法の使者ーSistarー

一人で思う

 法、掟、縛りをする事でより良い方へと導くためのもの。


 そこに心宿れば誤りとなる。そこに邪が入れば傀儡となる。


 絶対的に守られねばならぬもの。


 絶対的に中立であらねばならぬもの。


 それを担う者は心を殺し裁きを下す。例えそれが望まぬ答えであろうと、なかろうと。



ーー


 熱した金属を打つ音が響き、賢者ヒガネの工房の熱気もよりいっそう強くなる。

 現在進められているのはエルクリッド達のアセスの武器防具の鍛え直し。使い込まれ傷みを増した武器防具が打ち直され、研ぎ直され、その作業を少し離れてノヴァは見学し隣に寄り添うのは黄金の風を纏う幽体の女性だ。


 ちらちらとノヴァが見ているのに気づく女性は物珍しいですか? と声をかけ、思わず跳ねて驚く彼女に微笑みつつ触れられぬとわかってても頭を撫でてやる。


「壊れない限りは鎧を脱いで素顔を晒す事もなかったですからね。ですが私は剣を振るうしか取り柄のない女、見てても面白くはありませんよ」


「そんな事はないですよスパーダさん。とても、綺麗、だなって」


「ふふっ、お上手ですね」


 穏やかに微笑む幽体の女性はエルクリッドのアセスであるスパーダ。本来なら鎧を媒体とし実体を成している彼女だが、賢者ヒガネの秘術により一時的に分離し身体を維持できていた。


 そんなヒガネは奥の方で魔槍オーディンの刃を柄から外す作業を進め、微かな刃こぼれも見逃さぬよう真剣な眼差しで確認作業をし一人奥の部屋へと消えていく。

 作業としてはディオンの魔槍はヒガネが受け持ち、それ以外は彼の弟子でも特に腕の立つ者たちが指示を受けて作業をしている。最初の見立て通り一週間で全ての作業が完了するとわかり、今は作業が始まってから四日目である。


 その間は工房の部屋を借りて宿として過ごし、各々それぞれの時間を過ごしノヴァはスパーダが作業を見ておきたいというのに付き添った形だ。


「そういえば、エルクさんは一緒ではないんですね? 近くとは思いますが」


 リスナーから一定以上離れない限りはアセスは自由に動くことができ、アセスのいる位置から割り出す事もできる。きょろきょろと辺りを見回し始めるノヴァにスパーダは心配いりませんよと声をかけ、工房の作業を見つめながら静かに言葉を選び続けた。


「少しだけ、休んでいるだけですよ」


 アセスを召喚してる状態で休んでると言えるのか? という疑問はノヴァの頭に浮かぶも、何となくそれは聞いてはならない気がして再び工房の作業風景を眺める事にした。



ーー


 エルクリッドは一人畳の部屋にて大の字に寝て天井を見続けていた。直前にタラゼドが言い難そうに伝えてくれた、自身の処遇についての話を振り返りながら。


(まぁ、仕方ないよね)


 その話を聞いてもすんなり受け入れられたのは、自分でも自分の秘めたものに恐ろしさを知っているから。またいつ何かの拍子で現れ、仲間を傷つけるとも限らない。


 また話の中では監視下に置く、とはしながらも拘束という言葉はなかった事から知らぬ事実がわかるならばと思えたのもある。

 旅ができなくなるかどうかはまだわからない、明日の事は見えない。頭につけたゴーグルを外して見つめ、レンズに映る自分の憂鬱そうな顔を見てため息をつく。


「また失くすのは、嫌だな……」


 ぽつりと漏れた本音を隠すようにゴーグルを抱くように持ち、深く息を吐いてそのまま目を閉じる。


 大切なものを失う道を歩んで来た。母や育った場所、友や恩師も失って、今また仲間を失うのかと思うと少しだけ怖くなってしまう。


(あんな思いは、もう嫌……いや……)


 悲痛な思いはエルクリッドと繋がるアセス達にも届く。しかし、答えを返してやる事はできない。

 共にいるからわかる思いがある、近すぎるから言っていいのか戸惑う。


 ふと、エルクリッドは目を開いて体を起こし辺りを見回す。一瞬、何かが寄り添うような感じがして、だがそれは自分のアセスのような、しかし違うような不思議な感覚だったから。


(どうかしましたかエルクリッド?)


(うぅん、なんでもない。ちょっと疲れてるのかな?)


 問いかけてくるセレッタに答えつつ再びエルクリッドは身体を横にし、もうしばらくこのままでいようと思い目を閉じるのだった。


 

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