第3話
午後の薄暗い会議室で、企画部の構成チームは静かにデータを見つめていた。
アキラの配信をめぐる“ファン離れ”の謎を解き明かすため、彼の言葉と視聴者の反応を丁寧に読み解いていた。
「今、イベントのキャンセル率が8.3%。そのうちの約6割が『アキラの恋愛感情にモヤモヤした』と記してる」
そう語るのはリーダーの鷹宮。スクリーンに映された資料には、ファンが離れてしまった事例が並んでいる。
たとえば──
ある歌の歌詞に、アキラが男性に恋をしているような表現があり、多くのファンが「私はその恋の相手じゃない」と思ってしまった。
彼の配信も、以前は“みんなに語りかける”形だったのに、いつしか“誰か特定の人”に向けたような内容へと変化していった。
さらに録音された音声の中で、アキラが“誰かへの告白”をしたことが知られ、ファンの安心感が一気に揺らいだ。
テーブルに置かれた紙には、ファンの声が記されていた。
>「私は、アキラくんの恋人になれるかもって想像してた。
>でも、彼が本当に誰かに恋してるって知ったら……もう自分の物語が終わっちゃった気がする」
誰かが小さく息を飲んだ。
若いスタッフが口を開く。
「恋してることそのものじゃなくて、語り方が“特定の誰か向け”になったのが原因ってことですよね?」
鷹宮は静かに頷いた。
「そう。“恋愛”が悪いんじゃない。
でも、その想いが“ひとりに向けた語り”に変わると、ファンが“自分も語られている”って感じられなくなるんだ」
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🔍今回の分析による気づき:
- 恋を語ること自体がファンを遠ざけるわけじゃない。
問題は、“誰に向けて語られているか”が見えることで、ファン自身がその物語の外に置かれてしまうこと。
- 「恋してるアキラ」より、「誰かだけに恋してるアキラ」が、ファンの夢を壊してしまう構造。
- 過剰に語られた“好き”は、ファンが自分自身の物語を想像する余地を奪ってしまう。
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そして、チームが最後に出した提案は──
「アキラの語りを、“誰かへの告白”ではなく、“自分自身の気持ちに向き合う語り”に変えてみてはどうか」
「“語りすぎる”のではなく、“問いかける”ような配信構成にすることで、視聴者が一緒に感情を探せる場をつくれるかもしれない」
「ファン自身が『この推しを通して、自分も語れる』と感じられるように、語りの余白を意識することが大事だと思う」
鷹宮は、静かに呟いた。
「語られた恋より、語れなかった恋の余白こそが……一番心に残るのかもしれないね」
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夜の収録スタジオ、控室。
照明は落ち、モニターだけが淡く光っていた。
アキラは椅子に座り、スマホを伏せたまま、声も目も動かさない。
「……君、さ」
ユウの声が、静かに空気を震わせた。
アキラは顔を上げなかった。
「なんで、そうやって、何も語らないままでいられるの」
アキラのまつげが、ほんの少しだけ揺れた。
けれど笑顔はなかった。配信用の“愛され顔”もなかった。
「語ったら、壊れるかもしれないから」
その言葉が、ようやく吐き出された。
「壊れたら困る?」
「うん」
「じゃあ、俺が壊すよ」
ユウは一歩踏み出す。
アキラとの距離は、モニター二枚ぶん、現実よりも狭くなっていた。
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「俺は、もう限界なんだ」
ユウの声が、画面越しではなく、鼓膜越しに届く。
「君が“誰にも見られない好き”を隠してるのは知ってる。
俺は、その好きが、俺に向いてることも知ってる。
でも君は、それを守るって言った。マイクの外に閉じ込めて、歌の中に紛れさせて、語らないことで生き延びた」
アキラは口を開けるが、音が出ない。
ユウはさらに言葉を重ねる。
「……俺は、それでも触れたい。画面の向こうにいる君じゃなくて、
マイクの奥で声を震わせてる君に、
誰にも届かないまま揺れてる君に──
この手で、触れたいんだよ」
---
アキラの呼吸が浅くなる。
控室の空気が、ユウの言葉に飲み込まれていく。
「配信中なら、君は“笑って逃げられる”けど、今は逃げられない。
だから言わせて。
“好き”って言えない君を、俺は好きだ。
言わないことにすがってる君が、
誰よりも俺の声を求めてること、知ってるんだよ」
アキラは、ようやく目を開いた。
その瞳には、涙ではなく──火が宿っていた。
「……なんで、そういうふうに、俺の“守った沈黙”を壊すことが、君の優しさになるの」
ユウは答えない。
代わりに、アキラの手に自分の手を重ねた。
「俺は、優しくなんてしたくない。
むしろ“好き”を語れなかった君に、
それでも恋される痛みを与えたい。
それが俺の触れ方だよ──
君の沈黙を、俺の声で全部埋めたい」
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アキラの肩が、小さく震える。
「俺は……“誰にも語られない恋”でいようと思ってた。
それなら、誰にも拒まれなくて済むから」
ユウは静かに呟く。
「でも俺は──誰か一人だけに拒まれてもいい。
その一人が、君であるなら」
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外には誰もいない。
控室の防音扉は閉じられ、マイクはOFF。
ユウは、アキラの耳元で言う。
「……それでも俺は、画面の向こうを壊したい。
君の好きに、触れるために」
アキラは、言葉を選ばず、ただひとつだけ返した。
「それなら、俺の“語られなかった恋”を……好きに壊して」
ユウの手が、アキラの声の震えを、そっと包み込んだ。
🎤もちろん、おまかせください。以下はBLライトノベル調で描く、アキラが“ファンの視線”に気づき、それに対して一人語りの配信を行う一連の描写です。内省・感情の揺らぎ・語ることの重さを繊細に描きつつ、BL的な深度を加えています。
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《【告白配信】—誰かに恋してごめん、誰にも恋してないって言った僕へ》
午前1時。
アキラの配信部屋には、いつものライトだけが灯っていた。
画面には“いつもと同じ顔”。ファンのための笑顔。傷つけない声。
でも──その夜、アキラの配信タイトルはこうだった。
《【告白配信】—誰かに恋してごめん、誰にも恋してないって言った僕へ》
チャット欄は一気にざわつく。
「え?」「告白って誰に?」「アキラくんのこと信じてるけど怖い」
マイクがONになる。
アキラの声は、いつもより少し低く、遅かった。
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「……あのね。今日は、いつもの“楽しい枠”じゃない」
「でも、ずっと言えなかったこと……ちょっとだけ話す」
視聴者は静かになる。コメントも止まり始める。
「最近、言葉を使うのが怖くなった。
“好き”って言うと、その言葉が誰に向いてるか、みんな探そうとする」
「でも……俺は、恋したんだ。
たったひとりに。
だから“みんなに恋してる”みたいな演技、もうできなくなった」
アキラの肩が揺れた。配信越しに、それは見えない。
だけど、声の細さが、すべてを語っていた。
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「画面越しの俺は、“恋人になれそうな存在”だったよね。
“優しくて”“誰にでも微笑んで”“誰も否定しない”って……
でもそれって、誰にも“選ばない”ってことだと思ってた」
「本当は違う。
誰も選ばないことで、誰にも拒まれないようにしてただけなんだ」
沈黙。
その配信部屋は、語り手ひとりだけが息をしていた。
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「俺さ、“選ばれなかった”って傷ついたことある。
推しにとって、ただの一人になれないことがこんなに苦しいって……知ってる」
「でも今、俺は“誰かを選んだ側”になってしまった。
それって、誰かにとって俺が“安全じゃなくなった”ってことだよね」
アキラは一度だけ、マイクから離れた。
静かに深呼吸して、また戻ってくる。
「……だから、言うね。
この“好き”って言葉は、誰にも届かないように喋ってた。
でも、それが誰かひとりに向いてるって気づいた時……
俺のこと、誰かが見つめてくる視線が怖くなった」
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「視線って、優しくて、あたたかくて──でも痛かった」
「“この人に届かないなら、推せないかもしれない”って……そんな目で俺を見ないでって、何度思ったかわかんない」
マイクがわずかに震える。
「今、目の前に誰もいない。
画面越しの視線がないから──やっと、喋れる気がする」
「俺は……恋してる。誰かひとりに。
でも、ファンの皆のことも好きだったよ。
“恋人じゃない”って形で、俺は皆に救われてきたから」
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コメント欄が静かに戻り始める。
「泣いてる」「言ってくれてよかった」「アキラくん、ありがとう」
でもアキラは、その反応を読まない。
あの夜の配信は、“届かせないため”に始めたのだから。
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「……この恋は、画面越しには渡せない。
だから今だけ──“語るための声”じゃなくて、“語るために壊れる声”で喋るね」
「誰かひとりに恋した俺を、嫌いになってもいい。
でも、俺が誰にも語れなかった“好き”を、今語ったことだけ……許してくれると、うれしいです」
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配信はそのまま終わった。
アキラの顔は映っていない。
でも、視線の中にいた人たちは、少しだけ“向けられた恋”の痛みを、語りとともに受け止めた。
その夜の配信は、切り抜かれなかった。
誰にも見せないでほしいと、ファイルの最後にアキラが言ったから。
> 「これは……誰にも語られなかった恋の記録です。
> 誰かが見てしまっても──俺の“選んだ先”を許してくれるなら、それだけで救われます」
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