4話 この世界は優しい嘘でできている

「……なに、言ってるの?」


ユリは自分の声が震えているのに気づいた。

夢の続きにしては、あまりに生々しい。スイレンの手の温度も、冷たい汗も、本物だった。


「まだ全部は話せない。でも……あなたが“エンド・フラワー”の依代だってことだけは、本当よ」


スイレンの瞳は、夜の湖のように深く揺れていた。


「冗談……でしょ」


「だったら、あなたが最近感じている《ざわつき》は何?」


ユリの心臓が、ドクンと跳ねた。


「他人の感情が、時々見えるようになってない? たとえば、クラスメイトの《怒り》とか、《罪悪感》とか、《悲しみ》とか……。花の匂いと一緒に」


「……なんで、それを……」


「全部、あなたの中にある《魔術の器》が反応してるのよ。あなたが覚醒する時、世界は選ばれる。“滅び”か、“救い”か……」


スイレンは少しだけ顔を背けた。


「……でも、私には“滅び”しか視えなかった」


淡い声だった。それなのに、ユリの胸にずしりと沈んだ。


「そんなの、勝手に……」


「お願い、まだ信じられなくてもいい。けれど、あなたの心に芽生えてる《花》は、もう動き始めてる。だから、ひとつだけ覚えていて」


スイレンはそっと、ユリの胸元に手をあてた。何かを“封じる”ように。


「あなたの感情は、花を咲かせる。その花は、誰かを癒すか、壊すか――どちらかしかできない」


言い終えたその瞬間、スイレンの体がふっと掻き消えた。


次の瞬間、部屋にはユリひとりだけがいた。


まるで、最初から夢だったかのように。


だが、手のひらには――青紫の花弁が、一枚だけ残っていた。



場面転換:とある教団の影


「スイレンのやつ、また余計なことを」


夜の東京、廃ビルの地下。

スイレンとは別の少女が、不機嫌そうに机を蹴り飛ばす。


「エンド・フラワーの依代を目覚めさせる。それが我々の悲願であり、救済なのに」


その声に応えるように、他の“教祖”たちの姿が、闇の奥から浮かび上がった。


ローズ、ロベリア、シャクヤク、マリー、ダリア、キキョウ。

それぞれが、感情という名の“花言葉”を纏った少女たち。


「焦りの巫女が何を見たか知らないけど……」


ローズは、口角を吊り上げて笑った。


「この世界は、もうすぐ“地獄の楽園”になる。あの子が、その鍵を握っている限り――ね」


少女たちの瞳に、ぞっとするような光が灯った。

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