怪奇大作戦 神の坐す場所

ペテロ(八木修)

第1話 砂棲む神

* 第一章:東都大学文学部民族学研究科三年生のすること:


「ねえ、『サンスクリット入門』368頁の、例文を発音してくれる? 」

 僕の右耳に、鈴を転がしたような声が聞こえる。

「え? 」

 振り返った先には、右手の人差し指で授業のサブテキストのあるページを挿すために、腰を折った妖花ようかがいる。

 垂れ下がった長いワンレンの髪が春風に揺れている。それを左手の白魚のような指で、耳のところで押えている。


『ekam evadivitiyam brahamasti』

「ブラフマンは一者であり、二者を持たない」


「それはやくでしょ。私が知りたいのは発音はつおん! 」

「ああ、ごめん」

 僕は、本の一行を注視しながら、息を整えて発声する。

「えぃかま ゔぁでぃゔぁてぃむ ぶらふましてぃ」


低音バリトンの声は良いのだけどねぇ。いるわよ」

 妖花は手厳しい。


 いつもの照れ隠しで、髪の毛を書き上げようとしてしていた僕は、毛のない頭に指をたてていることに気づき、途中で止めた。

空二くうじは、また思いっきり、剃髪しちゃったねぇ」と、あきれ顔の妖花に、

「『箔をつけるために本葬には脇侍が必要だ! 』と、親父に言われたものでね」と自分に決定権が無いことを言下ににじませる。

 空二くうじという名前も、真言系の寺の次男坊だからだ。

 長男あにきが寺を守っているので、僕は実家を離れて東京で勉学に励んでいる(はず)。


「その坊主頭にかすり作務衣さむえじゃあ、学生というより、良くて副住職小間使いか、悪くて拝み屋裏街道にみえるわ」

 妖花の屈託のない形容も、慣れると悪くない。

「学生、そう、そうなんだ。僕たちは東都大学文学部民族学研究科の三年生だから、そろそろ卒論用のテーマを決めてフィールドワークしなきゃいけない……」

 僕は、坊主頭をかきむしった。


「そこで提案。

 Y県とN県の境にある神社では、空から降りてきたモノを御神体として祀っている。

 おまけに、神主は二十歳はたちの、ピチピチ・ギャル!

 どう? 興味が湧いてこない? 」悪戯っ子の瞳で僕をみている妖花に、

「その神社の禰宜は、妖花おまえだろ? 」

「バレたか! 」「わからないでか! 」二人して笑った。


 妖花の実家は、神社の神主を代々務めていて、現当主は双子の姉の桜花おうかだそうだ。

 その神社、主基殿社しくでんしゃには不思議な現象があると、妖花が教えてくれた。


    *


 御館様の御代に、黒光りした人型の石が空から降りてきた。

 様子を見に村人達が集まったが、半時経っても何も起こらない。

 しかし、片付けようとして、それに触ったひとは皆、気が狂ってしまった。

 これはまずいと、村人達は高い矢倉を組み、その上から穴を掘り、どうにかしてそれを地下に埋めた。

 その上に神社を建てて封印し、巫女を住まわせて鎮めた。


 その巫女の家系には、代々双子の女の子しか生まれない。


    *


「え、そっち? 空から降りてきたのは何? ではなくて?? 」

「空から降りてくるモノは神でしょう。そこを疑っては、神主は出来ないわよ。

 探るのは、代々双子の姉妹が生まれる理由! 」


 妖花の頭の中では、論文のテーマと筋書がカッチリと出来ているようだ。

「それなら、妖花おまえ一人で、研究すればいいだろ? 」

空二あんたの所には何も不思議なことはないでしょ。テーマを振ってあげているのよ。感謝しなきゃ」

 妖花は得意気に腕を胸の前で組んで、少し背すじを伸ばして僕を見下げる。その仕草も可愛い。


「はい、僕の負けです。真言宗薬王寺ウチのてらには、弘法大師が魔王を倒したと伝わる、独鈷杵しかありません」

 親父が何かあったらこれを使いなと言って渡してくれた、今は腰に差している独鈷杵を、僕は左手で撫でて確認した。


「じゃあ決まりね。今度の連休に大嘗祭おおにへまつりがあるから、一緒に行こう」

「はい、運転手あっしーとしてお供します」


 こうして、妖花と僕のフィールドワークは始まったのだが、ああいう結末になるとは、そのときには全然思いもしていなかった。



* 第二章:神社のある村:


 主基殿社しくでんしゃのある村は、Y県の山沿いにある、どこにでもある田舎の村だ。

「こんど、あの山の谷のところにダムができるのよ。落ち武者の末裔と自称している氏子の家が数戸ダムの底に沈むのだけれど、“御先祖様が切り開いた土地を離れたくない”、とかなんとかゴネて、市の中心地に一戸建てを購入して移り住んだのよね〜」

 妖花は、僕が運転に飽きないように、いろいろな話をしてくれたが、僕の眠気はマックスだった。


「飲み物か、何か、買おうか? 」

 目の前に迫ったコンビニの看板を見つけて、僕は駐車場の入口へとハンドルを切る。

「もうすぐ、なんだけどね」

 妖花はちょっと不満げだったけど、僕たちは流れでコンビニに寄った。


 僕は缶コーヒー、妖花はジャスミン茶を持ってキャッシャーへ行くと、コンビニの爺さんは、妖花の顔を見て少し驚いた。

 そしておもむろに僕を見て、「この方が婿殿むこどのかね? 」と、上から下まで視線で舐め回した。

 妖花が二人分の支払いを素早く済ますと、僕の手を引いて車に戻った。

「コンビニのじじいの言葉は気にしないで。田舎だから異性と一緒にいるとすぐ、ああいう勘繰りをするの」

 妖花は、顔を赤らめていた。そんな横顔も可愛い。


 僕は、美味しく缶コーヒーを呷ると、車を走らせた。


    *


 コンビニの先は、細い参道になっていた。

 本当に少し走ったら、主基殿社しくでんしゃに到着した。

 車を降りると、巫女装束の女性が玄関の前で待っていた。


「空二殿、遠いところを、ようこそいらっしゃりました」


 妖花にそっくりの、姉の桜花だ。

 違うところと云えば、尼削ぎをしていて、髪の毛の長さが肩のところまでしか無いぐらいか。それ以外は、白い巫女装束と赤い袴が相まって、浮世絵から飛び出したようだった。


 僕は桜花に見とれて、一瞬ぼーっとしていたみたいだ。妖花が見えないように蹴りを入れる。

「……お招きありがとうございます。今回は二十年に一度の大嘗祭おおにへまつりを見せていただけるとのことで、東京から駆けつけました」

 一気に話し終わるとバネが縮むように、僕はお辞儀をした。桜花の足の爪も桜色だ。


「今年は大嘗祭の前年祭の年に当たります。でも儀式の内容は、一点を除いて同じです。

 ……フィールドワークのためですか。しっかり見て、良い論文をこさえてください」

 桜花は丁寧に答えてくれた。

「硬い挨拶はこのぐらいにして。

 さあ、こちらへ。夕餉の用意が出来ています」


 神社の本殿とつながっている通路を通って、生活の場である別殿に、僕らを導いた。 


    *


 夕餉の席はすでに用意されていた。

 空二は上座の席に案内される。左側に桜花、右側に妖花が座った。

 一の膳には大盛のご飯と盛り上げた塩、椀に継がれた水と瓶子に入っている酒。

 二の膳には、昆布こんぶするめの刻み物、甘藷さつまいも椎茸しいたけの煮物、鯛の潮汁が、備えられていた。


神饌しんせんですね」並べられた料理を見て思わず、空二は口にする。そして椀の水を飲み干す。

神人共食しんじんきょうしょくです」と桜花。

「人が神様と同じものを食すことで、神力と神様の加護を受けられる、ですか」

「古くから伝わる風習ですので、あまり気になさらぬよう」桜花は空二の様子を伺う。

「ああ、古い風習に関しては耐性があるから大丈夫です。寺の次男坊ですから」

 空自は坊主頭を撫でる。


「そうですか、お寺の次男坊ですか。これは、ちょうど良いかもしれない」桜花の目が妖しく光る。

「そんなことより、もう食べようよう。私お腹が空いちゃった。

 ねえ、空二、お神酒もたっぷりあるわよ」

 瓶子のお酒を、なみなみと空二の椀に妖花は注ぐ。それを空二は一気に飲み干す。

「あら、行ける口なのね。それではもう一献」

 今度は、桜花が酒を注ぐ。今度も空二は一気に空ける。

「やあぁ、般若湯は五臓六腑にしみますわい」


 両手に花の空二は絶好調だ。


「このおかたが妖花の好みなの?! まあいいわ、双子だから私にも馴染めるでしょう」

 桜花は妖花に意味深な言葉をつぶやく。 え? 期待していいの??

「こんな生臭坊主、好みじゃあないわ」 妖花さん、それはひどい!!


 三人の宴は楽しげに続いた。


    *


「それでは、本殿の神の間にとこを用意しましたので、ゆっくりとお休みください」


 まあ、女性二人しかいない別殿に部屋を取ってもらうよりは、別棟に寝床を用意するのは正しいと思うけど、このだだっ広い本殿の神の間に、ぽつんと布団が敷いてあるのも異様だなぁ。

 酔いの回った頭で空二は思ったが、もともと寺の生まれなので、神秘的な空間には馴れていた。ものの三分も立たないうちに鼾が響き渡った。



 ふと、生暖い風が空二の顔を撫ぜる。蝋燭の灯りが庭の方に棚引く。

 薄ら目を開けた空自の顔を、立烏帽子たてえぼしに白い狩衣かりぎぬを着た、何者かが覗き込んでいる。


 空二は動けない。薄目開きなので良くわからないが、干からびたコアラのような顔に、大きな目と大きな耳、尖った二本の鉤爪をもつモノが、空二の胸に触ろうとしている。

 その顔の主は、空二が反応しない出来ないのを悟ると、何やらつぶやき始めた。


『水素、炭素、酸素、硅素、鉄、数多あまた元素は、星々の間にあれど、集まり、掻き回わされ、力を加えられて、生命体になるのは偶然なのだろうか? はたまた必然であろうか?

 それによって炭素系知性体が生まれるのならば、硅素型知性体も生まれよう。


 お前はこの運命を受け入れる心づもりがあるのか!! 』



 そこで空二は目が覚めた。

 手足に力を入れる。

 自分の管理下にあることを確認すると、空二は、ゆっくりと上半身を持ち上げた。


 ゆめとも、うつつとも、分離できない不思議な記憶。

 ぼぉ〜とした頭で、なんとなく視線を左に向けた。


 そこには、桜花が正座していた。

 桜花と目があう。湯上がりで湯帷子一枚の桜花の濡れた黒髪は、うなじの白さと、ピンク色の耳を引立ている。瞳は潤んでいた。

 なんだか夢のつづきを見ているみたいだ。

 いや夢とは違う。桜花の薄い唇が、小さな声で言葉を紡いだのが聞こえた。


「子宝を頂きとうございます」


「え? どういうこと? 」 僕は、自分の声で現実に引き戻された。

 桜花は少しもじもじして、

「巫女を次の代につなげていくためです」

「はい? 客人まれびと信仰ですか??

 いやいや、桜花さんとは、今日逢ったばかりで……」

 僕は、一応お断りの意図を表現した。 ちょっともったいなかったかな?

「私だって初めてあった殿方に、こんなお願いをするのは恥ずかしいです……

 それとも、私では不服なのでしょうか? すでに妖花と同衾してしまったとか? 」

「いや、それはまだです」僕は、何故かうなだれてしまった。


「それでは……」

 桜花の左手が、僕の浴衣の合わせにすべりこむ……

 その時、本殿と通路の間の扉が乱暴に開いた。


「おねえちゃんめて!」


 本堂との通路を開けて、妖花が飛び込んできた。

「妖花……」桜花は、顔を引き締めて妖花を見上げた。

あなた次女は、外の世界の男を連れてくるのが役目。

 わたし長女は、次世代を授かるのが役目。

 どうして、そんなことが分らないの? 」という瞳で、桜花は妖花を見据える。


「私達のお父さんがいない理由を聞いてしまったの」

「誰に? 」

「村の入口にある、コンビニの爺さん。

 ここへ来る前に、空二の顔を見て"婿殿かね? ”と聞いたから、

 夕食の後、真意を尋ねに行ったの。

 そうしたら、大嘗祭おおにへまつりの前年祭の秘儀は、"婿取りむことり"で、

 大嘗祭おおにへまつりの秘儀は、"婿贄えむこにえ"だって教えてくれた」


 妖花は、怒ったような、悲しいような顔を、桜花と空二に向けた。

「あの爺さん。主基殿社しくでんしゃの門前を守る役割を忘れて、妖花次女に秘儀を教えるとは。

 やはりダム建設の心理的影響が、皆の信仰心を狂わせているのか……」


 桜花は、切長の目を釣り上げて、左手のさくら色した親指を噛む。

「うぬぬ……砂棲む神我が神に、伝えねばならぬ……」



 桜花の関心が空二から離れたのを見て、

「さぁ、この村を出るよ」妖花は空二を引っ張りだして、車に放り込んだ。

 妖花は運転席に座ると、シートベルトも締めずにギアをローに入れ、十分引っ張った後、セコンドに入れて、車を急発進した。


    *


 常軌を逸する妖花の振る舞いに、酔いが醒めた空二は、

「どうして神社を出るの? 」「あなたのためでしょ! 」 あら、気遣ってくれたの?

「どういうこと? 」

「今年の秘儀、"婿取りむことり”は、巫女が婿を引き入れ、子宝を貰うこと。

 翌年の秘儀、"婿贄えむこにえ"は、婿を神の生贄として差し出すこと」

「つまり? 」

「あのまま、あそこにいたら、来年あなたは神へのささげ物になっていた、ということ」


「あじゃぱー」僕は助手席でひっくり返った。

「冗談じゃあないのよ。主基殿社しくでんしゃは、この儀式を二十年ごとに行ってきた。

 だから、私はお父さんを見たことがない。その上、あなたまで失いたくない! 」

 妖花は唇をかんで、何かに耐えている。でも、ちゃんと運転してね。


 僕は、妖花の気分を変えようと、

「そう云えば、神殿で眠っているときに夢を見たよ。

 立烏帽子たてえぼしに白い狩衣かりぎぬを着た何かが、僕の寝顔をのぞきこんでいた。顔の様子は、なんだか、干からびたコアラのようだったけど。あれは……」

「多分、お父さんを食べた"砂棲む神"でしょう。最後に食べた形体を模倣すると言われているから。

 たぶん、次に食べる相手を調べていたのでしょう……

 あなたは、狙われているわ!

 とにかく早く、主基殿社しくでんしゃの結界を抜けましょう」

「その境界は? 」「コンビニ門番


 妖花は、ギアをトップに入れアクセルを吹かした。



* 第三章:砂棲む神の復活とプレデター:


 神殿の御霊舎みたまやを、桜花は開けた。

 勾玉を首にかけた桜花が、磨き上げられた銅の鏡に写っていた。剣は鏡と桜花の間にある。

 鏡に干からびたコアラの顔が重層する。

 砂棲む神と心話が始まったのだ。


『空二なる男と同衾しようとして失敗しました。

 空二は、妖花と逐電してしまいました』

 桜花は、恐る恐る告げる。

『代々、同じことが起きる家系じゃのう。だから双子の姉妹は扱いが難しい。ひとりじゃと男を探している間に、このやしろを守るものがいなくなるし……

 ところで、大嘗祭おおにへまつりまで、あと一年ある。その間に男を見つけて、余に差し出すのじゃ』

 砂棲む神は、鷹揚に命令する。


『来年、大嘗祭おおにへまつりは実施できません』

 桜花は、だんだん小声になる。

『昭和の大工事によって、この山の中腹の村がダムの底に沈みます。この主基殿社しくでんしゃは小山の上にあります故、水没を免れますが、支えてくれていた氏子達は散逸してしまいます。もう、祭が出来ないのです』


 御霊舎みたまやから、生暖かい風が猛烈に吹く。桜花も飛ばされそうだ。


『次の世代の巫女も作れず、二十年に一度のにえも用意できない、と申すのか!

 この痴れ者が!!』


 


 神殿自体が揺れる。桜花は外へ飛び出した。

 御霊舎みたまやから吹き出た風は大きく渦を巻き、上昇気流を造った。

 風が過ぎ去ったあと、そこには砂棲む神サンド・ドウェラーが具現化していた。

 最初は鏡の大きさだった砂棲む神は、小きざみに振動しながら四十メートルの大きさになった。


 砂棲む神は、背中を持ち上げるようにして地面から出てきた。背中に乗っている本殿は、砂棲む神が起き上がるのと共に、背中から転げ落ちた。

 砂棲む神は、大きく胸を張り、一声吠える。その存在を主張するように。

 二本の長い鉤爪を左右に振る。本殿の回りの御神木が薙ぎ倒される。

 少し腰を落として、すり足で一歩前へ出る。

 鳥居がじゃまだ。蹴り上げられた鳥居は、前方に飛んでいく。



 ハンドルを回し助手席の窓を開け、空二は身を乗り出して後ろを見る。

 萎びたコアラの顔をした宮司がこちらに向かってくる。ゆっくりだが、その一歩は長い。

 バックミラーをちらりと見た妖花が焦る。

「砂棲む神が具現化して、私達を追ってきている! 早く結界を出ないと……」


 結界の役割を果たしているコンビニに、後ろから飛んできた鳥居が命中した。

 コンビニの商品と爺いが、鳥居の破片とともに道路に飛んできて、車の目の前を塞いだ。


 妖花は車のハンドルを左に切った。

 コンビニの反対側の雑木林の中に突っ込む。

 車は止まった。

 妖花は、ハンドルに突っ伏した形で動かない。

 空二は助手席のドアを上げて外へ出た。車の中にいると、妖花も危ないと思ったからだ。


 空二は車を離れ、道路の真ん中で砂棲む神と対峙した。


    *


 その時だった。

 満天の星を隠すぐらい強力な光が、空から空二の腰をめがけて降りてきた。


「あ”ぁ?! 」

 空二の声と共に、光に包まれた空二の体は独鈷杵に収斂した。


『しまったぁ! デブリ硅素系生物だと思ったら、現地生物が所有している隕鉄独鈷杵だったのかぁ。

 宿主の体が欠損しちゃった。そりゃぁ光の衝撃に耐えられないよね……。

 しょうがない。私の情報で現地生物の体を補間するか』


 空二の体が元の形体を取り戻すとともに、空二の腰の独鈷杵から光が消えていった。

 その間、空二の頭の中に、誰かが語りかけていた。


『僕はプレデター捕食者


 銀河系横断旅行公社が所有する宇宙船団所属。あなたたちの言葉では、”宇宙人”です。

 太陽系近くで不要品デブリを放出したのだけど、第三惑星では、硅素型生命体のデブリは環境に害をなす可能性がある、とシミュレーション結果が出たので、僕の出番になりました。


 デブリまで後少しというところで、デブリの識別信号をロストしてしまいました。

 それで月の裏側で、デブリの識別信号を受信するのを気長に待っていたのですが、

ちょうど今になって、識別信号を受信しました。

 急いで降りてきたら隕鉄独鈷杵に引っ張られて、君に落ちてしまいました。


 


「ゴメンね、じゃあないだろう!!!」


 空二は飛び起きた。地球の重力なんかものともしないぐらい、体が軽い。

『そりゃあそうだよ。僕と一体になったのだから』


 頭の中では、例の変な声が聞こえるが、それよりも問題は目の前の砂棲む神を、どうやって鎮めるか、だ。

『じゃあ、あれ干からびたコアラと同じぐらいの大きさになるね』

「うわぁ〜」空二の体は四十メートルになり、砂棲む神と同じ背丈になった。


 なんということでしょうか! にらみ合う巨大生命体が二体。


 片や、立烏帽子たてえぼしに白い狩衣かりぎぬを着た、干からびたコアラのような顔に、大きな目と大きな耳、左右の手に尖った二本の鉤爪を持つ、砂棲む神。

 片や、坊主頭に絣の作務衣を着た、プレデター生臭坊主


 なんの前振りもなく、プレデター空二は、砂棲む神の肩を掴み、ジャンプする。

 意外にも、その飛距離は長い。神社のあった場所を越え、ダムの建設予定地に着地した。ここならば、暴れられる?!



* 第四章:戦いと呪詛合戦:


 着地したと同時に、肩を抱かれていた砂棲む神は、プレデターを押し戻した。

 両手を肩の上に持ち上げてから、プレデターの胸をめがけて、両方の手をXに降り下ろした。長い二本の鉤爪が、左右からプレデターを襲う。


 プレデターは、突差にバック転をして鉤爪の攻撃を避ける。

 勢い余って何回転も転がり、ダムの資材置場を粉々にする。

『君、体の使い方が下手ですね』頭の中の声に対して、

「確かに文化会軽音楽部だけど、ドラマーだから体幹は良いよ」我ながら理由になっていないなぁ……


 砂棲む神は、というと、勢い余った鉤爪が高圧電線に触り、感電していた。

『デブリは硅素生命体シリコンなので、電気には強いはずなのですが……』

「逆バイアスの高電圧が印加したので、アバランシェ崩壊して大電流が流れたみたいだな」

『……』おお、宇宙からの知的生命体を言いまかしたぞ。


 手を振り回すことで送電線を切り離した砂棲む神は、両手の平を合わせて、腕もろとも、合計四本の鉤爪を前に突き出し、プレデターに突進してくる。

 今度は半身になることで、プレデターは攻撃を避けた。尻餠もついたけど。


 目的物がいなくなった鉤爪は、建設途中のダムに刺さる。

 鉤爪がささったところから、ちょろちょろと水が漏れる。


「やばい」『どうして? 』

「蟻の穴であっても、ダムにかかる水圧がその穴を大きくして、やがてはダムが決壊する」

『この星の知的生命体の技術力は低いのですね』「いまは昭和三十年代なの」 今度は宇宙人に言い負かされたかな。


    *


「なにやっているの。そこにあるセメントを捏ねて、穴を埋めるのよ」

 妖花の声だ。

 視線を下に移すと、車の左右から顔を出している双子の姉妹が見えた。


「うへぇ」妖花には怒られたくない。

 プレデターは、砂棲む神を後ろから羽交締めにして、バックドロップする。とにかく邪魔者はどかさないと。

 鉤爪で開いた穴にセメントを詰め込む。当然それだけでは硬化しない。


『手伝ってあげましょう』

 プレデター捕食者は、左の指先から液体をセメントにかけると、右の手の平から青紫色の光線を出した。

 しばらくすると、セメントは固まり水が洩れなくなった。

「それは何? 」

『レジンとUVで硬化させました。この時代の地球では実用化されていないのですか?』

 あらら、また一本取られた。


 目を回していた砂棲む神が、頭を振りながら起き上がる。


「砂棲む神も、お怒りをお鎮めください」

 いや、そこで歌いだしては、色々マズいから……僕の願いは通じたようだ。

 歌わない代わりに、僕を見る。


「片や神官で、片や坊主の戦いです。とてもシュールです。

 ではとことんシュールに、腕力で決着をつけるのではなくて、強い呪詛を唱えられる方が勝ちというのは、いかがでしょう? 」


 砂棲む神とプレデターは、目を絡めた。お互いそれで良いと思っているようだ。

 この桜花の言葉で、呪詛合戦になる。


 砂棲む神は、祓え給へはらいたまえ清め給へきよめたまえ神ながら守り給へかむながらまもりたまえ幸え給へさきわえたまえと祝詞を唱える。


 プレデターは、娜麼のうまく 三曼多さんまんだ 嚩日囉ばざらだん かんと、不動明王少呪真言を唱える。


 当然、プレデターの真言の方が早く唱え終わる。だって短いもん。

 プレデター捕食者は独鈷杵を神の額に打ち付けた。


 砂棲む神は、硅素のデブリ石の粉になって地面の粉じんと混ざった。


 それを見届けると、プレデターは両手を上に上げ、空高くジャンプした。

『ジョワ!!! 』「なぜ飛ぶのですか? 」

『この時空間では、宇宙人は地球人と協力して怪異を解決していないと思うから』


 プレデター僕と捕食者は、桜花と妖花が見えないところまで飛んでいった。


    *


 巨大生命体二体の戦いは、ダムと、その回りの氏子の家と、主基殿社しくでんしゃを破壊して終わった。


 桜花は、少しづつ、その意味を理解していた。

 もう神を供るための生活をしなくて良い。

 氏子たちの、持ち上げているのか蔑んでいるのか分らない、監視された視線を感じなくて良い。それよりも何も、


 


 双子だけど妖花の理解は、


 


 向き合った桜花と妖花は手を取り合って、何度も跳び上がり、お互いの喜びを噛み締めていた。


 そこに人間の姿をした空二が歩いてくる。

「空二。今までどこにいたのよ。大スペクトラムだったのだから……」妖花の冷たい視線に、本当のことを言えない空二は、

「コンビニの看板に吹き飛ばされて、気絶していました」 かっこ悪い嘘をついた。


「卒論のテーマには使えないだろうけど、巨大生命体二体の戦いは、どう思った? 」

 妖花の質問を受けて、僕は口ずさむ。


「ekam evadivitiyam brahamasti」


「アートマンは一者だけであって二者はない。って意味だっけ? 」

「この地上で神は二柱いらない……ってことかな」

 僕は、ちょっと気取ってみた。

「それにしても発音が上手になったわね。どうしたの? 」 と妖花が揶揄したけど、

「あの、プレデター捕食者は、どこへ行ったのだろうね〜 」

 と僕は、プレデターが宿った独鈷杵を左手で撫でながら、妖花の質問をはぐらかした。


    *


 卒論のテーマとしての、"双子の姉妹の謎"の調査は、宇宙的規模の活劇になってしまった。

 流石に、"巨大生命体の戦い”では卒論のテーマにはならない。

 どうしたものか? ふむ……

 左手が無意識に独鈷杵を撫でる。


 この独鈷杵で弘法大師が倒した魔王は、一体どのようなモノだったのだろう?

 独鈷杵が、青紫色にキラリと光った。


    <了>

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