この死に損なった異世界の上で —雑魚と病気の箱庭旅譚—

すずかわ素爪

プロローグ それでも人は

 「異世界ならうまくいく」って、誰が言ったんだ?


 俺たちはどうにもならない、どうしようもない。


 どうにかなりそうでも、どうにかするしかない。


 なぁ、続くんだ。旅も、人生も——


 「それでも人は、生きなければならない」


 あーあ、どうすっかなぁ。王都で貰った路銀はあるにしろ、正直参った。武器屋で見せてもらった両刃の剣、両手でギリ持ち上がんなかったもんな。結局、軽装の革鎧とダガーで歩くのがギリギリだ。歩くのがギリギリだから、闘うとなるともうクソの役にも立たないだろう。


 転生、というやつらしい。


 仰々しい宗教的な儀式感マシマシの陣?とか呼ぶんだったか?その中央で目を覚ました俺は、これはまずいことになったと自覚した。周囲の期待が籠る目。殆ど進捗がない時のプレゼンに限って、重役が出てくるような緊張感が背筋を激走して、あれよあれよと話を合わせていく。救世主で最強で?なワケねえだろ。一通り「魔術」と呼ばれるものの教本だけ受け取ったが、どうにも才能がないらしい。自室で試してよかった。なんでも空気中のなんとかって物質を集めてその性質を変化させるのがキモらしいが、そんなもん現代日本からぽんと送られてイメージできる奴がどこにいるんだ。というか、なんで言葉が通じたのかまだ飲み込めてないところを見ると、この世界そのものに俺は適性がないようだ。


 幸い……だ、無から有を生み出すトンデモ原理は一切理解できなかったが、既にあるものを変質させる術はそれなりに会得した。生肉を変性させてステーキにしたり、薬草とフルーツと水を分解再構築して美味いエナドリにしたり。……主婦の知恵かよ。でも森に入ってしばらくしたのに生きられてるのはこれのおかげだ。備蓄用の干し肉と石みてえに固いパンをある程度食えるように再調理できるからだ。じゃなけりゃ辛すぎてもう8回は死んでる。まぁこれ以外にも一応「奥の手」はあるにしろ、ぶっちゃけフィジカルで攻められたら終わりだ。


 体力も方向感覚も昔と全く変わらない。森に入って5日は経っているが、一向に出口は見えてこない。人語を解したり解さなかったりする「魔物」とやらが怖すぎて、大きなフンや足跡を見かけるたび、目印をつけて引き返すようにするなど、おっかなびっくり進んでいるのと、野営のための魔術的な火おこしに体力を2割ぐらい持っていかれるので、まぁ仕方ないとも言える。魔術だ魔王だなんだって、いきなり呼び出しといて馬鹿みたいに話進めやがって。なんでも前に呼び出したやつは頭がおかしくて追放されたらしい。見つけ次第討伐して欲しいんだとさ。何やらかしたんだか。


 沢を見つけて、少し休んだ。ビンに水を補充して、木苺っぽい何かを詰める。何にも考えないで果物っぽいから食べてるけど、これが有毒だったりしたらどうするつもりだったんだ俺は。ナマモノは旅に適さないと言っても、少しぐらいは市場に並んでいる果物に目を通しておけばよかった。ため息をついていると、ガサガサと向かいの茂みから物音が聞こえて、人型の生物が目の前に現れた。こんな印象なのは、きっとお互いによく見ている暇がなかったからだろう。


「ひっ、人……!」


 男の声が聞こえて、俺もようやく相手が人間だとわかった。なんだこいつ、鎧どころか……着てるのはTシャツか何かか?てことは、こいつ。


「あ、あんた、転生者ってや——」


「近づかないでくれ!」


 言うや否や、真っ黒な炎らしき濁流が俺に向かって一直線に向かってくる。なんだこれ、このイメージ、何なんだ?あり得ない、あり得ないんだ、でも当たったら死ぬ!死ぬ!怖い、こんなもの——


 あり得ない——だろ!


 念じると闇は霧散し、消えていた。冷や汗が吹き出し、止まらない。奥の手を見せてしまった。他者のイメージを否定する形で上書きするイメージの術。本に載ってなかった唯一俺のオリジナル、魔術に対する防衛策としての魔術。自分に対する被害を否定するに留まるから、他への被害を防ぐ盾にはならない。あくまで守れるのは自分だけの、卑怯な技だ。


「あ、ごめんなさい、ごめんなさいまた、ごめんなさい……また、殺して」


 うずくまる男に「勝手に殺すな」って声をかけたら、不思議そうにそいつは俺に視線を向けた。


「あれ、なんで……すみません。なんで、死んでいないんですか?」


 背後を振り返ると、さっきまで腰掛けていた岩は丸く抉り抜かれ、50m程度先まで、まるで巨人がキレて蹴り上げたように綺麗に何もかも吹き飛んでいる。


「……なぁ、あんた。俺についてこないか?」


「え、あの、嫌です……」


 これが、俺とコイツの初対面だった。笑えるか?まぁ、今となってはな。

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