alfiksita 流行歳差戦碌(アイガアレバトシノサナンテ)

1話 転義

 今でも覚えている。

 三つの時。

 ――キラキラした銀色の髪と、鮮やかな緑の眼に恋焦がれた。


 私――メアリ・メルクリオスはクリストファー・メルクリオスに、十七年物の一方的な想いを抉らせている。


 それが喩え子犬扱いであろうと、

 私は、私がクリスの視界にあるのならば至福だ。


 ――本当に犬だな。

 埋める術のない年齢差は、三十七。

 血の繋がりは無いけれど、端から見る関係は、祖父と孫。

 隣に並び寄り添いたい、なんて大それた夢だ。

 クリスの関心が、私から無くなる方がよっぽど恐ろしい。


 両親はこのを、早々に察知していた。


 母は極めて寛容で、『父様クリスにも色々思うところがあるのよ。頑張れ』と仰る。


 父は頭ごなしに反対はしないけれど、だからと言って諸手を挙げて賛成でもないらしく、『あいつは碌でもないぞ』と仰る。


 この両親は何かずれている気がする。



 だからと言うわけでもないが、十五まではせっせとクリスにちょっかい出しては煙に巻かれていた。


 幼い時に遊戯室として使っていた陽当たりの良い部屋は、いつの頃からか専らクリスの午睡部屋と化していて、ソファーで横になっているクリスを見付けると上に乗っかって接吻くちづける。


 別に十五の小娘が色艶で陥落出来るなんて毛頭思ってもない。


 そんな簡単に堕ちる人ならばこんなにも抉らせてはいない。


 ただ、貴方を想っているのだと、刻みつけたかった。


 深く、深く刻み付けることが出来ればいいと浅はかなケツの青い小娘は考えた。


「どーすんだ」

 軽く口付けた筈なのに、口内を掻き回すように変わっていた接吻から引き離され、脅すように掴まれた胸は痛みより期待が増していたけれど、至って冷静で冷酷な位の緑の眼が言葉を紡ぐ。


「やんねーよ」

 自分の意思とは関わり無くかってに流れ出る涙は知られたくなくても、ただクリスを想っている事を知ってもらいたかった。

 深く、ただ深く。



 ――クリスとは三十七離れている。

 言葉にするとぐっと来るな。


 綺麗な見てくれと相反する蓮葉な物言い……と言うか一介の責任者とは思えぬ雑な言葉遣い。


『昔は丁寧な人だったのにねえ……何時からああなったかしら?』と言う母。


『割と昔からあんなだよ。ミリアの前でだけ穏和を装っていた』と言う父。



 父も母も、クリスとは全く血が繋がっていないのに、驚くほど外見がよく似ている。


 クリスが十八の時、成り行きで引き取ったんだと言う。


 寧ろ、銀髪、緑眼の両親から生まれた私の方が黒髪で黒目で他人のようだ。


 不思議な気はするけど、父も母も、クリスも私の事を愛してくれているのは知っている。



 その黒髪を、クリスが愛しげな眼を向けて指で梳る事がある。


 ――ねぇ?、クリス?

 私に、誰を重ねているの?

 クリスは、一体誰を見ているの?


 その事に気がついた十六の時、戯れるのを止めた。



 クリスは決して純朴と言うわけではなく、それなりに女性との逢瀬を楽しんでいるのは同じ家にいれば厭でも目に入る。


 まあ、言葉遣いさえ気を付ければ見てくれは良いし、付き合いってものもあるのだろうし…………身中は決して穏やかではないけれど、けれど引き留める為の我儘も言えず、自信のない嫉妬をもて余した。


『仕方ないわよね、貴女はまだ小さいし。たまには発散させなきゃ老けるわよ』……母……。


『拗らせるとセイレンみたいになるし』……セイレンって貴女の夫の事ですよね?拗らせてる?


『拗らせていない!僕はミリアを愛してるだけだ!』

 ……私、夫婦両親の惚気に付き合わされてます?



「――ねぇ、クリス。貴方が私の中に見ているのは誰?」

 三年ぶりに午睡中のクリスを襲撃してみる。


「お?久し振りだな。諦めたんじゃなかったのか?」

 まっすぐに私を映す眼に驚きを隠せない。


「ねぇ、貴方は誰を見ているの?」

「俺の目の前にはメアリしか居るまいよ」

 瞬きもせず、食入るように見詰め合う。


「それは、メアリ?」

 私の髪を櫛梳る。


「ああ、お前メアリだ」

「……それで、いいわ」

 クリスのシャツの襟を掴み、唇を落とす。

 いつかしてくれた、深い接吻。

 

「……やんのか?」

「…やりたい」

 ふと、眼を反らされる。


「……無理だ」

 黒い、沸々としたものが心臓から涌き出て脳を支配する。

 起き上がろうとするクリスを押さえ込み、唇を噛む。


「……なんで、なんで真面目に答えるのよ!いつもみたいに茶化してよ!なんで……!」


 私はクリスから離れられず、クリスにしがみついて訳の分からない涙を流し続けた。


 涙を拭うクリスは、冷静そのものだ。

 穏やかに、言い訳も慰めもせず、私の涙を指で拭う。



 不意に伸びたクリスの手が、私の頭を胸へと抱きしめる。


「……すまねーな…」

 頭の上から微かに聞こえた。

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