最終話 邪神と正神
村にやってきた俺、和文、京子さんは、殺風景の中に佇む木造の一軒家に足を踏み入れた。そこには、椅子に腰かける『クロネコ』がいた。
「もう、お前の好きにはさせない」
「そう躍起になるもんじゃないよ。とりあえず、僕の話を聞いていかないかい?」
そう言うと、『クロネコ』は指を鳴らす。周りの景色が一瞬で移り変わった。これは前と同じ『幻想』なのか。
「おいらたち、家の中にいたはずじゃ……」
「これはあいつの力の一つ、『幻想』だ。あいつが解除するまで出られない」
「それは厄介だねえ」
俺たちが『クロネコ』を睨む。それに怯みもせず、『クロネコ』は話を続ける。
「僕の力、元は『統治』だって、傑くんには説明したよね? 実はまだ言っていないことがあってねえ、それを教えてあげよう」
再び指を鳴らした『クロネコ』は姿をくらました。代わりに、俺たちの目の前にはあの日の玄徒がいる。
「この少年……誰だい?」
「過去の『クロネコ』、名前は玄徒だ」
「おいらたちに教えるって……何をだ?」
和文は状況が上手く掴めていないようだが、京子さんは何も言わず、玄徒を見つめていた。
「ルールは三つまで、うーん、何がいいかなあ」
俺が見た『幻想』と比べると、これは中学生になってすぐの玄徒のようだ。あの中学校を『統治』する前の出来事だろう。
「そうだ。僕に歯向かわないこと、これは絶対必要だな。あとは、言う事も聞いてほしいし、それと、敬語も使ってもらわないとね」
さっきの玄徒の発言で、『統治』の力で出来るルールの提起は三つまで、ということが分かった。
「この子、いや玄徒の言っていることが、おいらには分からないよ」
「そうだな。俺たちが理解できないところまで、もうこの時点でなってたんだ」
考え込んでいた京子さんが、急に口を開いた。
「傑、玄徒が両親を殺した日の『記憶』を、覚えているかい?」
「ああ、あれは見るに堪えなかった。それがどうしたんだ」
「玄徒は言っていたんだよ。『母上のせいで、また一つルールが使えなくなったじゃないか』ってね」
あの時、玄徒は母親に向け『統治』の力を使おうとして、効かずに失敗する。その後の発言だったはずだ。どうして、そんなことを言ったんだろうか。
「良い着眼点だよ、京子ちゃん」
拍手をしながら『クロネコ』が姿を見せる。やめろ、その人の名前を気安く呼ぶんじゃない。
「僕の『統治』は、誰かにルールを破られたら、そのルールが使えなくなるんだ。面倒だよねえ、何回母上に破られたことか。本当、殺して正解だったよ」
「あんた、本気で言ってるのかい。仮にも自分の母親だろう!」
「母親? 笑わせるな。子供を邪険に扱う奴の、どこが母親だって言うんだよ」
京子さんの怒りに、『クロネコ』はそれ以上の憎悪で返す。母上なんて丁寧に呼んでいながら、心の内では相当恨んでいたみたいだな。
「おいらの母ちゃんは、おいらのこと忘れちゃったけど、おいらは、そんな風に思ったことなんてないぞ!」
「それはだって、全て君のせいじゃないか。忘れてしまったのかい? 君が時を『止めた』から、あんなことが起きたんじゃないか」
和文ははっとし、考え始める。あの悲劇は、誰のせいなのかと。
「おいらが……悪いのか?」
「和文、話を聞くな! あれはお前のせいじゃない、不幸な事故だ!」
「そうだ……おいらは……」
残念そうな顔の『クロネコ』。俺はその表情に怒りが湧いてくる。
「楽しいお友達ごっこだねえ。一生そうやって盲目でいればいい。僕が『神』になった世界でね」
「かず、大丈夫かい?」
「姐さん……ありがとう、大丈夫っす!」
和文と京子さんの絆は確かだった。『クロネコ』の話などもう耳には入らない。ふてくされた『クロネコ』は周りの『幻想』を消し、俺たちは元の場所に戻ってきた。
「もういいよ。僕の言う事を聞かないならもういい! 全員消えてしまえ!」
「どこまでも子供なんだな、お前は。俺たちはお前のような『邪神』を許さない」
俺は両手を組み、祈ろうとするが、その瞬間気づく。ここは屋内だ。
「あははは! 君はどこまでも僕の劣化品でしかない! 勘違いしているんだ、部屋の中では『天気』の影響がないなんて、誰が決めたんだい?」
そんなの自然の摂理として当たり前、いや、こいつには当たり前が通じない。
「傑! 来るよ!」
「タイムスロー!」
京子さんが俺の服の襟を掴んで後ろに引っ張る。和文が叫び、目の前では雷が目に見える速度で落ちる。
「僕はねえ! どこでだって『天気』を操れる! だって僕は『神』なんだから!」
「うるさいんだよ、お前! おいらが黙らせてやる!」
和文と『クロネコ』の一騎打ち。『時間』が交差する。
「君は僕には勝てない」
「タイムストップ!」
一直線に放たれる時を『止める』波動。
「遅いよ」
片手でそれを相殺する『クロネコ』。
「タイムスキップ!」
和文自身の時が『飛び』、『クロネコ』の背後へと現れる。右腕で首を絞めようとするが、『クロネコ』の姿が『透過』して、和文はその場でよろけてしまった。
「言っただろう? 僕は『全能』なんだ、何でもできる」
あらゆることを知り、あらゆることをなしうる者。本当に、『クロネコ』には弱点がないのだろうか。
「傑、しゃきっとしな! また来るよ!」
京子さんの声で、俺は両手で顔を叩き、気合を入れ直す。
「あ、京子ちゃん、気になっていることがあるんだね?」
「あたいの心を勝手に読むんじゃないよ」
「その疑問に答えてあげようか」
にたにたと笑う『クロネコ』はまた『幻想』を生み出し、どこかへ消えた。しかし、景色は変わらない。明らかに違うのは、目の前に知らない男女が立っていることだった。
「おばさん……おじさん……」
「京子さん、あれはまさか……」
「蝶姐の両親だ」
椅子に座っている過去の『クロネコ』が、蝶香さんの両親と話をしている。
「こんな廃れた村に、お客さんなんて珍しいねえ」
「あんた、何者なんだい! きっと、京子ちゃんの両親も、村の大火事も、あんたがやったんだろ!」
「何、おばさん、そんなこと嗅ぎつけて来たんだ」
蝶香さんの母親が怒りに任せて『クロネコ』の頬を叩いた。
「そんなことじゃないよ!」
勢いで猫のお面が外れる。『クロネコ』は叩かれた方の頬を押さえながら、じっと睨みつけた。
「痛いなあ、母上ですら僕に手をあげなかったのに。ほら、座って話を聞きなよ」
人差し指で下に向かって空を切る『クロネコ』。その瞬間、二人は床に張り付けになった。
「うう、なんだいこれは……」
「体が……動かん」
「おっと、ちょっと『重力』をかけすぎちゃったみたいだねえ」
高笑いする『クロネコ』は続けて行動する。
「ここにいる僕以外の生き物は自害する。それがルールだ。僕のナイフ、貸してあげるよ」
二人の目の前に、ナイフを二本乱暴に投げ出した。
「さあ、早く!」
躊躇なく、二人は自分の首を同時に掻っ切った。
「やっぱり……あんたの仕業だったのかい……!」
京子さんは静かに涙を流し、怒りに震えている。
「おや、終わったみたいだねえ。じゃあ、第二ラウンドといこうか」
姿を見せたかと思えば、『幻想』は消え、『クロネコ』は真上に何かを放り投げた。それを確認する前に、いきなり発生した強い『光』が、俺たちの目を眩ませる。
「眩しい……!」
俺は見えないながらも、殺気を感じ取った。耳をかすった少量の『風』、『突風』の兆候……!
「傑! 避けろ!」
和文の言葉も虚しく、俺は反応出来ずに、開いていた扉から『突風』によって外に放り出された。地面に体を叩きつけられ、動けない。
「なんだよ……無茶苦茶だろ……!」
「この『光』の力は凄いよ。物体に反射した『光』を何倍にも増幅できるんだ」
その力は、間に合わなかった、助けられなかった能力者の力。
「奪った力で勝って何が楽しい……」
「逆に何が悪いの? これは僕の正当な力だ!」
ナイフを振り上げた『クロネコ』は不敵な笑みを浮かべている。もう、間に合わない。
「傑! 耳を塞ぎな!」
京子さんの声で咄嗟に耳を塞ぐ。その瞬間、大きな『破裂音』が鳴り響いた。
「僕の……耳が……! なんだ……?」
きょろきょろし始めた『クロネコ』、その背後には京子さんが『クロネコ』に触れていた。
「た、助かった……」
「傑ー! 大丈夫かー! うう……!」
遠くから和文の声がする。どうやら京子さんは和文の力で時を『飛び』、『クロネコ』の背後に到着、耳元で手を叩いて『音』を増幅させて鳴らし、今まさに、また何かしているのだろう。
「周りの『色』が……」
「どうだい? モノクロの世界は」
京子さんが『クロネコ』を牽制している。俺たちが助けた、能力者たちの力を使って。
「僕は……『クロネコ』……無限の黒を持つ、『神』なんだ……!」
みるみる化け猫へと姿を変えた『クロネコ』が、大きな爪で京子さんの手に切り傷をつけた。
「京子さん!」
京子さんはその場に倒れこむ。もう彼は、本当に人間ではなくなった。
「僕は殺すんだ……力が欲しい……」
俺はその言葉で思い出す。殺さなければ力は奪えない、『クロネコ』自ら手を下さないとそのルールは破られる。ルールは破られれば、二度と使えない。
「そうか。もうお前は『邪神』でもない、ただの欲に溺れた化け物だ」
覚悟を決める。俺一つの命で平和になるなら、迷うことはないだろう。落ちていたナイフを拾い、自分の胸に突き立てる。
「じゃあな」
俺は思いきり、ナイフを突き刺した。
「傑……!」
「きょう、こ、さん……」
京子さんが倒れる俺を支えてくれた。意識が薄れていく。あの化け物は黒く灰となり、空に消えていった。
「傑……あんたまでいなくなるのかい?」
「かず、ふみ、は……」
「あの子は『時間酔い』で休んでる。だからあたいが代わりに『戻す』よ」
京子さんの涙に、俺は笑顔で答えた。
目を覚ました。そこは、いつもの河川敷。隣には天音がいる。
「昨日、京子さんのお店で和文くんとお話ししてきたんだよ」
「ご、ごめん。誰の事か分からなくて……」
天音は少し悲しい顔をして、違う話をし始めた。俺たちの後ろを誰かが通り過ぎる。その人からは、どこか懐かしい匂いがした。
香炉を辿って 畝澄ヒナ @hina_hosumi
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