第4話 「スライム相手に戦闘訓練。観察→記録→無双の流れができてきた件」

 異世界での小屋暮らしにも、なんとなく慣れてきた今日この頃。




 食事は自炊。水は小川から。


 トイレは……まあ、自然との対話ってことで。


 人の目がない生活ってのは、意外と心穏やかだ。だが──




「……そろそろ、戦闘もやっとかんとなぁ」




 




 いくら《記録ログ》が万能とはいえ、モンスターに遭遇したときにまるで動けなかったらアウトだ。


 この世界、現実よりちょっとだけ優しくて、ちょっとだけ死にやすい。




 なので。




 




「ターゲット、第一スライムくん。出てこいや〜」




 




 俺は小屋の裏手にある薄暗い森に分け入り、最弱モンスター・スライムとのエンカウントを狙っていた。




……と、




 ぴとっ……ぷるるるん……




「あ、いたわ」




 青くてぷるぷる、手のひらサイズ。


 目はない。


 口もない。


 だがなぜかこっちをにじりにじりと警戒してくるのがわかる。


 野生の本能ってやつか。




 俺はまず、安全な距離をとって座り込み──観察を開始した。




 




「ふむ。移動パターンは直線的。粘性あり。攻撃手段は……あ、体当たりか」




>《対象:スライム基礎行動》を記録しました。




「ふむふむ。ジャンプしたとき、表面がちょっと波打つな……」




>《対象:スライム跳躍時・重心変化》を記録しました。




「倒されるとしぼむ……内部構造はゼリー状で、核っぽいのが──」




>《対象:スライム・内部構造解析》を記録しました。




「……って、俺、何やってんだ?」




──そう、観察だけで30分が経過していた。




 完全に怪しいおっさんである。


 職質されたら終わりだ(この世界に職質があるのかは不明)。




 だが、ここからが《記録》の本領発揮である。




 




「さて、そろそろやるか。おっさん、人生初の異世界バトル」




 俺は手頃な木の棒を拾い上げた。バットくらいの重さ。


 そして──スライムの挙動パターンを、頭の中でリプレイ。




「……来るな、今!」




 




 ぴょん──




 シュッ!




 




「おおお!? 当たった!? 当たったよな今!?」




 見事に命中。スライム、ぷしゅーっと潰れながら消滅。


 経験値らしき“光の粒”が体に吸収され──




>《スキルポイント+1》《新記録:スライム撃破》が記録されました。




「……勝った。俺、スライムに勝った……!」




 なぜか感動して、しばらく立ち尽くしてしまった。


 泣きそうだ。


 異世界でも俺はちゃんと戦える。


 スライム相手だけど。




 




「……これ、クセになりそうだな」




 敵を観察→動きや性質を記録→再現できるものは再現→倒す。




 地味だけど、俺にとっては最強の戦術だ。




 しかも、記録さえすれば、次の相手に応用もできる。


“あのモンスターがこう動いたなら、この系統のやつも……”みたいに、予測が立てられる。




 




「これもう、いわゆる“おっさん式異世界無双戦術”じゃね?」




 スキル名変えた方がいいんじゃないか?


《観察・記録・再現の呼吸 壱ノ型:しつこく見る》とか?




──いや、違うな。俺はそういう厨二ノリじゃない。




 もっとこう、生活感のある名前がいい。




《おっさんメモ帳・戦闘編》とか。




……ダサいけど、しっくりきた。




 




「よし。次は二匹同時に挑戦してみるか」




 おっさんは今日も地味に、コツコツ、経験値を積む。




 派遣で磨いた“段取り力”と“慎重力”が、今ここで活きるとは──


 正社員どもが俺を追放したのは、完全に大失敗だったようだな。




(第5話へつづく)

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