僕と×××。と香織の物語「特別編 林間学校からはじまる×××。」

なお。

「あんたは私とおんなじ班にしといてあげたでな。感謝しぃや」


 僕は彼女の言葉に「それは、どうも。ありがとう」と素っ気ない返事をする。

 彼女は満足気な表情を浮かべると同じ班の女子たちと楽しそうに会話を始めた。

 僕はとある高校に通う男子高校生だ。さっき僕に話しかけてきたポニーテールの美少女は幼馴染の香織。

 家が向かい同士で幼少の頃からずっと一緒に育ってきた。まぁ、簡単に言うと腐れ縁てやつだ。

 今は、来月にある林間学校の班決めや当日の役割分担を決めているところだ。僕はいつの間にやら香織の班に加えられていたみたいだが、決まってしまったものは仕方がない。

 彼女が無茶をしないように近くで監視出来ると考えれば良いと思うことにした。


「あんた、さっきからぼーっとしてるけどちゃんと話聞いてるか?」


「ん? 聞いてるで。役割分担やろ?」


「おぉ、聞いてるやん。何も言わんで聞いてないんかと思たやんか。で、何がえぇの?」


 僕は腕を組み同じ班のメンバーの顔を眺める。女子が三人、男子が二人。女性は香織と石川早希、髙橋奈美。男子は山田太郎と草野衛だ。

 僕と香織を除く四人は体育会系の部活に所属している。彼らの身体はしっかり鍛えられており体力がありそうだ。力仕事は山田と草野に任せよう。


「………、料理かな」


「料理!」


 皆の視線が一斉に僕の顔に向く。どの顔もにこやかだ。ちらりと除いた希望を取っている紙にも料理希望者はいなかったのは確認済みだ。


「料理できるん? ホンマにえぇの?」


「林間学校で作る物くらいならなんとかなると思うんやけどなぁ」


「それは助かるわー。うち、包丁握ったこともほとんどないでなぁ」


 髙橋さんがそう言う隣で石川さんがとても喜んでいるのが見てとれる。山田と草野が「料理はなぁ…」と後頭部をポリポリ掻いているところをみると、彼らも同じということだろう。


「ほな、料理はあんたに任せるで。テントの設営は山田くんと草野くんがメインでお願い。女子たちはサポートてとこかな?」


「それでえぇと思うわ。じゃあ、わたしと奈美はテントサポートするし、香織は料理サポートな」


「え? なんで私だけ女子ひとりなんよー!」


「いやいや、あんたら幼馴染なんやから息ピッタリっしょ。二人の方が捗るって」


 香織はどぎまぎしているようにも見える。そんな彼女に髙橋さんが追い討ちをかける。


「それにテントは力仕事やで。香織って体力大丈夫?」


「う…。わかりました、それでお願いします…」


 香織は髙橋さんの言葉に項垂れため息をついた。しかし、すぐに気持ちを切り替え笑顔に戻る。その天性の明るさが彼女の良いところだ。


「しゃーないな、手伝ったるさかいに美味しいの作ってな!」


 僕は「いや、お前も作るんやで」という言葉を呑み込み「はいよー」と答えた。


 ◇


 あの班決めから二週間後の早朝。天候は曇り。晴れているがところどころに雲が見えるので曇りといったところだろう。僕たちは高校がある同県内の○○山の麓にいた。

 ここは、毎年僕たちの所属する高校が林間学校に使う定番の山だ。標高2000メートル程のこの山の中腹にキャンプが出来る場所があり、正午到着を目指して登るのだ。


「眠い…」


 僕は朝が苦手だ。瞼が重い。口を半開きにして「はぁーーー」と長いやる気のない息を漏らす。 

 その瞬間、「スパーン」という軽快な音と共に後頭部に衝撃が走る。僕はその衝撃で前につんのめった。


「何をしけたつらしてんねん。今から山登るんやで。シャキッとしぃ、シャキッと!」


 後ろから早朝とは思えない香織の快活な声が聞こえる。僕は頭を押さえながらゆっくりと振り返る。


「早朝やで…、そんなシャキッと出来るかいな」


「何を言うてんねん。そんなぼーっとしてんのあんただけやで? 見てみぃな」


 僕はそう言われ同じ班の面々を順に見る。石川さん、髙橋さん、山田、草野…。確かに皆シャキッとしている。

 だが、それもそのはず。彼らは普段から朝練をしているのでこの時間から活動するのは慣れっこなのだ。

 正直、そんな彼らと同じように扱われても困る…。しかし、僕はそんな言い訳は香織には通じないと長年の経験で良く理解していたので反論はやめておく。


「皆んな…、すげぇな…」


 彼らは口々に「いや、普通やで。いつも通り、いつも通り」と言った。僕はそれに対し「いや、それはそうやろうね」と心の中で応えるに留める。

 そんなやり取りをしているうちに出発の時間を迎える。集団の先頭が山へ向かって進み出した。次々と山へ入っていく高校生たち。


「これ、上から見たら蟻がぞろぞろ歩いてるみたいに見えるんかなぁ…」


「かもしれんなぁ。でも、その例えは女子受けしなさそうやで」


 僕は山田の言葉にハッとして後ろを振り返る。そこには眉を顰める香織の姿があった。


 うわー、ヤバい顔しとる。

 これはしばかれる前に移動した方が良さそうやな…。


 香織が一歩前に踏み出すのが見えたので、僕は急いで前に歩き出す。

 僕は「さぁ、僕らも進もうや!」と言い山田と草野を急かしてその場から逃げ出した。


 道中は特に変わったこともなく、高校生たちは景色を見ながら登山を楽しんだ。

 僕と香織は違ったが…。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…」


「香織…、大丈夫か?」


「なんとかな…。あんたは…?」


「右に同じや…。ほい、水飲みぃ」


 僕はそう言い香織に水の入ったペットボトルを差し出す。彼女は「ありがと…」と言いそれを受け取ると水をゴクゴクと喉に流し込んでいく。


「ぷはぁー! 生き返るー!」


 それを見て「そんな大袈裟な」と笑う僕と「いや、ホンマに生き返ったで」と微笑む香織。そこへ道の先から石川さんの声がする。


「香織ー、生き返ったならイチャついてんと早よきぃーやー」


「いや、何言うてんの! 別にイチャついてへんで!」


 香織はすっと立ち上がるとスタスタと歩き出す。先程までとは大違いだ。彼女は少し進んだところで振り返り「ほら、行くで。あんたも早よぉ」と言い手招きする。僕は「はいはい」と苦笑し小走りで彼女の後を追った。


 ◇


 午前10時を過ぎた頃、目的地までの中間地点あたりの休憩場所。ここには、木陰で休めるベンチや湧水を飲める水飲場があり登山者たちの定番の休憩地点だ。

 僕と香織が休憩地点に到着する頃にはほとんどの学生が木陰で休息をとっていた。奥の登山道を見ると出発しようかという班の姿もある。


「香織たち、こっちこっちー!」


 石川さんの呼ぶ声が聞こえる。僕と香織は声の主を探す。辺りをぐるりと見渡すとベンチが並ぶ場所からは少し外れた樹々の生い茂る場所に僕たちの班は集まって座っているのが見えた。

 僕と香織が遅過ぎてベンチが空いていなかったのだろう。


「ごめんー! ベンチなくなってもたか…」


「かまへんよ。ここも十分涼しいしね」


 皆は笑顔で僕たちを迎えてくれた。持つべきものは優しいクラスメートたちだ。

 僕たちは木陰に座り休息をとる。僕たちはだらしない体勢でそよ風を浴びる。香織は僕の後ろで髙橋さんに脚をマッサージしてもらっている。

 髙橋さんは慣れた手つきで脚を揉んでいく。そんな彼女の短い髪がそよ風でふわっと靡く。

 香織のマッサージが終わると僕たちは再出発することにした。あまりゆっくりし過ぎるとお昼までに到着出来なくなってしまうと全員がわかっていた。


「奈美ちゃん、ありがと! ほんで、皆お待たせ。さぁ、出発しよか!」


 香織の言葉で僕たちは立ち上がり登山道へ向かって歩き出した。木陰から出てベンチの並ぶ場所の横を通り過ぎる。

 そこで、前方に担任の岡田先生が立っているのが見えた。


「おぉ、お前らで最後やで。頑張っていこや」


「はい。で、先生はここで何してるん?」


「そら、生徒全員がちゃんといるかの確認や。それと、今年だけ注意せなあかんことがあるみたいやで、その説明や」


「注意せなあかんこと?」


「そうなんや。先月の大雨でこっから少し先のとこにある祠がちょっと壊れてもたんやて。そんで、触ったりすると全壊するかもしれんで注意して欲しいんやって」


「えぇ、何それ。めちゃ危ないやん」


「そうなんよ。まぁ、祠言うてもめちゃくちゃ小さいやつでな。崩れたからいうて下敷きになるようなもんではないんやけどな」


「そうなんや。じゃあ、安心やな」


「おう。でも、絶対触るなよ。近寄るのもあかんでな。絶対やで! まぁ、わしも今から一緒に行くけどな」


 そう言い岡田先生はにかっと歯を出して笑った。そして、僕たちの後ろに陣取ると出発の号令を出した。

 僕たちは苦笑いしつつ、仕方なく岡田先生と共に出発した。


 ◇


 休憩地点から少し進むと岡田先生の話の通り、例の祠が見えてきた。それは本当に小さなもので高さも1メートルあるくらいのものだった。

 石で組まれた土台の上に木で組まれた社。屋根は赤色で、社にはしめ縄が張られており、一つの岩が中央に安置されているのが見える。

 何かを封じているかのような雰囲気がある。


「これやこれや。お前ら見てみぃ、あの右の屋根の辺りから下の壁の方に亀裂が入っとるやろ? あれのことを言うててん」


「確かに壊れとるな。近寄らん方が良さそうやで」


 岡田先生と石川さんがそんな会話をしているにも関わらず、山田が「ふうーん」と言いながら祠に近づき上から屋根を眺める。

 その瞬間、突然僕の身体を警報が走り抜ける。ビリッとしたかと思うと背中に悪寒が走った。


「山田、あかん!」


「え?」


 僕がそう言ったときにはもう遅かった。山田の目の前で社の屋根が割れてそのまま本体は左右に崩れ落ち、しめ縄が「ブチっ」と音を立てて千切れた。「うわっ」と驚き飛びずさる山田。


「俺、何もしてへんで!」


「わかってる。先生も見てたで安心しぃ」


 岡田先生の言葉に胸を撫でおろす山田。岡田先生は社を確認し「限界やったんやろな。不可抗力や」とだけ言って話を終わらせた。

 皆んなはホッと一息つくと登山道に向かって歩き出した。未だその場に立ち止まる僕を心配した香織が戻ってくる。


「どうしたん? 皆行ってまうで。何かあったんか?」


「……。いや…、何でもない。さぁ、行こうや。皆に早く追いつこ」


 僕は香織にそう言うと彼女の手を取り急いで登山道に戻り目的地に向かって歩き出した。彼女は歩いている間ずっと怪訝な表情をしていたが僕を問い詰めることはなかった。

 実は、この時の僕は嫌な感覚に襲われていた。しめ縄が千切れたときに黒い靄が立ち昇るのが見えた。それはすぐに消えたのだが、嫌な予感は消えなかったのだ。

 だが、香織に無駄な心配はかけたくなかったので黙っていた。


 しかし、この時の僕にはその判断が僕たちを後悔させることになるとは知る由もなかった。

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