第3話:お揃いを装って

 朝陽あさひ康貴やすたかに連れられ向かった場所とは――


「……どうしてゲームセンターなんだ?」


朝陽にはその理由が分からない。


「姉ちゃんが、発売決定が決まってから欲しいって言っていたキーホルダーを、つい昨日ここで見かけたんですよ! デザインも案外シンプルだしお揃いにするならいいかなーと……」


今までお揃いというものを持つことがなく、その前に考えもしなかった朝陽。康貴について行くと、両替機の近くにあるこじんまりとしたUFOキャッチャーのケースの中にそのキーホルダーがひっきりなしに積まれていた。


「……ふーん、そういうことね」


朝陽はそう喋りながらゴソゴソと財布を取り出し、100円玉を1枚投入。適当にアームを操作し掴むと、偶然にもアームにキーホルダーの紐が2本絡まり、そのまま2個ゲット。目の当たりにした康貴は……


「……え?」


あまりにも高度なテクニックに開いた口が塞がらなかった。2個のキーホルダーを真顔で見ていた朝陽は、


「たまたまでしょ」


とは言うものの、どこか気に入っている様子だった。


 到着後10分足らずで康貴の用件が終わり、ゲームセンター近くのファーストフード店で昼食にした。


「あ、そうそう。姉ちゃんは引っ越し先の物件が決まって、必要な物買いに行ったり、いらないもの売ったりやってます。もうそろそろ荷造りするのでは」


凪咲なぎさ、休みの日も休まらないよな」


「そうですねー……出発日聞いたら、青城大の卒業式のちょうど1週間後ですね」


「被らなくてよかったー……先輩か彼女か……そりゃあお世話になった先輩取るしかないよなぁ」


「どちらにしろ、ですよね」


「だな」


その後別れ、康貴は百均ショップに寄り適当に包装グッズを買って帰宅。キーホルダーと共に机の引き出しに大事にしまっておいたのだった。


☆☆☆


 それから1週間余りがたち、青城大学にて卒業式が執り行われた。朝陽は部長として、田中たなか那奈なな仁奈にな双子の卒業を祝う時である。


 卒業式の全日程が終わり、袴を着た那奈と仁奈が写真部の部室にやってきた。


「来たよー!」


「みんな元気にしてたー?」


柄は同じでも色違いの袴を着た双子。


「もちろんです。先輩たちも元気で何よりです」


落ち着いたトーンで返す朝陽。


「……改めまして、那奈先輩・仁奈先輩、ご卒業おめでとうございます」


「「おめでとうございます!」」


「僕は大学に入るまで、写真は趣味程度でした。先の先輩方ももちろんそうだったのですが、部活としての楽しさを親身に教えてくれたのはお二方でした。だから、みるみる力をつけられたんじゃないのかな、と思います。僕はこれから4年生になりますが、残りの在籍期間をかけて後輩たちに写真の楽しさをより伝えていけるよう、精進していく所存です」


朝陽は那奈へ、康貴は仁奈へそれぞれに卒業祝いとしてメッセージが書かれた色紙と真新しいフォトブックを手渡しした。


「ありがとう」


「大切に使うね!」


そして、那奈と仁奈はそれぞれ後輩たちへ――


「朝陽君には、最初から技術面では全然叶わなかったなー。構え方から違った。見るものも違った。仁奈もそうだけど、私も学ぶことが多かったと思う。康貴君はなぁ……いいとこの坊ちゃんがこんな質素な部活に来るとは!? 入部してきた時はびっくりしたよ。それでも、ひとつ趣味を見つける場になれて、先輩として嬉しい限りです」


日陽ひなたちゃんはお兄ちゃんの背中を追いかけ、追いつきたいから……私や那奈に積極的に相談したことがちゃんと身になってる。それを忘れずこれからの子たちにも向き合っていってね。万衣まいちゃんはカメラ初心者とは思えないぐらい、カメラが似合う子に成長した。初心者でもここまでできるよって、アピールしていってね」


最後に全員集合で写真撮影。先輩たちはこれにて次なる道へと巣立っていった――。


☆☆☆


 卒業式から1週間後。凪咲がイギリスへ飛び立つ日がやってきた。両親はあいにく仕事の都合で来られず、代わりに弟の康貴が家族代表として見送りに行くことになった。朝陽は芝野しばの姉弟と待ち合わせし、一緒に空港へ向かった。


「ここで何か日本のお菓子をお土産として買っていこうかな」


出発までまだ少し時間がある中、凪咲はお土産エリアへ足を運ぶ。


「なら姉ちゃんが大好物な、これでもいいんじゃないか?」


康貴が指を差した先にあったのは、あの東京ばな奈である。凪咲が何箱かまとめ買いをするところに、いい所のお嬢様という感じを受ける。しかしその裏で3人を追って、日陽と万衣が様子を見に後を追っていたのである。


 昼食後、搭乗口へ向かわなければならない凪咲。朝陽と芝野姉弟の後ろ姿を見つけた日陽と万衣は3人に見つからないよう、時より柱に隠れながら追いかける。


「今かよって思われるかもしれないけど……凪咲に渡したいものがあるんだ」


それは以前凪咲が欲しいと言っていて、ゲームセンターで朝陽が2個取りしたあのキーホルダーである。卒業式の日、解散時に康貴は包装した状態で持ってきて、朝陽に当日に渡すように打ち合わせしていたのだ。


「なになにー?」


「姉ちゃんが前から欲しいと言ってたキーホルダーだよ。実は……朝陽先輩がUFOキャッチャーで2個取りしたんだ。俺が『お揃いにしてみては?』と言ったところ1発でやってくれた……」


凪咲は袋からキーホルダーを取り出し、嬉しそうに眺めていた。朝陽は自分で取ったキーホルダーをつけた自宅の鍵をそっと見せる。


「お揃いかぁ……いいね、朝陽君にも無理ないデザインのぬいぐるみのキーホルダーだし。見つけてくれた康貴にも、取ってくれた朝陽君にも、ありがとうだよ」


 凪咲がいよいよ搭乗口へ向かう時。


「どんなに離れていても、赤い糸で繋がってる。私はそう、信じてる。私は朝陽君のことを信じて、イギリスで頑張ってくるから……」


「僕も、凪咲のことを信じてるさ。だから、次会える時まで……学業と部活をがむしゃらに頑張る。そして、信じて待ってる。変わらず充実してるよって、教えたいから」


康貴の目の前で遠慮したのか、握手を交わすだけにとどめた朝陽と凪咲。その手が離れ、飛行機へ向かう凪咲を、朝陽と康貴はその姿が見えなくなるまで見届けたのである。

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