28話 名前を捨てた少女

闇に包まれた部屋の隅で、ローズは拳を握り締めていた。

「憎しみが力になるなんて……本当にそうなのか?」と、過去の記憶が胸を締め付ける。


幼い頃、家の中で聞こえた父の怒鳴り声と、母のすすり泣き。

学校では無慈悲ないじめ。誰も助けてはくれなかった。

その傷が、彼女の中の怒りの炎を燃え上がらせたのだ。


「もう、誰にも支配されたくない。私が支配する側に立つ」


その時、背後からマリーの冷ややかな声が響く。

「あなたの憎しみは重すぎる。そんな力、私には理解できないわ」


マリーは裕福な家庭で育ちながらも、強盗事件で両親を失い、深い悲しみを背負っていた。

「悲しみは……痛みは、私たちの中で静かに叫び続ける」


二人は対照的だったが、根底にあるのは同じく深い傷と孤独。


その瞬間、スイレンが室内に走り込んだ。

「未来が見える。悪魔の復活は、すぐそこに迫っている」


教祖たちは顔を見合わせ、それぞれの心に決意が芽生えた。

憎しみも、悲しみも、焦りも……全てを抱えた少女たちは、運命に抗うため、闇の中で光を探し始める。


ユリはその声を聞き、胸の中でそっと誓う。

「私はこの呪いを浄化する。みんなの痛みも、悲しみも、無駄にはしない」


その覚悟は、まだ誰も知らない未来の扉を開ける鍵だった。



夜の闇が一層深くなる中、シャクヤクはひとり、窓辺に立っていた。

冷たい風がカーテンを揺らし、彼女の心の奥の怒りをかきたてる。


「誰も信じられない――私を裏切った世界なんて」


家族を奪ったあの通り魔事件の記憶が、鮮明に蘇る。

「人間なんて、弱くて愚かで……」その怒りは身体を満たし、力へと変わっていった。


だが、ふと部屋の奥から微かな声が聞こえた。

「シャクヤク……あなたはその怒りだけで生きていけると思う?」


ロベリアが静かに現れた。

「罪悪感なんて、私は知らない。けれど、それを武器に変えるのは面白いわ」


ロベリアの笑みは冷酷で、しかしどこか楽しげだった。

「君の怒りと私の罪悪感……組み合わせれば、教団はもっと強くなる」


シャクヤクは一瞬ためらいを見せたが、やがて力強く頷いた。

「ならば、その力で世界を壊し、壊れてしまった私たちの居場所を作ろう」


外の静寂とは対照的に、部屋の中には新たな決意が満ちていた。


一方、ユリは遠くからそれらの暗い波動を感じ取りながらも、まだ自身の中に眠る力に気づいていなかった。


しかし確かに、世界は動き始めていた。

そして、その終焉の花が咲く瞬間も、そう遠くはなかった。

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