第11話

 放課後、教室を出たところで、見慣れた白いカーディガンの姿が俺を待っていた。


「風見先輩。今日は、私の番ですよね?」


 雪城真白。

 一年生にして妙に大人びていて、言葉の端々に“何かを知っている”雰囲気を漂わせる後輩。


 今日はその彼女と、ふたりきりの時間を過ごすことになる。


「……行こっか。場所、決めてる?」


「もちろん。先輩が“昔、毎日通ってた場所”」


「……え?」


 


 案内されたのは、駅近くの小さな公民館の裏手。

 そこにある、ボロボロのベンチ。夕陽に照らされて、静かな空気に包まれていた。


「ここ……」


「懐かしいでしょ? ここ、先輩が中学のとき、毎日放課後にひとりで座ってた場所。

 ノートを開いて、人の行動を観察して、誰にも見られないように文字を綴ってた」


 真白の声は優しく、けれど逃げ場を許さない。


「……やっぱり、見てたんだな」


「うん。……先輩は、誰よりも人の感情に敏感で、

 だからこそ自分の感情には不器用だった。

“観察”という形でしか、人とつながれなかった」


 彼女はポケットから、小さなノートを取り出した。


 それは、見覚えのある──

 俺が昔、破り捨てたはずの“心理観察ノート”の切れ端だった。


「捨てられてたページ、拾ったの。……燃やされたのに、一枚だけ、風で飛ばされてた」


 俺は言葉が出なかった。

 恥ずかしさ、怖さ、過去を暴かれたような感覚。


「それを読んで、私は思ったの。“この人、誰よりも寂しい”って」


 真白は、そっと俺の横に腰を下ろした。


「私は小さい頃から、“観察される”ことばかりだった。親にも、先生にも、

“真白ちゃんって変わってるね”って、ずっと見られてばかりだった。

 でも先輩は、誰にも見られないところで、“見る側”でいようとしてた」


 彼女の目が、真っすぐに俺を射抜く。


「だから、好きになったんだよ。

“観察すること”でしか自分を守れなかった先輩の、弱さも、強さも、全部」


「……俺は、そんなに立派なもんじゃないよ」


「わかってる。

 でもね──私は、先輩の一番近くで“観察する側”じゃなく、“並んで歩く側”になりたい」


 そう言って、真白は少し微笑んだ。


「だから……私からも、ちゃんと伝えさせてください」


 


「風見先輩。

 私は、あなたのことが好きです。

“観察対象”としてじゃなく、“ひとりの人間として”。

 誰かの恋を支える影の存在じゃなくて──私の隣にいてほしい人として、好きです」


 


 心臓が強く打った。


 他の誰よりも、俺のことを“見ていた”彼女の告白は、

 そのまま、俺自身の過去と向き合う行為でもあった。


「……ありがとう。真白。

 君だけが、俺のことを“始まり”から知ってたんだな」


「うん。……だから、これからも“観察”は続けさせてね。

 今度は、隣で」


 


 こうして、四人目の告白が終わった。


 誰もが真剣だった。誰もが優しかった。

 でも、俺は──まだ、誰の手も取れていない。


 でもそれは、きっと“決めきれない”んじゃなくて、

“ちゃんと向き合いたい”って思ってるからだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る