第3話

「ねー風見くん、今ちょっとだけいい?」


 昼休み、教室の後ろのロッカー前で俺を呼び止めたのは──

 明るいオレンジ色の髪にピアス、スカート短め、そしてどこか愛嬌のある笑顔を浮かべた女子。

 姫野琴葉。いわゆるギャル枠。


「……俺でいいの?」


「うん。だって、紗良から聞いたもん。『風見くん、恋バナの相談ガチで神』って」


 また桐原……。

 最近、俺の“相談所”としての評判がひとり歩きしてる気がする。


「で、相談って、恋愛のこと?」


「そー。ちょっと誰にも言えないことあるんだよねー。……屋上、行こっか♪」


 


 屋上。三日連続。

 もはや俺の第二の活動拠点と化している。


 琴葉は校則ギリギリの短いスカートをひらひらさせながら、フェンスに寄りかかって言った。


「ぶっちゃけ、好きな人がいるんだけどさ。……その人、超鈍感っぽくて」


「なるほど。片思い中ってことか」


「うん。でも、うち……そういうの、苦手で。

“好きです!”とか、“付き合ってください!”とか、正直めっちゃ恥ずい」


「見た目とのギャップあるな」


「でしょー! 見た目だけで『軽そう』とか『遊んでそう』とか、よく言われるし。

 ……でも、本当はさ、全然そんなことなくて」


 琴葉の表情から、普段のちゃらけた雰囲気が少しずつ薄れていった。


「小学校の頃、男子にからかわれてたの。“ギャルは告白されやすいけど、付き合いたくはないタイプ”って。

 それから、ずっと自分を派手に見せて、近づいてくる人を試すようになったんだよね」


「……強く見せるための仮面、か」


「うん。だから、今好きな人にも……本音、言えなくて。

 どうせ“見た目だけ”って思われてるんじゃないかって、怖くなる」


 琴葉は笑いながらも、どこか寂しげだった。

 そんな彼女に、俺は静かに言った。


「仮面は、自分を守るためにつけるものだと思う。

 でも、それが“素の自分”を隠しすぎると──本当に好きな人にも伝わらなくなる」


「……じゃあ、どうすればいい?」


「少しずつでいい。

 見せてもいいって思える“本当の自分”を、小出しにしてみたら?

 たとえば……“ギャルっぽくない趣味”とか、“ちょっとした恥ずかしい話”とか」


「……あ」


「ん?」


「……うち、実は“カピバラ”が好き」


「えっ」


「好きな動物、カピバラ。画像フォルダ、カピバラだらけ」


 ふっと笑いがこみ上げた。

 その不意打ちの告白に、俺は思わず吹き出していた。


「……なによ、その反応。バカにしてる?」


「いや、ごめん。可愛すぎた」


 琴葉はぽかんとして──それから、顔を赤くして、そっぽを向いた。


「……あーもう。風見くんってさ、こういうとこズルいわ。

 うちさ、そういう“ちゃんと話を聞いてくれる男子”……初めてかもしれない」


 琴葉は、そう言って俺の顔をちらっと見て、

「あ、でもこれは“相談”だからね!」と、わざとらしく付け足してきた。


 ──たぶん、その“好きな人”ってのは。

 ……もう、答え出てるんだろうな。


 


 次の日。今度は、一年生の女子が俺の教室を訪ねてきた。

 名前は雪城真白。不思議な雰囲気のある後輩だった。


「あなたが、“恋の相談役”なんでしょ? 風見先輩」


 そう言って笑った彼女の視線は、どこかすべてを知っているようだった。


 


 地味男子の俺。

 恋の噂は、ついに学年を越え──予想もつかない展開へと進み始めた。

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