第7話

その日の夜は一睡も出来ずに朝を迎えた。


希望の期間限定の彼氏が真凜先生の婚約者?


あたしの見間違いじゃなければ、これは大変なことになる。


希望はもちろん知らないんだろう。


だとしたら早く教えて今すぐ別れさせるべき。


でも希望とは喧嘩中だし、どうやって話をしよう。


そもそも本当にあの人は真凜先生の婚約者なのだろうか?


あたしの見間違い、もしくはただの男友達だったりしないかな?


真凜先生に確かめるのが先かもしれない。


希望の事には触れずに、昨日の男性とはどういう関係なのか聞いてみよう。


あたしはいつもより少し早めに学校に行く事にした。



学校に着いて教室に向かう前に職員室に行こうと思ったら


「永倉さん、おはよう」


と真凜先生が廊下で話しかけてくれた。


「おはようございます」


「今日はずいぶん早いじゃん」


「はい、ちょっと真凜先生に聞きたい事があって・・」


「私に?」


「昨日男の人と会ってましたか?」


「えっ・・」


真凜先生は、びっくりして少し固まってしまい、それから少し恥ずかしそうに頬を赤らめた。


「やだなぁ、どこで見られたんだろう」


いつものサバサバしたかっこいい真凜先生とは打って変わって、可愛らしい恋する女の子のような表情の真凜先生を見て、私は胸がギュッと苦しくなるのを必死で抑えた。


「もしかして先生、ご結婚されるんですか?」


「うん、来年の春にね。みんなには内緒だよ」


人差し指を口に当てて、ポーズをする真凜先生。


ああ、やっぱり。とんでもない事を知ってしまった。


でも、知ってしまった以上、あたしが何とかしないと・・


「あの、その人俊輔って名前ですか?あたしの知り合いの商社マンの男性と似てたので」


「俊輔?違う違う。博幸だよ。商社マンじゃなくて高校の先生。前の職場で知り合ったんだから」


「えっ!」


人違い?まさかそんな・・


「あ、そろそろ私行かないと、また後でね」


「はい」


早足で職員室に向かう真凜先生の後ろ姿を見つめながら、あたしは少し気が抜けてしまった。



休み時間に昨日からのいきさつを花帆に話した。


真凜先生が白浜女学院に赴任する前に、立花高校で教師をしていた事は知っていた。


だとしたら昨日の男性は立花高校の教師という事になる。


白浜女学院と立花高校は少し離れていて、電車の乗り換えを含めると、約一時間ぐらいの場所にある。


あたしの知り合いには立花高校の生徒や卒業生はいないけど、花帆と協力して知り合いの知り合いを探したら、立花高校の関係者に辿りつかないだろうか?


あたし達は、ラインやインスタなどのSNSを使って片っ端から声をかけてみる事にした。


そしたらその日の夜、花帆からメッセージと数枚の写真が送られてきた。


花帆の友達の従兄弟のお兄ちゃんが立花高校の三年生で、昨年の修学旅行の写真には、引率の教師として生徒達と楽しそうに微笑んでいるあの男の姿が写っていた。


彼は立花高校の教師、緒方博幸。真凜先生の一つ上の先輩で二十八歳。


ネットでは簡単に個人情報を偽れるし、まして希望は結婚までの割り切った遊びの関係。


この男は名前も年齢も職業も全部希望に嘘をついて浮気していたんだ。


あたしはジワジワと腹が立ってきて、手が震えてきた。



次の日のお昼休み、あたしは一人でお弁当を持って教室を出ようとしている希望を追いかけて、強引に腕を捕まえて


「希望、大事な話があるんだけど」

と迫った。


多分凄く怖い顔してたと思う。


希望は一瞬びっくりして眉を顰めて


「えっ、何なの?」


と引いていたけど、あたしの後ろにいる花帆の顔をチラッと見てから大人しく着いてきてくれた。



あたしと希望、それから花帆の三人は、誰にも会話を聞かれないように、屋上で話をする事にした。


「それマジ?俊ちゃんの婚約者が真凜先生なんて・・」


流石に希望もショックだったのか、動揺しているようだった。


実は希望も本名を伝えていたとは言え、学校名だけは嘘をついていたので、あの男も自分の婚約者の受け持ちの生徒と二股かけている事に気づいていなかったようだ。


「多分真凜先生、同じ職場で夫婦になるのは気まずいから、転職したんだと思うよ」


花帆が言うと、希望は両手で顔を隠して


「あーもう、やばい、どうしよう」


と泣きそうになってしゃがみ込んだ。


あたしはそんな希望を見て、なんだかイラっとした。


「今更どうしようじゃないよ。だから婚約者の気持ち考えなって言ったんだよ。知らない人なら傷つけてもいいって訳でもないじゃん。希望はそう言う所がいい加減・・」


「まりん!」


あたしの勢いを花帆が遮った。


希望はずっと俯いたままだったので、反論してこない相手をこれ以上責めても仕方ないと思い、深呼吸して気持ちを落ち着かせた。


「これからどうするの希望。まだあの人との関係続けるの?」


「・・・別れる。真凜先生にあたしが婚約者の浮気相手なんて知られたくない」


半泣きになって声を震わせている希望の背中に、あたしはそっと手を置いた。


「良かった、別れるって決めてくれて」


と優しく背中をさすると、


「ごめんね」と小さな声で謝ってくれた。


「そうだ、あたし明日の夜俊ちゃん、じゃなくて博幸さんとと会う約束してるから断らなきゃ。別れ話もラインでいいよね」


「ちょっと待って!」


スマホを取り出した希望を、あたしは引き留めた。


「まりん?」


「約束キャンセルしなくていい。あたしが代わりに会いに行くから」


「えっ?」


「だって納得いかないじゃん。あの人真凜先生という婚約者がいるのに、希望と二股かけてたんだよ。このまま希望と別れて、何事もなかったように真凜先生と結婚するなんて、あたし絶対許せない!会って文句言ってやんなきゃ気が済まないよ!」


あたしの勢いに、希望も花帆も圧倒されていた。


「まりんの気持ちは分かるけど、相手は大人の男性だよ。余計な事に首突っ込まない方がいいと思うな」


と平和主義の花帆が言った。


「そうだよ、それに明日はプリンセスホテルの部屋で待ち合わせだし、あっ」


口を押さえて、気まずそうにする希望。


ってホテル??


「希望あんた・・」


「だって一度泊まってみたかったんだもん」


あたしと花帆は、希望に軽蔑の目を向けたら、気まずそうに下を向いた。


「ごめん、もうこんな事しないから」


「当たり前でしょ!」


それでも希望は可愛いから憎めなかったりする。


「でもいい、あたし会ってくる。個室の方が周りを気にしないで言いたい事言えるから」


「えっやめなよまりん、危ないよ」


「文句言ったらすぐ帰るから大丈夫だよ。希望、ホテルの部屋番教えて。もしあの男から連絡きたら、あたしが代わりに行く事は内緒にしてて」


無謀な事してるのは百も承知だけど、あたしの決意は固かった。

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