第13話:先輩の訪問【後編】

 時は遡ること1週間前――


「――もしもし、野木のぎです。お久しぶりです、海野うみの先生」


その男は、在学中お世話になったゼミの先生に久々に電話をかけていた。


「来週末、大学祭ですよね? その際にご挨拶に伺いたいのですが――」


☆☆☆


 一方の朝陽あさひは、経済学部の非常勤講師で写真部OG、そしてプロカメラマンの顔も持つ夕花ゆうかにフォトグラフィアコンテストにて3年連続で秀作入賞していることを打ち明けていた。


「……なかなかない快挙、ですか?」


そう言われたことで目を丸くしていた朝陽。


「うん。私もそうだったけどさ、私の先輩や周りでコンテストに応募したことある人ちらほら見かけたけど、良くても入選1回選ばれれば大満足レベルだった。朝陽君の場合はそれを軽々と超えちゃってる」


「ま、まじですか……」


入選以上が、そんなに狭き門だったとは知らなかった朝陽……。


「……で、でも、夕花さんはプロですから。部活で、そして趣味でやっている僕なんかが敵うわけないですよ」


「……いや、そうかな?」


「はい?」


ここまでにこやかに話していた夕花の表情が、真剣モードに変わる。


「卒業後どうするか決まってる?」


「いえ、全く……」


「もしよかったら、私が所属する事務所へ来てみて。今年度のコンテストで最優秀賞取れたら、私が事務所へ推薦する。朝陽君には、その価値がある。間違いなく」


(……す、推薦!?)


朝陽は驚きで言葉を失っていた。


「全然急がないから。気が向いたら連絡してね」


こうして連絡先を交換する羽目になり、夕花は颯爽と去っていった。


(まじか……)


ただただ呆然としていた朝陽。お客さんの声かけにより我を取り戻し、受付の仕事へ戻っていった。はこれで叶うかもしれないけど、は見い出せないままだと、受け止めていた。


 大学祭1日目を終えたその日の夜、米村よねむら家。


「部活のブースで、プロカメラマンやってる卒業生の先輩に偶然出会って。コンテストで3年連続秀作入賞したって話したら、もしよかったら先輩のいる事務所へ来てみないかって言われて。今年度のコンテストで最優秀賞取れたら推薦する、とまで言われちゃって……」


「お兄ちゃんにとっては、寝耳に水なお話だったんだね」


そう振り返る兄に、日陽ひなたはそう声をかけるしかできなかった。


「……朝陽がやりたいようにやればいいじゃないか? 就職が決まらないままよりましだと父さんは思う。自分が好きなことをとことん極めるのは、けっこう気持ちいいものだぞ」


「うん、そうだね――」


父の言葉に力なく応じながら、夕食を食べ終えた朝陽は皿を片付けた後まっすぐ風呂へ入っていった。自分の夢か、彼女か――葛藤を抱えた兄の背中を、妹の日陽は心配そうに見届けていた。


☆☆☆


 翌日。朝陽のスケジュールは午前中ゼミの模擬店の店番、午後は部のブースの受付当番という内容。午前中、新聞部部長・伶奈れいなと3年の新聞部女子部員の2人で1時間、切り盛りしていた時だった。


「こんにちは」


「はい、いらっしゃいませー」


伶奈が振り向くと、どこかで見たことのある1人の男性が立っていた。


「お久しぶりです、妹さん」


「……えっ?」


その正体は、姉妹揃ってお世話になった写真部OBの野木万真かずまだった。


「よく覚えていましたね、万真さん」


「もちろん。お姉さんとあーでもないこーでもないって、大学祭の準備の時言い争ってたじゃないか。自分の意見は絶対曲げない妹さんという印象が強くて」


「そ、そんなこともありましたね……しかし今日、何故訪問されたんですか?」


冷静になった伶奈は、万真の目的を尋ねる。


「お世話になったゼミの先生に挨拶しに来たついでって感じかな。……そうだ、うちの後輩君はどこ? 店番か?」


「朝陽さんのことです?」


「ああ」


「朝陽さんなら、午前中は模擬店の店番だと聞いてます。朝陽さんの所、私行ったので教えますね」


「すまない」


 その頃朝陽は、出し物である芋餅作りに勤しんでいた。客足が一旦途絶えた――その時だった。


「いらっしゃいま……へ?」


朝陽が所属するゼミの模擬店に現れたのは、彼の直の先輩である万真だった。


「よう。久しぶり、朝陽」


「こ、こちらこそ、お久しぶりです。万真先輩」


2日連続の先輩訪問で、何が起きているのかさっぱりである。一緒に店番をしていたゼミメンバーが気を使い、朝陽を店番から外してくれた。もうすぐ交代の時間になるし、と。


「懐かしい味するな、この芋餅」


朝陽が支度中に購入していた芋餅を美味しそうに食べる万真。


「な、懐かしい味……ですか」


「ああ。何だかな」


自分がメニューを決めたわけではないのだが――と苦笑いを浮かべていた朝陽に、万真より予想外の報告を受けることになる。


「……そうそう。さっき、在学中にいたゼミの先生に挨拶しに行ってきた」


「挨拶ですか?」


「うん。同じゼミで出会って付き合ってた彼女と入籍することになったんです――って報告をするのに」


「……は、はい!? つまり、ご、ご結婚、ですか……!?」


彼女云々の話を通り越し、結婚報告とはひっくり返りそうだ。真新しい結婚指輪がちらっと見える。


「改まってそう言われると、くすぐったいな」


「お、おめでとうございます」


「ありがとう。付き合って2年で思い切って決断できてだいぶすっきりしたわ」


(付き合って、2年……)


自分も今の彼女と付き合って2年。幸せ絶頂期の先輩と、今尚遠距離恋愛中の自分。正反対の道を行く先輩の万真に、朝陽は何を思うのか。


「あ、あの……」


「ん?」


「僕も付き合って2年の彼女がいます。万真先輩と同い歳です。春に彼女が異動でイギリスへ行きました。大学祭に行きたいと彼女は言ってましたが、休まれると回らないからって向こうの先輩方に止められ、年末年始帰ってこれるかも怪しく……」


打ち明けていくうちにだんだんと、声に悔しさが滲んできた。


「……大丈夫か?」


立ち止まり俯く朝陽の顔色を伺うように、優しく、心配そうに声をかけた万真。右肩に手を添えて。


「……大丈夫じゃないです。……僕はどうしたら正解なのか、分かんないんです。すみません、久々に再会したのに、こんな話してしまって……」


内情を察した万真は後輩に、かける言葉が見つからなかった。

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