団子をつまみながら

 見たこともない街並みを進み、やがて金属を打つ音と熱気が響くヒガネの工房へエルクリッド達は到着し、暖簾と呼ばれる布の日除けをくぐって中へと進む。


「おーい、手ぇ空いてる奴いたら砂漠の方にあるギニクジラの骨運んどいてくれい」


 玄関の隣の仕事場へそう声を飛ばし、威勢のいい返事を受けたヒガネが草履を脱いで先に上がり、エルクリッド達は土足で上がりかけるもタラゼドが軽く咳払いをし制止をかけた。


「サラマンカは基本土足厳禁ですよ」


「あ、そうなんですね」


 水の国アンディーナや地の国ナームは一部を除けば靴のままで良いが、火の国サラマンカは事情が違うらしい。


 文化の違いを感じつつ靴を脱いでエルクリッド達も廊下の先で待っているヒガネの所へ急ぎ、木の枠に紙を張った障子という戸を開けて部屋へと進む。

 部屋もまたこれまでとは異なるもの。畳と呼ばれる床材を敷いた釘を使わぬ伝統建築のそこは自然と心が落ち着き、ふと、既に部屋に先客がいてお膳の上に乗る皿にある白玉を串で連ねて黒っぽいものをつけた菓子を食べていた。


「あ、君達は確かコハクの街で」


「イスカさん!?」


 一人くつろぐように菓子を食べるのは地の国ナームのコハクの街で手助けをしてくれた十二星召が一人イスカ・アゲハであった。

 驚くエルクリッド達を特別気にせず片手で指先から糸を出し、隣の部屋からゆっくり歩いてくる着物を着た人形が膳を運んで並べていき、それに合わせて敷かれる座布団と呼ばれるものが置かれていく。


「おいイスカ、くつろぎすぎじゃあねぇのか?」


「団子食うのに外だと目立つから。あぁ、君達も団子食べな、美味しいから」


 イスカの操る人形が丁寧に席を作り置かれていくのは団子と呼ばれるものだ。サラマンカで一般的なもので雑穀を使い練って丸め、様々なものをかけて食べるものだとエルクリッドらは記憶している。

 初めて見る食べ物から香る仄かな甘みは食欲をそそり、エルクリッドは琥珀色の液体が乗るそれを口にしもぐもぐと食し、目を大きくして更に食べ進めていく。


「何これめちゃくちゃ美味しいじゃないですか!」


「良いお店のだからね。気に入ってもらえたなら何よりだよ」


 エルクリッドに釣られる形でシェダ達もそれぞれの団子を口にして味わいを楽しみ、イスカが人形を操ってさらに湯呑み茶碗にお茶を入れ始めたところでヒガネが話を切り出す。


「さぁて話をする前に、だ……兄ちゃん、ディオンを出しな」


「わかりました。ディオン」


 促されたシェダがカードを引き抜きディオンを召喚すると、ディオンは足がつく前に魔槍を棒代わりに部屋の外の方へ跳び、中庭に降り立つとわざわざ足の鎧を脱ぎ始めそれにはヒガネも律儀だなと述べ、改めてやってきて魔槍を前に出して座るディオンと対面する。


「賢者ヒガネ殿、魔槍オーディンをいかようにするおつもりか?」


 ディオンの問いにヒガネはすぐに答えず魔槍を端から端まで見つめ、なるほどなと一人何かを納得してから改めてディオンと目を合わせ、彼のまとう鎧の微かな傷等も見逃さずに見抜きつつ本題を話す。


「魔槍もかなりくたびれている。お前さんの鎧もな……仲間のアセスで同じように武器鎧つけてるやつがいるなら責任もって鍛え直してやれるが、どうだ?」


「提案はありがたいのですが、魔槍には……」


「呪いの事は心配いらねぇ。解呪とまではいかずとも、お前さんの精神力が完全に勝って抑え込めてるからな」


 ヒガネの提示したのはアセスの武器防具の鍛え直しについてだ。ディオンは魔槍オーディンの呪いの事に触れるもヒガネは問題とはしていない様子であった。

 通常、アセスが元々身につけ装備している武器等は特殊な方法でなければ切り離せず、またエルクリッドは鎧を媒体として実体を維持する自身のアセス幽霊騎士スペクターナイトのスパーダの場合はどうなのかなど、話を聞いて疑問を浮かべつつもヒガネの話に耳を傾け続ける。


「実を言うとな、イスカの奴からタラゼドが面白いリスナーといるってのは聞いててな。それなら手を貸さねぇ事もねぇなと思ってたんだ、で、実際こうして見るとなるほど確かにいいリスナー達だなと思ってな、身体付きのきいねーちゃん達もいるしな」


 さらりとスケベな面を覗かせつつもヒガネが好意的というのは伝わり、彼の力でアセスが強くなる可能性は大いにある。

 とはいえ、無条件というわけではないのも察しがつき、それにはお茶を飲むイスカが湯呑み茶碗を膳に置きつつ切り出す。


「条件、というよりもこれはわえの希望だけど、調整し直した人形を試したいから手伝ってほしい。腕の立つリスナーってのはわかってるから」


「それは構わねぇっすけど……そんなでいいんすか?」


「ここに来る前にカラードと会って派手にやりあったって聞いた。だからわえも実際手合わせしてみたくなった」


 淡々と話すイスカは人形のようにも感じられたが、その胸に秘めたものは先日相対し戦った十二星召カラードと同じ熱意があるのが伝わってくる。


 コハクの街で助けられた恩返しと思えば手合わせの申し出はありがたい話ではある。同時にタラゼドは火の夢の件を思い返し、彼が単に戦う以外の目的もあるのではと少し考えるが、わかりましたとシェダが代表して快諾の返答をしエルクリッド達も小さく頷き話が進む事に苦笑いするしかなかった。


(全くこの人達は……)


 半ば呆れ気味のタラゼドを見て察したのかヒガネもよしと言って立ち上がり、一人廊下の方へと出て行きエルクリッドらの視線を集める。


「やるんなら工房の裏を使いな。儂はお前さんらの持ってきた骨が運び込まれるのをちと見てくる、イスカ後は頼むわ」


「ゆっくりでいいよ、即興劇みたいにはいかない相手だから良い感じに盛り上がるとこで合わせるよ」


 仕事へ一度戻ったヒガネに答えながらイスカがゆらりと立ち上がって操っていた人形をカードへ戻し、エルクリッドらを見てついて来てと戦いの場へと誘う。

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