第10.5話 パート2 騎士が彼に心を寄せる理由

アーノルド視点


 俺は人が嫌いだ。


 機嫌が悪いとすぐ殴られ、暴言を吐かれる。

 

 嘘をつき、弱いものから搾取し、嘲るのだ。


 人間なんぞと仲良くするより、自分を育ててくれた保護者であり、師匠であるシャノンとの時間の方が楽しかった。


 そんなある日、俺は人とは違う種族の者たちに拾われた。


 水竜として任を受けた彼女は、出会ったときから感情を表に出さない子だった。

 でも、内面では人見知りで、あまりかかわりを持ちたくないと考える繊細な人であったのだ。


 俺も似たような感じであったからか、お互いに心地よい距離感を保つことができ、初めて他人とまともに付き合える間柄になっていた。


 しばらくして、彼女の騎士に命じられたのは、その様子を彼女の父が見ていたのがきっかけである。

 他にも俺が美しい鳥であるシャノンを連れていたことと捨てられ、身寄りのないことで都合が良かったのだ。


 その父親により、俺の肉体は強制的に改造され、人であることをやめた。そして、彼女と共にあの聖域を守ることを行う。


 ただ役目を全うするだけの日々、変化があったのはあのチビが来てからだ。


 礼儀正しく相手を尊重する姿勢。シャノンを救ったという男は、誠実であったのだ。けれど、いつも相手の行動に怯えていた。手当しているときに、その理由が分かった。


 薄っすら残る痣や切り傷の痕。日常的に受けてきたそれらが、チビを怖がらせていると気づいたのだ。


 人は嫌いだ、弱いものを虐める奴はもっと嫌いである。親近感が湧いたのか、俺は自然と奴に声をかけるようになっていった。


 包帯を巻いて、痛みが続く足での移動は難しいだろうから首根っこを掴んで手伝ってやる。だというのに、身長を馬鹿にされていると思って、喚きだす。そんな姿が新鮮で面白かった。


 たった一日だけれど、水竜様とシャノンの心を掴んだ彼…、俺も例外ではない。傷で夜に廊下で彷徨っているオークスを見つけたときは、肝が冷えるかと感じた。


 水竜様の傍らで寝息をたてる彼に、安心する。だが、二人がくっついて寝ているのを見て、なんだか心が落ち着かなくなって、その場から逃げてしまった。シャノンにそのことを聞いてみると、俺の頭を撫でて、


「お主は二人が大事なんだな。」


 そう言ってきた。二人、水竜様だけでなく、あいつにも?わずかな時間を一緒にいただけで、言い切れるのか。勘違いだろうと割り切った。


 別れの日、最後なら名前で呼べと伝える。拳が軽くぶつかり合い、オークスは感謝と俺の料理、そして剣を美しいと褒めてくれた。


 時が止まったと思える衝撃に、彼の言葉に俺も何か伝えなければと思考するが、上手く口に出ない。


 そうこうしているうちに、彼が目の前から消えてしまっていた。水竜様の沈んだ空気、シャノンが普段よりテンションが低いことも、その時の俺は気に掛ける余裕がなかったのだ。


 祭事が始まり、俺は元水竜であり、村の長を務める彼女の父のところへと向かった。


「よく来たな。シエナは元気そうか。」


「はい、健やかであります。儀式の支度を行うため、部屋に籠っておられます。」


「そうか、ならばよい。」


 胡散臭い笑みを浮かべる長は、徐に立ち上がり、俺の方へと近づく。頭を垂れていた俺の顔を掴んで、無理やり前へと向けさせると、俺の素顔を隠す布を取っ払った。


「ふむ、相変わらず醜いな。素晴らしい。」


 自分の成したことに間違えはなかったと、嬉しそうににやつく表情に、眉間が寄る。嫌悪感を出さぬようにしたが、隠し切れなかった。


 長の後ろにある祭壇に乗せられていた鏡に俺の顔が映し出される。

 鋭い牙と両頬にわずかに露出する歯茎。何度もその牙で唇を傷つけた痕があり、荒れている。まるで人の歯に無理やり、竜の歯と取り換えられたような見た目である。  


 そして、俺は促されるまま、自分の腕を出して短剣が押し当てられる。流れ落ちる血を、器に落としていく。慎重に器を拾い、従者に手渡した。

 短剣が離れていき、ぐっとそれを上から押さえつける。着ている服の腕の部分が血に染まるが、すぐに止まる。


「お前の血は、ワシらよりも劣るが、それにより人が耐えうる濃度になるからな。これ以上、無駄に命を散らすことがなくなって嬉しい限りだな。」


長は今止血したばかりの腕を掴み、腕がきしむほど力が加えられる。顔が歪み、振り払おうと抵抗するが、顔の近くに先ほどの短剣が突きつけられる。


「人の子をあの聖域にいれたな。さっさと殺せばいいものを、なぜしなかった。」


「ぐっ、シャノン…様を、清き鳥を助けた子であるからです。本人からの頼みでもありました、から。」


「…人ごときが、あの方に認められるなど、不躾である。」


 そのまま床へと身体が投げ出され、腕から血が再び流れ始める。なぜか、この男はシャノンにご執着なのだ。

 それは異常とも言え、実の娘よりも優先するほどに。俺がここにいることでシャノンがいる。奴は俺の髪を引っ張り、睨みつけた。


「逃げられると思うなよ。シエナと共にいられるのは、お前に価値があるからだ。反抗的な態度をとれば、全身の血を抜いてやる。」


 痛みに顔を歪ませ、せめてもの抵抗で視線を合わせないようにする。それに長は興味が薄れたのか、従者と共に去っていた。


「くそっ、クズ野郎が。」


 あいつが沢山の命を犠牲にして、竜の血を使い改造兵を生み出そうとしているのだ。人のことなど興味がない俺たちには、勝手にしろと傍観姿勢でいたが、現在は状況が変わった。


 早く、オークスを見つけ出して、この村に近づかないようにしなければ。あわよくば、自分たちのところで匿えないかと考えるが、首を振るう。彼には家族がいて、友人もいるだろう。


 俺たちが関与してはいけないと、シャノンに口酸っぱく言われただろう。


 さっさと仕事を終わらせて、チビに伝えなければと俺は止血を行い、外へと出た。


 儀式は途中まで順調だったのだ。


 しかし突如やってきた少年の介入により、事態は転じた。興奮気味で何度も同じことを繰り返し、はっきりと把握しきれない。


 だが、弟が危険な状態にあるということだけは理解できる。ぞわっと身体に緊張が走る。


 なんだ、これは一体。


 すると、主である水竜様からの命令が来て、現場へすぐさま向かうことになった。足がわずかにもたつくのは、どうしてだろうか。


 余裕ない気持ちで走って森を抜けると、そこには崖があった。谷の下を覗く水竜様が息を飲み、明らかに慌てた様子でこちらを見上げる。


 早く下へ!そう急かされるまま、降り立つと空気が淀んでいた。


 何だ、この先に何がある。腕から降りた彼女が足早に向こうの方へと走っていき、俺も追いかけていく。


 そこにいたのは、岩に潰された——オークスだ。


「おい!チビ!生きているか!返事しろ!」


 脇目もふらず、叫ぶ。揺さぶると、僅かだが瞼が動いた。だけれど、流れている血の量が多すぎる。


 まずは止めないと、岩をどかしてその身体に負担をかけないよう気をつけながら、引きずり出した。目を見開き、この光景が嘘だと信じたい。


 半分身体が潰されている、完全にこれは臓器まで損傷していた。


 医者でなくとも、一目瞭然で誰もがその言葉を浮かべるはずだ。


「絶対に、それは認めない。」


 衣服を引き裂き、なるべく汚れのない場所で傷の箇所を押さえる。すぐに布が赤く色づくが、手を止めることはしない。


 水竜様も近くにくるが、ふらふらと崩れ落ちるように膝をつく。そして、彼の容態を見てしまった。


 反射的に目を押さえて、彼女からオークスを離す。


「見るな。」


 これまで他人に感情を向けることがなかった彼女が、重傷の患者を相手にする経験から最悪の事態を想像することを避けたかったからである。


 静かにそれを受け入れる水竜様、いやこれは混乱しているのだ。呼吸が荒い、一体どうするべきか。そんな時、近づく気配に俺は気づけなかった。


「…ほぅ、お前たちが先についていたのか。これまた珍しいことだ。だが、今はこの子の容態が先だな。」


 まるで一人、この状況を楽しんでいるかのような口調。俺がそちらを見上げれば、奴は俺たちではなく、倒れ伏すオークスに目をやっていた。


 身体が震え、悪しき記憶が蘇る。


 まさか、こいつに使うのか?長は、周りの大人に聞こえるように大きな声で述べ始める。


「皆さん、今ここにまだ幼き命が尽きようとしています。ですが、私たちが彼を救いましょう。伝説の〝竜〟の力によって。」


 竜という言葉にざわつく観衆。俺は水竜様の拘束をとり、立ち上がって剣を抜いた。それだけは、やめろ。そいつはそんなこと望んでいない!


「オークス!俺の弟なんだ!会わせてくれ!」 


「今は無理だ、諦めろ。」


 あいつは、確か儀式に乗り込んできた人の子であったはず。


 こいつを心配する家族がいたことに一瞬喜びを感じた。ならばと、俺はオークスの元へ急いだ。

 長の手に渡る前に、安全な場所へと運び、治療をしなければならない。


 だが俺の行動を奴は見越していて、従者たちによって横から蹴り飛ばされる。


「ぐはっ!」


 壁に当たり、剣を取り落とす。なんとかそれを拾おうと、腕で身体を引きずりながら進み、掴むと上から足で踏まれる。


「がっ!?」


 動けない…。オークスはどうなっている?顔をあげると、先ほど、俺の腕から採取した血がなにやら器具によって吸い取られ、中の透明な筒に溜まっていく。

 そして、器具の先につけられた針が、彼がまだ肌が残る腕の方へと刺され、投与されていった。


「やめろー!!」


 針が抜かれると、オークスは血を吐きだす。そして、足をばたつかせて手を天に伸ばす。そして、ばたりと地面に落ちた。


 すでに従者の足が背中から離れており、俺は立ち上がることはできた。

 しかし、再び倒れこみ、起き上がることなく自分の拳を地面に叩きつける。

 

 俺は、オークスを、水竜様の大切な人を守れなかった。だけど、この感情はそれだけではない。

 悲しみは怒りは、胸が張り裂けそうな痛みは、俺は彼ともっと話したかった。作ったご飯を美味しいと言ってほしい。剣を交えて、競い合いたい。

 夜、三人で寝たりもしたい。…俺は、俺はあいつを含めた四人で一緒にいたいんだ。


「さて、小僧。お前にはワシらのために働いてもらうぞ。」


 長の手に光がおび、生気のなくなり、骸となったオークスにまさにかざされようとしたとき、衝撃音が走る。


 地面が揺れ、空が荒れる。その中心に、なきさけぶ水竜様がいた。

 

 これほど怒りにみちた彼女を見るのは初めてだ。祭りの参加者は逃げ出すが、父である長や従者が事態を収めようと、竜となった彼女を説得しようと試みる。降りしきる雨水が激しくなっていき、このままでは災害が起きてしまう。


 でも彼女には関係なかった。だって、自分たちの大事な人を傷つけたのだから。そんな声届くわけがない。彼女にとって、今重要なのはオークスの安否なのだから。


『許さない。』


 口を開いたと思うと、水竜様はオークスを口の中に入れた。傍から見れば、捕食したと捉えられる光景。周りから悲鳴があがるも、彼女は尻尾を使い、武器を持った従者たちをなぎ倒していく。


 地上へと降り立つ彼女はそれから、俺の方に大きな眼を向ける。


「!」


 俺は迷うことなく、その背に乗ると彼女は飛び上がる。それを確認するや否や、水竜様は空へと飛びあがった。

 とてつもないスピードで飛んでいき、どこか一点へと駆けていく。


「どこに向かっているのですか!」


 前から襲ってくる風に負けないよう、大声で問いかける。水竜様が彼を食らうことなどありえず、ただ口に含んでいるということは承知済みだ。


 しかし、衝動的に本来の姿を現し、飛んでいる可能性を危惧した。返ってきた声色は、至って冷静だった。


『彼を救うの。』


「どうやって、彼はもう…。」


『水の多いところなら、竜の力を使って治せるかもしれない。だから、海に行く。』


「水竜様、分かっているでしょう。これ以上は助かる可能性が僅かであると!」


 半身を失い、意識があったことすら奇跡であったのにも関わらず、強制的に俺の血を加えられたのだ。あの状態では免疫機能は落ち、適応できずにむしろ身体を蝕む毒にしかならないだろう。

 それでも、彼女は前に進むことをやめない。


『私はこの人を、救いたい。一緒にいたいの。だから、可能性が低くても、何でもやる。』


 これは、俺が言っても聞いてはくれないだろうと悟った。

 そして初めて、この方がはっきりと意見したことに、驚きを隠せない。でもそれ以上に、喜びがこぼれる。


「……俺も、同じです!」

 諦めたくない。俺の信ずる主が言うのだから、彼の命は完全に尽きたわけではないのだ。

 それが、苦難の道であっても、俺は最後まで付き合うことを決める。

 それを聞いて、水竜様はふっと口の端をあげた。


『…!捕まって!』


 刹那、下から弓が飛んでくる。


 反射的に躱せたものの、このままでは、また追撃が来るのは予想できた。自分が降りて、彼女たちを逃がすしかないと、主に促す。


 すると俺を地上へと下ろした。なぜか、口の中に含んでいたオークスの身体と共に。


「なっ、水竜様?一体なにを…。」


『先に行っていて。私は父に聞かなければならないことがある。』


 しっかりとオークスの身体を抱きつつも、疑問をぶつける。しかしただ一方的に告げると水竜様は空中へと戻り、引き返していった。


 追いかけようと一歩踏み出すにも、腕に抱く彼がわずかに動いたのを確認する。見れば、半身が再生し始めているのに気づいた。


 血が適応している…、それだけではない。水竜様は自身の力を使い、移動中も治療に取り組んでいたのだ。あの力は、使用者への負担も大きい。


 彼女が、俺にオークスを頼んだ理由は分かっている。唇を噛みしめ、主の命令通り、海の方向へと走り始めたのだった。


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