第7話 繋がる心と、離れる決意

「戻りました。」


 部屋を出ていったアーノルド様が帰ってきた。布で口を覆っているのは変わらないが、上の装備を外し、軽装でやってきた。


「ほら、水竜様からお前にだ。」


 手に持っているのは、グラスであった。

 こちらに差し出してきたので、受け取ると中に入っているのは、透明な液体である。無臭であり、揺らしても特に粘り気があるわけでない。

 

 これは、


「水、ですか。」


「あぁ、だが源流から汲み取ったものだから、飲みやすいはずだ。」


「なぜ、水?」


「傷を治すのに私の力を使うと、治された人は喉が渇くの。だから、用意してもらったのよ。」


 ずっと張りつめていた緊張から、口が渇いていたのに今気づく。二人の視線を感じつつ、グラスを傾けてゆっくりと飲み込んだ。

 冷たい水、でも今まで飲んだ水の中で一番飲みやすかった。


「美味しい。」


「良かった。それじゃ、寝ましょうか。」


 水竜様がベッドに入ろうとする素振りがあり、ここにいては邪魔だと思って僕は戻ろうとする。


「僕は部屋に。」


「何言ってるんだ、ここまで運んできた意味がねぇだろ。お前もここで寝るんだ。」


「はっ、え、うわぁ!?」


 問答無用と言わんばかりに、アーノルド様は肩を押したため、僕は竜の方の隣に寝転ぶことになった。

 そして、横から押されて狭いと思えば、なんとアーノルド様まで入ってきたのだ。


 …何だこれと思った僕はおかしくない、きっとおかしくない。普通なのか、二人には。


「落ち着かない?」


 尋ねてきた水竜様に、僕は素直にうなずく。


「はい、もう随分前から一人で寝ていました。」


 家族が多い分、上の者が年下の面倒を見るのが通例であった。しかし、僕を産んだ後、母は病に伏せ、それが僕のせいだと兄弟たちは思うようになっていたのだ。


 だからこそ、隣に誰かが寝ているのなんて、久しぶりだ。


「お前、家族は?」


 今度は反対方向から声がした。


「六人です。兄が三人、父と母、僕です。」


「帰りたいと思うのか?」


「……そう、ですね。」


 帰らなければならない、でも名残惜しい。ぐるぐると腹の底で感情が混ざっていく。ふと、目の前が誰かの手で覆われた。


「疲れているでしょう。もう目を閉じて。」


「早く休め、オークス。」


 優しい女性の声と、低い男性の声。じんわりと温かくなる目元と、固い手のひらがお腹の上に置かれるのを感じたけど、睡魔に勝てずにそのまま夢の中へと旅立っていった。 


✳ ✳ ✳


視点なし


 水竜であるシエナとその騎士アーノルドの二人に挟まれていた状況下で、本当に寝てしまった彼に少し驚きつつも、自然と笑みがこぼれる。瞼にかかる前髪をそっと横に流しても、起きる様子はなく、ぐっすりと横になっていることが分かる。


「眠ってしまったのね。」


 シエナはまた、彼の頬に触れたくなって、手を伸ばす。しかし、それは自身の騎士の言動で遮られることになった。


「…水竜様。この人間が貴女様の力を知られてしまっては、もうこの者は無関係とはいかなくなるでしょう。」


 人ならざる者である証拠でもあり、水竜としてここを守り、清めるためにその役目を任じられる理由でもある治癒の力。それは、決して安易に使ってはならぬときつく言われてきた。


 まして、人間に使うなど言語道断である。それは彼女も百の承知だ。


「えぇ、分かっている。それで貴方を縛り付けることになったのだから。」


 シエナはそっと身体を起こして、いつの間にかベッドに正座をして、こちらをじっと見ているアーノルドの頬に触れた。そして、口元を覆う布を外したのだ。


 その下に隠されたものは、彼とシエナ、そしてこの村の長しか知らない。

 ぐっと感情をこらえるように、彼女の瞼がピクリと動いた。アーノルドはそっと、自分の主から布を返してもらい、再び元の位置に戻す。


「縛られているのは、俺だけではないですよ。」


「そうね、ごめんなさい。苦労が多くなってしまうわね。」


「いえ、どっちにしろ、この者が明日去るのは変わらない事実ですから。」


「…えぇ。」


 言葉では理解を示す。その反面、眠るオークスが手を伸ばし、何かを探す素振りをする手を、シエナは握り返した。


 横になり、もっと近くにと身体を丸くさせ、そっと目を閉じた。

 それを見て、アーノルドは何も言わない。


 ただ、今まで感じたことのなかった胸のわだかまりを感じ、それが露見するのを恐れた。それ故に、彼は逃げるようにして退出したのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る