第3話

あれから約十年の時が流れた。


夏休みが終わって今日は二学期の始業式。朝の六時半にアラームが鳴り、あたしは高校の制服に着替えをした。


セーラー襟のブラウスに黄色いリボン、チェックのプリーツスカートを履いて。


そう、あたしはまりんお姉さんが通っていた白浜女学院の生徒になっていた。


永倉まりん 十七歳。

出会った頃のまりんお姉さんと同じ高校二年生。


スクールバックには、あの日にもらったイルカのぬいぐるみのキーホルダーをつけている。


このキーホルダーは、小学生の時からランドセルにつけていて、週末は外してお風呂で優しく手洗いして、ずっと大切にしていた。


いつもまりんお姉さんの事を思い出しながら。


同じ高校に入ったからって、もう一度会えるわけじゃないのは分かっている。


それでもお姉さんが通った白浜女学院に入って、どうしても同じ景色を見てみたかった。


だってあの人は、あたしの初恋の人だから。


階段を降りてリビングに行くと、お母さんが台所であたしのお弁当を作ってくれているので、

「おはよう」と声をかけた。


「おはようまりん。今日から新学期ね」


「あーあ夏休み終わっちゃったよ。そう言えばもみじちゃんと起きれるかな?昨日夏休みの宿題が終わらないって遅くまでバタバタしてたんだよね」


もみじというのは、あの日お母さんのお腹の中にいたあたしの妹で、今は小学校四年生だ。


「全くあの子はいつもギリギリまでやらないんだから。まりんみたいに余裕持って行動出来れば良いのにね」


あたしは嫌な事は先に済ませたい性格で、宿題は計画を立てて早めに終わらせているので、お母さんにはしっかり者のお姉ちゃんに見えるらしい。


あたしはお母さんが用意してくれた朝ごはんのパンとサラダ、目玉焼きを食べていると


「おはよー」


と眠そうにあくびをしながら、ランドセルを背負ったもみじがゆっくりと洗面所に向かった。


「おはよう、もみじ。あんた昨日は遅くまで宿題やってたんだって?ちゃんと終わったの?」


お母さんが聞くと

「一応終わらせたよ。一時までかかったから超寝不足」


「ったく、だからもっと早めに始めれば良かったのに」


だって・・とほっぺを膨らませてふてくされるもみじ。


「まあでも、終わって良かったじゃん」


とあたしがフォローを入れると


「そっ、終わればいいの。だってあたしはギリギリ人間だからさ」


ともみじが親指を立ててグッドポーズをすると、お母さんがハーッとため息をついて少し呆れた表情をして、あたしの方をチラッと見た。


あたしも思わず苦笑いをした。


あたしが通っている白浜女学院は、電車に乗って三つ目の駅から徒歩十五分ぐらいかかる。


通学路の歩道の右側に道路があり、道路の反対側の柵の向こうに海が見えるので、風と共に塩の香りがする。


あたしはこの塩の香りを感じながら歩くのが好きだ。


そしてこの海沿いの道の左側に少し曲がりくねった坂道があって、そこを五分ぐらい上がったところに校門がある。


夏場はこの坂道を登るのが結構キツくて汗だくになってしまう。


あたしの教室は南校舎の三階にある普通科の二年九組だ。


新学期はあちこちで「おはよー」「久しぶり」の声が飛び交い、夏休みに旅行に行った子は友達にお土産を配ったりしている。


「おはよーまりん」


「あんたずいぶん焼けてるね。夏休みまた海行ってたの?」


あたしといつも一緒にいる友達の希望のぞみと花帆が話しかけてきた。


「うん、中学の友達と海でバーベキューもしたし、超楽しかった」


「いいなー」


「今度うちらでもバーベキューやろうよ」

と盛り上がった。


「あ、そろそろ始業式行く時間じゃん」


「校長の長話だるっ」


新学期は体育館に集まり、校長先生の挨拶を聞きに行かないといけない。


「あ、でもさー、田宮一学期で産休入ったじゃん。新しい担任どんな人だろうね」


「若いイケメンがいいなぁ」


「だよねーうちの学校の先生、じじぃばっかじゃん」


希望と花帆がワクワクしながら期待している。


「別に優しい先生なら何でもいいよ」


あたしがサラッと言うと、二人から


「まりんてそういうとこ冷めてるね」

と言われてしまった。


体育館に全校生徒が集まり、予想通りの校長先生の長〜い挨拶に、あたしは何度かあくびを噛み殺していた。


「続きまして新しい先生をご紹介します」


司会の教頭先生の声に、あたしは壇上に上がるスラリとした女性の姿に目を映した。


長いストレートの髪を後ろで一本に結び、シンプルな白のシャツに紺のタイトスカートを履いたその女性教師は、教頭先生からマイクを受け取ると、こちらに顔を向けた。


「あの人が担任?」


「超キレー」


周りが少しざわついた。それもそうだ。その女性教師はスタイルが良いだけでなく、見惚れてしまうぐらいの美人だった。


「みなさんおはようございます。佐々木真凜まりんです」


えっ、まりん?

あたしはびっくりして頭の中が真っ白になってしまった。


「産休の田宮先生に変わりまして、この度二年九組の担任を受け持つ事になりました。担当教科は英語です。よろしくお願いします」


あたしは胸がドキドキと高鳴り、息苦しくなって倒れそうだった。


この感じは、そうだ十年前まりんお姉さんに感じた気持ちと似ている。

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