第2話:『兄』と『姉』の決断

 その一方で大学は春休みに入り、最初の部活の日を迎えてしまった。康貴やすたかは姉・凪咲なぎさと満足な会話ができないまま、家を出発。


「おはようございます」


部室にはいつも通りの朝陽あさひがいた。この様子だとようだ。


日陽ひなたはインフルかかってお休み。いやー……お粥作ってから出てきたから間に合わないかと思ったわ……」


「日陽からよくもらわないで終わりましたね、朝陽先輩」


万衣まいがだるそうに突っ込む。


「まあ……中学の時、僕の隣の席の人がインフルかかっても何ともなかったぐらい、免疫力お強いのかもね? さて……始めるか」


今後新入生勧誘に向けての準備もある中、本日はアンサンブルコンクールの全国大会進出を初めて決めた吹奏楽部への密着取材がある。実績を作ったからこそ、練習及び新入生の部員大量獲得に向けて熱が入っている様子が垣間見える。


 取材は午前中で終わり、昼食時は朝陽が吹奏楽部部長と取りながら打ち合わせをするため、写真部部室では康貴と万衣の2人で取ることに。


「康貴先輩? 何か考え込んでいる顔してますけど……」


万衣が康貴の顔色を伺う。だが何も言わず食べ続ける康貴。


「……ちょっとねぇ……部活終わったら、朝陽先輩に話があるって言ってこようかなぁ」


先に食べ終え、一口水分を取った康貴が席を立ち部室のドアを開けようとしたら、ちょうど朝陽が戻ってきた。


「おっと……どうした、康貴?」


「……部活終わったら、お話いいですか?」


「う、うん……?」


 15時に部活が終わり、朝陽と康貴は青城大学生御用達のカフェ『キサキ』に移動する。


「……で、改まってどうしたんだ?」


席に着いてから、朝陽が先に口を開く。


「……実は姉ちゃんが、4月からイギリスにある支部への異動を命じられたんです」


話しづらそうに打ち明ける康貴。


(そ、んな……)


一気に青ざめる朝陽。


「……そういえば、ここ数日凪咲から何も連絡来ないなーとは思っていたけど……」


「だから、姉ちゃんから一切聞いていなかったのですね。俺がその話聞いてから、『先輩とどうするの?』って聞いても答えてくれなくて……」


「あまりにも突然のことで、混乱しているんだろうね……」


とは言うものの、朝陽は冷静さを完全に失ってしまっていた。


「康貴?」


「はい?」


「……どうしたらいいんだ?」


「お、俺に聞かれても……」


 帰宅後、朝陽は異動の話を聞いたことを凪咲へLINEで報告するも、その日のうちに返事が来ることはなかった。落ち着かずネットで『恋人が転勤 どうする』とキーワードを入れて検索。その結果、1番ありがちなのが『ついて行かず遠距離恋愛を選ぶ』だった。『転勤を機に別れる』選択もあった。それは、お互いの気持ちがもたないだろうという、納得のいく理由だった。


(僕自身も、考える時間が欲しい)


そう思うも、冷静さを失った朝陽はその週末、凪咲と会う予定でいたが果たせなかった。


☆☆☆


 それから2週間後。お互いに考え連絡を控えていた朝陽と凪咲だったが、週末に電話しようと凪咲からの提案で、電話することが決まっていた。


『……もしもし?』


2月に入って、初めて彼女の声を聞く。


「もしもし。ちょっとだけ、久しぶりだね」


『うん』


芝野しばの姉弟の両親は会食のため不在。そのため、自分の部屋ではなくリビングから電話をかけた凪咲。声が聞こえ、恐る恐るリビングにやってくる康貴。


『あのね、朝陽君』


「うん」


『お盆休みや年末年始とか、どこか休みまとまって取れる時に帰ってくるから。時差があるのはどうしようもないけど、できる限り連絡取り続けたいの』


「よく考えたら、凪咲が得意で好きな英語が生かせる場所に行けるんだよなと思った。僕はそれを邪魔しちゃいけない。それでも、これからも凪咲と繋がっていたいんだ」


『朝陽君……』


「本当は直接会って伝えられたらよかったんだけど……これからも、凪咲のことを愛してるから……」


やり切れない声ではあったが、これからはそれぞれの道を極める選択をした朝陽。風呂から上がった日陽が通りすがりで兄のその言葉を聞き、ニヤッとしていた。


『……うん、私も朝陽君のこと愛してるよ』


一部始終を見届けた康貴は、どこかほっとしていた。先輩と姉が愛の確認をしながらも、これからの方針を固めたことが、一安心なのだろう。


「……もしかして、全部聞いてた?」


電話が終わり、弟に気づく凪咲。


「うん? ん、まあ……そうだけど……。お、俺としては……姉ちゃんと先輩が近い将来結ばれて……欲しいから……」


急に恥ずかしくなり、口ごもる康貴。


「ふふふ、気が早いよー? 朝陽君まだ大学3年生だよ?」


「もう、分かってるって……」


異動の話を聞いてから、凪咲は飛び切りの笑顔を初めて見せる。そんな姉を彼女として選んだ先輩のことが、羨ましく思った康貴なのであった。


――そして月末、凪咲の異動決定後初めて顔を合わせた朝陽と凪咲。


「僕は大学生活残りの1年間で――」


その手で、凪咲を抱きしめる朝陽。




「もっと凪咲に見合う男になる……なってみせる。必ず……」




☆☆☆


 3月に入り、引っ越し準備が本格化する凪咲。そんな中。


「朝陽先輩」


「んー?」


この日は午前中で部活が終了。今月は先輩方の卒業式も控える中、康貴に何か考えがあり、教養学部の玄関を出たところの朝陽に声をかける。


「この後何か予定ありますか?」


「いやー? 特にないけど」


「ちょっと、気晴らしにに行きませんか?」


「……いいよ。日陽ごめん、昼飯いらないって母さんに言っといてくれる?」


校門で妹と別れ、朝陽が康貴と一緒に向かったところとは――?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る