればよかったか。まったく人気のない薄暗い街灯が続く道に、私の靴音だけが響いている。

 ……あれ? この道、いつもこんなに人がいなかったっけ? 繁華街の近くだから、普段は深夜でもかなり人通りが——


 カランッ、と後ろから下駄の音がした。


 反射的に振り返る。街灯の下、弦月さんが立っていた。街灯の影になってその目は見えず、何を考えているかは全くわからない。それでも、この周囲の異常な状況と、弦月さんが急に現れたのが無関係とは到底思えない。そう、この人ならそれくらいは簡単にできてしまう。わからないのは目的だ。

 私は弦月さんから目を離さないまま半歩下がり、距離を取った。


「……そんなつもりはなかったんですが、思ったより警戒させてしまいましたね」


 弦月さんは少し困ったように薄く笑って頭をかいた。私は努めて冷静を装って口を開く。


「目的は何ですか」

「さすがに雪島さんでもわかりませんか?」

「わかりませんよ」


 わかるわけないだろう。この人は私を何だと思ってるんだ。眉をひそめる私に弦月さんはほんの少し目を見開いた。


「なるほど。これは失礼。雪島さんはかなり鋭そうなんで、そこまで隠し通せているのは逆に想定外でした。……ボクは雪島さんのことが好きなんですよ」

「は?」

「だから、一緒に来てくれませんか?」


 そう言って私に手を差し出した。

 表情は相変わらず影になっていてよく見えないが、その声には確かな甘さと狂気がにじんでいた。どうやら本気で言っているらしい。

 弦月さんと私の距離は数メートル。彼がその気になればこんな距離はないに等しい。こんな大がかりな真似をしてきた時点で、最初から逃がすつもりなどないのだろう。


「……仕方ないですね」


 どうやら拒否権はなさそうだ。私はため息をつき、ゆっくりと歩み寄る。弦月さんの目の前に立つと、彼は私の手を取った。

 笑っているのだろうか。表情が見える距離まで近づいても彼の感情はよくわからないままだ。

 そして弦月さんは私の手を握るのとは反対の手で、背後の空間に触れる。宙に歪んだ門が浮かび上がる。

 かなり歪で不気味な見た目をしている。この門は一体どこにつながっているのか。それを知っているのはこの世界で弦月さんだけなのだろう。

 彼は何も言わず門をくぐり、私は引きずられるようにその後を追った。



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ここからマジで監禁される話。

今の時点で主人公ちゃんは恋愛感情ないけど、多分わりと早めにほだされる。

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