序章:遠距離が始まるまで
第1話:新体制スタート
それから時は過ぎ……1年と3か月程度がたち、年明けとともに
「おはようございます」
最後に部室に到着したのは、経済学部1年・
「……よし。今日から部長として、何とか頑張っていきますか」
やや緊張しながらも、指揮を執る朝陽。
「お兄ちゃん、顔が怖いよー」
早速妹からの突っ込み。
「……ん? あぁ、えーっと……ごめん。……ふぅ。じゃあ、新年最初の部活、始めますか」
この日は比較的暖かく、晴天である。冬休みが終わったばかりでこの後後期末の考査が控えている。日が暮れるのは早く、夕焼けと微かに見える月をカメラに収める朝陽。
「朝陽先輩」
「んー?」
部活が終わり、万衣と日陽が先に帰った後、部室の鍵を返しに行こうとしていた朝陽に康貴が声をかける。
「11月にあったフォトグラフィアコンテストの結果って、もう来たんですか?」
「年末に結果が郵便で届いて……3年連続の秀作入賞。週末に授賞式があるから行ってくるさ」
多数の応募があった中、入選の上を行く秀作入賞でも凄いことなのだが、朝陽はどこか腑に落ちない様子。
「姉ちゃんには報告したんですか?」
「うん、したよー。『3年連続で選ばれることが凄い』って言われたさ」
康貴は当初、先輩と自分の姉が突然の出会いをきっかけに付き合うことになったことを知り驚いていたが、それを機に距離が縮まったように感じている。
「その後君の姉ちゃんとデートしてくるさー。時間そんなにないし、軽くゲーセン寄ってご飯食べて帰るだけかな」
「そうですか。せいぜい楽しんできてくださいね」
自慢げな朝陽と、呆れ気味ながらも影から見守る康貴。先輩後輩の関係ながらも友達のように当然の如く絡んでいる。
「そういえば授賞式の会場って、確か受賞作品を無料で閲覧できるスペースがあるってどっかで聞いたんですが?」
「うん、そうだよ」
「行ってみてもいいですか? 先輩がどんな写真を撮ったのか見てみたいですし」
「いいよ。康貴にはいい収穫になると思うよ」
その週末、朝陽は康貴と2人でフォトグラフィアコンテストの授賞式の会場へ向かった。授賞式が終わった後康貴と別れ、凪咲と合流する。
「お待たせー。忙しい時に時間取ってくれてありがとね」
「ううん。んじゃ、行こうか」
手を繋いで歩き出す。ゲームセンターに寄った後の途中、外国人と思われる女性に声をかけられる。
「Excuse me. I looked up online that there's a steak restaurant around here, but do you know the way?〈すみません。この辺にステーキ屋さんがあるとネットで調べてきたんだけど、道分かるかしら?〉」
あまりにも早口で、朝陽にはちんぷんかんぷんである。
「Turn left in front of the convenience store over there and walk a little and you'll arrive.〈そちらにあるコンビニの前を左に曲がって少し歩けば着きますよ〉」
凪咲は冷静に、身振り手振りを加えながら流暢な英語で答えた。
「Thank you.〈ありがとう〉」
「You're welcome.〈どういたしまして〉」
外国人の女性が去ってから、再び歩みを始める2人。温かいものが食べたく、夕食はラーメン屋で頂くことに。凪咲と康貴――芝野姉弟は、高校まで同じ進路を歩んだのに大学は別々。元々英語が得意だった凪咲は、英文学科がある大学に進学し英語を極め、このように物動じせず答えられたのである。姉弟の父は芝野電工という名の知られた会社の社長で、いい所の姉弟である。このままだと後継ぎは弟の康貴になるのか――部外者の朝陽が口を挟むことではない。
「僕は豚骨醬油ラーメンにしようかな。凪咲は?」
「私は……塩ラーメンで」
交際1周年の後すぐが凪咲の誕生日だった。まだ学生で大したことはできなかったけど、『気持ちだけでも嬉しいよ』と凪咲は言ってくれ、ほっとしたのがつい昨日のように感じる朝陽。ラーメンが到着し、食べる前に自身のスマホで写真を撮った。
「もしよかったら、秀作取ったやつの写真って見せてもらうって……できる?」
「いいけど……データが家にあるから、後でLINEで送るわ」
冷めないうちにラーメンを頂き、芝野宅まで凪咲を送り届け、解散となるが。
「すごい今更だけど……」
「ん?」
「朝陽君って本当に、写真撮るの好きだね」
「うん。2度とないであろうこの瞬間を収める、記憶に収める――僕はそれらが好きで、物心ついた頃からやってるから」
☆☆☆
こんな感じで、朝陽は凪咲とはほぼ毎週末に会っていた。特に喧嘩もなく順調にやってきていた。来春、朝陽が青城大学を卒業し晴れて社会人になった後、きっと、結婚の話が出始めるだろう――そんな空気でもあった。
……しかし。
「芝野凪咲さん。来年度からイギリスにある支部への異動を命じる。君には特技である英語を生かし、そちらにいる日本人の先輩社員とともに励んでほしい」
2月に入ってすぐ、凪咲は勤め先の会社の社長より呼び出され、何事かと思えば……辞令だった。失意のまま帰宅後すぐ、両親と康貴に報告した。
「……姉ちゃん、朝陽先輩とのこと……どうするの?」
背中越しに弟に聞かれても、
「……ごめん、康貴。少し自分で考えさせて」
それだけ言うと、凪咲は口を固く閉ざし自分の部屋にこもってしまった。
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