第2話

「その人カバンにマタニティマークつけてますよ。よく見て下さいね、おじいちゃん」


そのお姉さんは、おじいさんのそばに近づいて、冷ややかに睨みつけた。


お姉さんはスラリとしていておじいさんより少し背が高かったので、少し上から見下ろす感じになった。美人の目力は迫力がある。


おじいさんは顔を真っ赤にして

「いや、だったら最初からそう言えばいいじゃないか、俺はただ・・」


と明らかに動揺しているおじいさんの横を通り過ぎて、お姉さんは座っているお母さんに目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。


お姉さんとあたしの距離も近くなり、お姉さんからはシトラスのような爽やかな香りがした。


「今何ヶ月目ですか?」


「あ、七ヶ月なんです」


「わー楽しみですね」


そしてあたしの方を見て微笑んだ。柔らかく優しい笑顔で目を細めて。


「まだ小さいのにお母さんと赤ちゃんを守ろうとして偉かったね。怖かったでしょ?」


と言った後、おじいさんの方をチラッと冷ややかに見ると、周りの人達が


「そーだよね」「可哀想に」


と言い始めたので、おじいさんはすっかり居心地悪くなってしまった様子で落ち着きが無くなり、


「何なんだお前、人馬鹿にしやがって。全く最近の若いもんは年寄りを敬おうという気持ちもないのか」


とブツブツ言いながら、おじいさんは別の車両の方へ行ってしまった。


「あの、ありがとうございました。助かりました」


お母さんがお姉さんに頭を下げた。


「いえいえ、なんか見てられなくてつい出しゃばっちゃって」


照れ臭そうにお姉さんが、頭に手を当ててクシャッと笑った。


するとお母さんが、何故かお姉さんのスクールバックをじっと見つめて言った。


「あの、もしかしてあなたの名前って『まりん』ですか? バッグについてるイルカのキーホルダーに名前が」


えっまりん?

「ああ、これですか?はい、まりんです」


お姉さんはスクールバッグについているイルカのキーホルダーをお母さんに見せた。


貝殻の形のレジンと小型の水色のイルカのぬいぐるみがチェーンでひとまとめになっている可愛いキーホルダーだった。


レジンには小さく英語で『Marin』の文字が彫ってあった。


あたしは当時英語は大文字しか分からなかったから、小文字は読めなかったけど。


「わぁ奇遇ですね。実はうちの子もまりんって言うんです」


「えっそうなんですか?」

何だか妙に照れ臭くて嬉しかった。あたしも自分の名前気に入ってるし、こんな素敵なお姉さんと同じ名前だなんて。


するとまりんお姉さんは、スクールバッグからイルカのキーホルダーを外して「はい」とそれをあたしの手に渡して軽く握らせてくれた。


あたしはポカーンとお姉さんを見つめた。


「これあげる」


「いいの?」


「うん、勇敢なまりんちゃんにまりんお姉さんからプレゼント」


「ありがとう!まりんお姉さん」


あたしは超嬉しくてイルカのキーホルダーをギュッと抱きしめた。


心臓の音がドキドキと高鳴っているのを感じる。何だろう、少し息苦しくて胸がザワザワとした。



それからあたしとお母さんは、まりんお姉さんと沢山話をした。


まりんお姉さんは白浜女学院のニ年生で、今は十七歳。


あたしより十歳歳上だという事。あたしと同じ夏生まれで『まりん』と名付けられたけど、六月の梅雨生まれだという事。


楽しくて楽しくて最寄り駅まであっという間だった。


「じゃあ私達はここで降りますので、本当にありがとうございました」

お母さんが頭を下げた。


「いえ、元気な赤ちゃん産んで下さい」


そして中腰になってあたしに微笑んで言った。


「バイバイまりんちゃん」


「まりんお姉さんバイバイ」


あたしは電車を降りてからも、まりんお姉さんが見えなくなるまで手を振り続けた。

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