第1章:1人の時間が増えて

第4話:寂しさとの戦い

 4月、新年度。朝陽あさひは4年、康貴やすたかは3年、日陽ひなた万衣まいは2年に進級した。3年進級に伴い所属ゼミ希望の聞き取りアンケートが春休み前に配られていたが、康貴は迷いなく2年までいたゼミを選んでいた。朝陽の時もそうだったが、第1希望通りにいったことが大きかったのかもしれない。


 写真部のメンバー全員が新年度初回のゼミナールを終えた頃……


「朝陽先輩、珍しいですね。写真以外でスマホにそんなににらめっこしているとは」


康貴と日陽の到着を待っている中、部活の準備をそこそこに未読のままのLINEのトーク画面を見て、メッセージを送るか否かで格闘する朝陽へ、覗き込むような仕草で万衣がそう言う。


「…………」


だが当の本人は何も言葉を発さない。


「もしかして、康貴先輩のお姉さんですか?」


部の仲間として妹の日陽も、そしてこの場にいる万衣も交際を知っている事実だ。今更否定はできない。


「……時差があるのは分かっていてもなぁ……1週間以上もこのままなんだ――」


朝陽がそう言いかけた途端、勢いよく部室のドアが開く。


「――あ、あのっ! 写真部の部室って、ここで合ってますか!?」


1年生らしき女の子が、入部届と思われる紙を抱えやってきた。ドアが開く音にびくっとした朝陽は慌ててスマホをしまい、女の子を出迎える。


「はい、そうです。部員あと2人いるので……もうそろそろ来ると思うから、空いた席に座って待ってて」


 そこからあまり時間がたたないうちに康貴と日陽が到着。軽いミーティングの後、女の子の自己紹介が始まる。


「……教養学部に入学しました、滝野たきのめぐです! お恥ずかしながら……高校まで帰宅部でした」


ここまで強い意志を持って写真部へ入部したのは、もしかしたら自分以来かもしれないと思う朝陽。


「大学入学共通テストに向け猛勉強していた頃、市民会館の自習スペースを出て帰ろうとしたら、フォトグラフィアコンテストの会場が見えたので寄ってみたんです。そうしたら『現役の大学生ながらプロ顔負けの写真を撮る子がいる』という誰かの声に連られて見た写真に圧倒されちゃって……。身近な写真で無趣味な自分を変えて、堂々といたいなぁと思ったのです」


入部のきっかけを熱く語る萌に、日陽が。


「それ、私のお兄ちゃんです」


日陽は横にいる兄・朝陽を指差す。


「……え、そ、そんな身近にいらっしゃったんですか!?」


目を丸くする萌。


「はい。ここ青城大学の教養学部4年になって、写真部の部長を務めてます米村よねむら朝陽です。そして妹の日陽。僕と同じ教養学部の2年」


「お兄ちゃんの上にも、きょうだいで所属していた先輩方もいたんだよ」


ここまで静かにやり取りを見ていた康貴・万衣の経済学部コンビも自己紹介へ。


「経済学部3年・副部長の芝野しばの康貴です。自分も朝陽先輩のスキルに目を奪われた奴です。新たな趣味として写真は最適だと思う。これからよろしくね」


「経済学部2年・椋本くらもと万衣でーす! 未経験の私でも楽しくここまでやってこれたから、きっと大丈夫! これからよろしく!」


これにて萌は正式に写真部へ入部。自分がきっかけになったことを知った朝陽は、新入生の彼女へ写真の楽しさを伝えていこうと責任感で満ち溢れていたのだが……。


☆☆☆


 それから1週間後のある日。本格的に講義が始まり、長く帰宅部を続けていた萌は慣れない部活で戸惑いながらも、カメラの操作について日陽と万衣から説明を受けている。


 その様子に背中を向けながら、朝陽は雨がしとしとと降る空を悲しげに見つめていた。備品の整理を終えた康貴が声をかける。


「朝陽先輩、どうしたんですか?」


「……なんで……」


「はい?」


「ごめん、何でもない」


1つ深呼吸をした朝陽は自前のカメラを引き出しから取り出し、部室を出てしまった。


「……あれ、お兄ちゃんは?」


兄の姿が見えないのに気づいた日陽が康貴に尋ねる。


「多分、遠くは行ってないと思うけどな……ごめん、探してくる」


康貴はそう言うものの、構内を探し回るもそう簡単に先輩は見つからなかった。部活の終了時間が刻々と迫る中、誰もいない食堂でようやく朝陽の姿を見つけた。


「朝陽先輩……もう、何していたんですか……?」


探し回った康貴は息が上がって、ヘトヘトになっていた。


「『なんで』って、もしかして、姉ちゃんにですか?」


康貴の言葉に静かに、深く、寂しそうな顔で頷く朝陽。


「……時差は9時間。慣れない外国での生活。仕方ないのは分かってる。なのに何で2週間以上も連絡も……」


「まだバタバタしているんだと思いますよ。姉ちゃんは決して怠ったりしませんから。だから、信じて待ちましょうよ」


朝陽を上手く窘めた康貴は一緒に部室へ戻り、そのまま部活は終了となった。


 1度は康貴の言葉を吞んだ朝陽だったが、その日の夜、米村家では……


?」


入浴を終えた日陽が兄を呼びに行ったのだが……


「康貴先輩に何か言われたんじゃないの?」


確かに正論だが、今の朝陽にとっては台詞である。


「日陽には関係ない。僕自身の問題なんだ。ほっといてくれよ」


朝陽は妹に冷たく言い放し、着替えを持って風呂へ向かってしまった。


 翌日――部活は休みだが、講義を終えた日陽は経済学部のロッカー室へ向かい康貴を待ち伏せしていた。


「……おっと、こんなところにいたら完全に不審者だぞ、日陽さんよ?」


帰る支度を終えた康貴が苦笑いしながら、日陽を見つけた。


「実は昨日、お兄ちゃんに――」


日陽から、昨晩の米村家での出来事を聞いた康貴は……?

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