第15話:先輩の思い

 時は11月に入り、コンテストへの応募も全員終え、部活の方はひと段落し、朝陽あさひは卒業研究に励んでいた。ゼミナールの日は卒業研究もあり、5講目が終わると午後6時近くになり、外はすっかり暗くなってきた。


 この日のゼミナールと卒業研究を終え、ロッカー室で帰る支度をしているとブーブーとスマホが鳴る。


「……もしもし?」


『もしもし、朝陽? 今大丈夫か?』


電話の主は、万真かずまだった。


「はい、ゼミ終わってこれから帰るところですが。どうしました?」


『……今度の週末、空いてる?』


「はい、部活休みなので何も予定ないですが?」


『朝陽がよければ、ゆっくり話したいけど……いいか?』


 という訳で週末、朝陽は万真の指定であるショッピングモールへ行くことになった。


「お待たせしました」


「ごめんな、色々と忙しいところ」


「いえ。未だに就活で行き詰まってますし……」


苦笑いを浮かべながら、朝陽は万真と共に中へ入っていく。


「どうして、ここなんですか?」


「……それは、彼女と偶然再会して仲直りするきっかけになったところなんだ。その後もたまにデートで来ることもあるし」


「仲直り?」


「うん、友達以外に話すことなかったんだけど……」


 各テナントが準備中のフードコートに着き、適当に席に着く。


「……付き合う前1回揉めて、すれ違ったまま大学卒業したんだ。彼女と揉めた場所が、オープンして間もないアクアスターズだったのよ。彼女、泣きながら走り去ってしまったから」


「そ、そうだったんですか」


もしかすると、あの時妹の友達とすれ違った若い女性が、今の先輩の彼女ではないかと思われる。


「俺と彼女を誘ったのが、新聞部の今の部長のお姉さん。彼女の友達でもある。3人で行ったんだ。こないだ届いた広報見て、朝陽たち行ったんだなぁって、懐かしくも思った。仲直りしてから彼女と行ったけどさ」


河西かさいさんのお姉さん、行ったことは妹さんに報告していたけど、詳しくは語らなかったと」


「自分の目の前で俺と彼女のケンカ見たのが、余程辛かったんだと思う。あれから時を経て、妹さん入って、大学祭の準備で久々に顔合わせた時なんて、彼女の話一切しなかったし」


それで泣きながら走り去ったのなら、


「でも、再会した時にお互いきちんと話して、打ち解けたから――付き合うことができた。それから2年か……あっという間だったな。結婚なんてお互い考えもしなかったけど、あることがきっかけでな」


「何があったんですか?」


「9月の頭に、俺が仕事中に突然電話がかかってきた。『彼女さんが1人で外出のところ突然、貧血を起こして倒れました。至急来てください』って、救急隊員の方から」


「そ、それがきっかけで、結婚を決意したんですね?」


「まあな。『あとやるからすぐ行ってきなさい!』って先輩に押し出されて、走って病院へ行ったんだ。顔が真っ青で辛そうだった彼女を見て……せっかくここまで一緒に歩んできたこの子にもし2度と会えなくなったら……って、そう思ったから」


 それぞれの彼女と、交際開始のタイミングが近い朝陽と万真。しかし、救急搬送という突然の出来事があったから、万真は人生の決断を下すこととなったのだ。


「……そばに彼女がいないまま、付き合って2年が経過しました。将来のこととか、何も話できていません。まずは、僕が無事大学卒業して就職するしかないんでしょうか。夢は、彼女が別にいなくても――」


「そんなこと簡単に言っちゃダメだ」


諦めの言葉を呟こうとした後輩に、先輩がダメ出しをする。


「はい?」


「このままいくと、絶対後悔するぞ」


「……ですよね。後輩が講義でお世話になった、写真部のOGの講師の方と話すことがありまして。プロのカメラマンでもあり、所属する事務所の上司がイギリスでの仕事経験があるから、掛け合ってみるとは言われましたけど……あれから進展がなくて」


「なるほどな。名前ど忘れしちゃったけど、姉ちゃんが1年の時お世話になった先輩で、どっかで見かけたことあるカメラマンさん」


草摩そうま夕花ゆうかさんです。先輩が来る前の日に、ブースに突然現れまして。それからの縁で」


「そうそう。写真部にいた同じ人間として、是非会ってみたかったなー……って、話ずれたな。恐らく難航してるんだろ。大学卒業してすぐって……そう簡単に叶うもんじゃないし。それに今日、朝陽を呼んだのは、俺から必ず伝えたいことがあって」


「何でしょう?」


「俺は、彼女のことがとっくに好きだった。でも、全然気づかなかった。……彼女と付き合う前は、彼女の想いも、自分の本心も無視して、気づいた時点で遅すぎて後悔していた。だから、後悔する前に動いた方がいい。自分の将来も彼女も取るなんて贅沢だって思われるかもしれないけど、朝陽自身が信じる道、後悔しない道を選んでほしい」


「万真先輩……」


今日イチの真剣な眼差しを向けた万真。後悔の淵から這い上がり、縁を結び直し――そして入籍し夫婦となった。


「あの時、彼女が当時付き合ってた男から救えて、本当によかった。自分のため、彼女のために動くのは、いつか『あの時動いてよかった』って思う時が必ず来る。今俺がそうだもん」


「……よし。言葉がまとまったら、彼女と連絡取って向き合い直してみます」


「そうしてみな。大学祭に来て、彼女……嫁さんが迎えに来た時に朝陽の話したんだ。今度ゆっくり話してきたら? って」


「そうだったんですね」


 話し込んでいると、フードコートは昼食を求めるお客さんで賑わい始めた。


「そろそろ飯にするか。終わったら、お揃いのマグカップ買っていく」


「僕も、お付き合いしますよ。……部にいた頃よりかっこよくなりましたね、万真先輩」


「そんなこと言うの……よ、よよ嫁さん以来だよ」


「呼びづらそうですね、って」


朝陽に自然な笑顔が戻ってきた。ちょっぴり恥ずかしそうにする万真に対し、一瞬だけ笑いがこぼれた。


「ま、まあ。ずーっと呼びだったから、さ」


 夕方になり、解散の時が来る。


「万真先輩、今日はありがとうございました」


「いえいえ。これから引っ越し準備で忙しくなるから、暫くこんな風に話すこともできなくなるけど……これ、朝陽に渡しておく」


「あ、ありがとうございます」


万真が朝陽に渡したものとは――?

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