偶然の邂逅

 崖から落ちてしまったエルクリッドは、川に流されていた。意識は戻らず沈みかけたその時、重々しい石の翼を広げて低空飛行したそれが腕を掴んで引き上げ、そのまま岸へと運ぶと彼は傷の状態を確認しカードを引き抜く。


「スペル発動ヒーリング」


 淡い光がエルクリッドを包み、やがて咳き込みながら意識を取り戻し目に光が戻りながら開くと、真っ先に映ったその人物の、仇敵バエルの姿に一瞬で覚醒するもすぐに動けず、そのまま寝かされる。


「あんたに……助けられる、なんて……」


「スペル発動リジェネレーション。もう少しじっとしていろ、あと服も着替えろ」


 敵対心を見せるエルクリッドにさらなるスペルを使い、やがてガーゴイルのサターンが何処からか拾ってきた長い木を突き立てて布を使い簡易的な天幕を作ってエルクリッドを隠し、すっと替えの服も差し入れる。


 今は戦いの時ではないということなのか、ひとまずバエルのスペルのおかげで節々の痛みや傷がなくなってきたのを感じてエルクリッドは濡れた服を脱ぎ、差し入れられた服を広げ目を通す。


(ちょっと小さいかなー……背高いとこーゆー時困る)


 高身長である事を自嘲しつつもエルクリッドは青系の服に袖を通し、ひとまず肩幅はあったが腹が露出してしまい、履いたズボンも裾が短く膝上くらいであり、靴は大きさは合うがバエルが履いてるものと同じと気づく。


 カード入れの方は帯革が濡れた程度で中は無事、抜きかけてたカードも喪失してないのを確認しつつゴーグルを頭につけて警戒しつつひょこっと顔を覗かせ、石を集めかまどを作り火を炊いて座っているバエルの姿を捉えた。


「服、ありがと。ちょっと小さいけど」


「……さっさと服を乾かせ」


 天幕から出てお礼を述べるエルクリッドにバエルが返すと、すっとエルクリッドの隣からサターンが濡れた服を受け取り、丁寧に水を絞りしわにならぬよう広げながら枯れ木を紐で結ぶ枠を通し、いつの間にか組まれていた物干し竿へと吊るす。


 戦いの時と異なり紳士的で執事のようなサターンの様子にエルクリッドは少し困惑しつつも頭を下げ、ゆっくりかまどの方へ近寄りバエルと向き合うように座る。


(うー……気まずい……)


 この前激闘を繰り広げたばかりでこんな形で会うとは思っても見ず、しかも助けられたというのは何とも言えない心地となり、エルクリッドが俯いているとお腹の音が鳴ってしまい、ハッと赤面しながら顔を上げるとサターンが串に通された焼けた肉を差し出す。


「あ、ありがと……えと、何の肉?」


「火炎猪の肉だ。少し固くて臭いのクセはあるが、ここらでは仕留めやすいし数も多いから食糧になる」


 仇敵を前にして食事をするというのは気が引けるがエルクリッドは肉をかじり、バエルの言うように少し硬いものの噛み切って咀嚼し、ふと肉がしっかり味付けされていることに気がつく。


「この味付け……タラゼドさんと同じ……」


「世話になった時に料理は教えてもらった」


「……そうなんだ」


 エルクリッドに答えながらバエルも焼けた串肉をとって食べ始め、しばらく食事の沈黙が続く。


 強さを求める苛烈さが今はなく、エルクリッドは戸惑いながらも串肉を五本も食べ、食後の飲み物としてサターンから水筒を受け取り甘みのある飲み物に疲れが癒やされる。


(ここまで親切にされると……なんか、変になりそう)


 薪を追加するバエルからは苛烈さは感じられない。一介のリスナーが一人旅をする姿でたまたま見つけた怪我人を介抱している、そんな当たり前の姿にエルクリッドは彼へ懐いていた見方が壊された気がした。


 いや、何も知らなすぎたというのが正解なのだろうと思い、エルクリッドはこれまでで彼を知るタラゼドはもちろん、師クロスや十二星召の面々との対話でもその側面を見てきたと改めて感じ、かまどの火を見つめながら心の整理をしていく。


「どうして、強さを求めるの?」


 ふと浮かぶ言葉が自然に出てしまい、すぐにエルクリッドはやってしまったと思いつつも、バエルが普段のように敵意を向けカードで示せといった事がないのに少し驚きつつ、周囲に目配りし警戒しつつ彼は語り始める。強さを求める理由を。


熒惑けいこくの星は戦いの星、火の象徴……闘争を求め、百戦錬磨の極みを目指し続ける。生きてる限り俺は強くならなければならない、先だった者達の分も、守れなかった者達の分も」


 弱き者に辛辣なバエルが答えてくれる意味以上に、エルクリッドは彼が自分と同じと気が付かせられた。彼もまた亡き者達の思いを背負っている、自分が親友達の思いを背負い前へ進むように。


 さらに話しかけようとした時、上空を飛ぶビショップオウルの姿をバエルは捉えて立ち上がり、サターンをカードへと戻すとエルクリッドに目を向ける。


「お前の仲間が見つけたようだな。この拠点はそのまま使え、俺はもう行く」


「待って、あたしはまだ……」


 普段と同じ様子に戻ったバエルが去ろうとしたのにエルクリッドが立ち上がって止めようとするも、力強く足を止めたバエルがいつもの口上を告げる。


「言いたい事はカードで示せ、リスナーならばそれが礼儀というものだ。もっとも、今のお前と戦う意味はない」


 エルクリッドは、彼のその言葉が自分自身にも向けられているものと感じ立ち去る姿を見送る。今まで憎らしいくらいに強く高いその背中の火竜の星座が、バエルというリスナーの呪縛にも見えたから。


 そして何より、エルクリッドはバエルがこれまで示してきた言葉が、自分と同じようになるなと忠告していたのではと思えて、強さを求め続ける彼がぼろぼろになろうと進み続けてると感じられて、心が痛くなった。


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