第21話 兄弟の絆と偽りの影
⻯神様が目の前に…、実在していた…。そのことに、思考が追いつかずにいると、森がある⽅向から、新たな⼈の気配があった。
「……。」
「えぇ、ゼルコバ兄さん!?」
何でここにと疑問を抱く前に、息を切らして⾛ってくる兄さんの姿があった。そしてそのまま、僕のすぐ近くにとまる。
⾝⻑差によって、少し⾒上げる体勢をとると、そんなことお構いなしに、僕の頬を両⼿でぐっと押した。
「うっ ?」
「…⽣きてる。本当に、いるんだよな、ここで⽣きてるんだよな。」
そして間もなく、抱き寄せられる。落ちてくる雫が、肌に触れた。
⻯に出会うことと同じくらいに、信じられないことが目の前で起きてる。
ゼルコバ兄さんが…、僕が⽣きていることに、泣いて喜んでいるだと?
確かに、兄弟の仲でも⼀度も暴⼒を振るわれたことがなかったけれど、仲良くしてこようとする素振りもなかった。
この⼈は、本物の兄さんなのか。失礼なことを考えてしまうが、それくらい衝撃的だったのだ。
そっと両⼿が離され、ゼルコバ兄さんが話を続けようとしたとき、離れたところにいたギードという男によって、邪魔される。
「はははは!なぜだ、お前らが、どうして神様に選ばれるのだ!?ワタシでは駄目だと…?そんなの、認めんぞおおおおお!!!」
⽚⼿を⽖で搔きむしり、そこから⾎が流れて、⽪膚が傷つこうともギードの怒りは収まらないようだ。
⼤蛇が消えたが、⿊い泥のようなものが、再び形を変えていく。そして⼈型になったところで、僕は⾒つけてしまった。
ローラン兄さんとドミニク兄さんの遺体も、奴にとりこまれてしまった。それによって、兄たちの形を模した異形がそこにいた。
ゼルコバ兄さんが駆け寄ろうとするのを、後ろから⼿を引いて⽌める。
「なんで!⼆⼈が、あそこにいるんだ!」
「あれは兄さんたちじゃない。」
「でも!」
僕は⾸を振る、そして僕は左目を閉じて、もう⼀度〝それら〟を⾒つめた。
ゲイル様から頂いた瞳は、魂を⾒通す⼒がある。そして目の前にいた⼆⼈に似た者たちは、魂が空っぽだ。つまり、もう⼆⼈はこの世界にはいないのだ。
その場に崩れ落ちるゼルコバ兄さんをシエナに託し、僕は剣を抜いた。横にはいつの間にか、アーノルドがいて僕の背中を軽くたたく。
無理するんじしゃねぇよという呟き、そのまま前線へと駆けて⾏った。襲い掛かる異形たちを次々に打ち倒していく姿は、洗礼されていて、戦場であるにも美しいと思ってしまう。
次にシャノン様が、⼈の姿になり、何もない空中から剣を⽣み出す。そして、⼤きく⾶び上がったと思えば、シエナの近くにいた敵を倒していた。なんていう、⾝のこなし…。
やはり、シャノン様もまた、⻯に近い存在であるのだと思い知らされた。
僕は剣を構えて、⼤きく息を吐いた。⽴つのは、兄さんに似た何か。魂のない空っぽの化け物。偽物なんだ、倒すべき相⼿なんだ。
分かってはいる、けれどその意思とは反対に、カタカタと持つ⼿が⾳をたてて震えている。
すると、聞こえないはずの声が聞こえていたのだ。
「オマエガ、イキテイルノハユルサレナイ。」
「オマエハ、カアサンヲーー 。」
兄さん…やっぱり、僕を恨んでいるのか。
瞬間、額に投げつけられたナイフにより、ローラン兄さんの姿が崩れていく。振り向くと、そこには汗を流し、投げた姿勢のまま、相⼿を睨みつけるゼルコバ兄さんがいた。
「オークス!あいつらは偽物なんだろう!だったら、倒せ!お前は、死ぬな!!」
はっと息をもらした。ゼルコバ兄さんの⾔う通りだ。僕はまだ、決意が⾜りなかったのだ。
「ふう……、あれは、兄さんではない、あれは兄さんではない。」
ぼそぼそと⼝にして、⾜で地⾯を蹴っ た。これは…⼆⼈への弔いだ。
僕は剣を振り、異形、⼆⼈を斬りつけた。
魂はなくとも本⼈の遺体が使われているから、⾁を斬る慣れない感触に、⾃分の顔が歪む。
「「ギャアああ!」」
地⾯には⾎ではなく、⿊い液体が⾶び散る。そして、異形たちは何も⾔わなくなった。
ただ敵を倒しただけ、ゲイル様との約束を果たすだけだ。⼝の中に残るしょっぱい味も、⿐をすする感覚も、忘れてしまえ。ひどいことをされたんだ、罪を受けただけだよ。
それでも、僕は⼤⼈にはなりきれない。だって…あの⼈たちは、僕の家族だったんだ。捨てられるわけがない!
奥で僕の⽅を⾒て、殺意を隠そうとしていないギードを睨みつけた。
「くそ野郎が。」
初めてそんな⾔葉を⼝にし、違和感が湧いてくる。アーノルドも驚いているのか、視線の端でこちらを振り返る姿が確認できた。
そして感情に乗せて、僕は奴に剣を振る。
「はああああ!!」
何かと当たる、それは武器ではない。ギードは⾃⾝の腕に、あの異形の⿊い塊を纏わせ、僕の攻撃を防いだのだ。鋼鉄のような堅さに刃が通らない。
払いのけられ、後ろに弾き⾶ばされると、今度は奴が追撃を仕掛けてきた。
「その目は、神に選ばれし者に与えられる宝⽟!なぜだ、なぜだ!」
「ぐっ、ぐぐぐっ !」
この⼈、⼒強い…。しかも興奮状態だから、目が⾎⾛っている。⾜を踏まれて、距離を取ることもできない。このままじゃ、やられる!
「私の、私の⼤切な⼈を、傷つけるな!!」
えっ、まさか。そう思った時には、ギードの⾝体は⾶ばされ、地⾯に倒れる。
それは、⽔の塊によるもので、誰がそれをしたかなど明⽩だ。
⽔⻯の名前を与えられ、湖を守る⻯。シエナは、翼と⼿⾜のみを⻯の形に変化させていた。それはまるで、⻯神様のお姿と重なる。
「な、なぜだ。お前まで、ワシに逆らうなど!」
「いいえ、もう貴⽅は⽗ではない。⻯神様に与えられたこの⼒を持って、反逆者を倒す。それが、宝⽟に選ばれた者の役目よ。」
『この⼒で、⼈々を厄災から守ると約束してくれ。』
ゲイル様にお願いされたことと同じ、⼈を守る⼒にすべきと。そうだ、この⼒は、決して⼈を殺める⼒ではない。傷つける⼒じゃない。
隣に⽴ったアーノルドは、僕の肩に⾃分の⼿を乗せる。彼もまた、⻯の⾎を与えられた優しい⼈。僕は⼆⼈を⾒て、⼝角があがる。⼀⼈じゃないんだ。
だが、ギードにはそんな思いは届かず、ただ⼀⼈、⾃分だけを守るために、⾔葉を紡いでいる。再び、⼿を搔きむしり、⾎がとめどなく流れていた。
「ワシは、神様の導きのままに、⻯の⼒を活⽤していただけだ!何が悪い!」
あまりにも⾝勝⼿な⾔い訳に、僕は怒りを感じた。何も⼝にしなかったのは言うべき⼈が他にいたからだ、アーノルドは顔に影を落とし、歩き出す。
その表情は、目が吊り上がり激情が現れている。⼝の端から覗く⽛が、より威圧感を与える。僕は雄々しい姿に、この⼈と共に戦えることを喜んだ。
「そうして、⼦供らを、村⺠を、オークスの命を冒涜したんだ。俺はお前を許しはしない!」
そう⾔って、アーノルドがギードに剣を突き⽴てたー
「あっ、こんなとこにいた。」
はずであった。
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