星彩の召喚札師Ⅴ
くいんもわ
暗闇に蠢く
彼は数多の知識を得た。数多の発明をした。数多の実験を繰り返し、数多の生命を作り破壊し、数多の業を背負う事も厭わない。
突き動かすは好奇心、まだ見ぬ答え、予想できぬ答え、不確定要素、混沌。己の利益にならなくても良い、己の予測を越えたものに辿り着けば良い。
その為ならば禁忌に土足で踏み込む。その為ならば悪逆無道にも踏み込む。全ては好奇心によるもの、まだ見ぬもののため、己の理解及ばぬものを得るため、感じるため、それが全て。
ーー
暗闇にぼうっと光が灯る中で大きな硝子の容器から管を通って養液が排水され、ゆっくりと容器が上へと開くと中から出てきた裸の男は首筋を触り、舌打ちしつつ目の前に置かれた湯衣で身体を拭きつつ、静かにやって来る黒衣の人物の気配を察知し目を向ける。
「完治まで十日……トリスタン、気分は?」
「最悪だ。半分寝てたみてぇな感じで苛々したぜ……だが、おかげで死なずに済んだのは間違いねぇ」
裸の男トリスタンは手早く身体を拭くと服を着始め、ふむ、と黒衣の人物は顎に手を当てながら思案し始め、そこへさらに背の高い黒の鎧纏う険しい顔つきの男がやって来た。
「怪我は完治したようだなトリスタン。だがまさか深手を負って戻ってくるとはな……」
「旦那こそオハムの奴を捕まえるとか言っときながら動かなかったじゃねぇか」
「お前が派手にやってくれたおかげで警戒が強くなったのはある。蹴散らすのは容易いが、表向き行方不明のままである今は生存確認されるのはまだ避けたい」
舌打ちしつつトリスタンは旦那と呼ぶ依頼主に返し着替えを終え、念入りに白黒斑の長い髪を拭きつつ黒衣の人物の方へ話しかける。
「んで、ネビュラの方はどうなんだ? 火の夢のなんかは研究は進んでるのかよ」
「滞りなく。ただ資材不足で調達が必要」
黒衣の人物ネビュラは一切感情を見せずに淡々と話し、彼の言葉を受けた鎧の男は鋭くトリスタンを睨む。
「お前がコハクで派手にやってくれたのと、アイゼンの街で
「アイゼンの方は知らねぇよ。だがコハクの方は横槍さえなきゃ……」
「理由が何であれ負けたのは事実だ」
男の指摘にトリスタンは言葉を返せなくなり、カード入れに手をかけようとするも既に男の方が抜き終えているのを察し舌打ちする。
特にそのやり取りを気にせずにネビュラはトリスタンが入っていた容器の管や硝子のそれに触れて何かを確かめ、我が道を行くかのような彼の動きにはトリスタンと男の間にあった緊張感が緩み、男は呆れ気味にネビュラの方へ意識を向け口を開く。
「ネビュラよ。研究熱心なのはいいがもう少し組織運営というものを……」
「君に任せてるから問題はない。だがカードを売れなくなるのは困った事か……そうか、困るとはそういうことなのか」
淡々としながらも一人何かを納得するようなネビュラの様子には男もどう反応すればいいかわからず、それにはトリスタンも帽子を被りながら同情するように苦笑してみせた。
長きに渡り叡智を求め広げ禁忌に手を出し、飽くなき探究心を持ちながらもそこに善悪はない。あるのは底無しで純粋無垢なる好奇心、それがネビュラという存在と理解してても鎧の男には戸惑う事は多い。
(善悪を超越した思いか……故に手を貸すのだが、慣れんな)
天才の領域は凡人には理解ができぬというのを再認識しつつ、男は少し考え今後の方針についてネビュラとトリスタンに提案する。
「密造カードの方はもう一度カードを生産し、それが完了次第工場を畳む。生産したものは流通させずこちらの補充に充て、戦力を温存する」
「ってことは資金やらは略奪か?」
「資金に関しては万一の為に換金できる品を用意してある、それを裏で流せば資材共々集めるのに目立たずに済むが、そうでないものは奪う必要はあるな」
「……だそうだ。必要なもんを依頼主様はまとめてくださると助かるぜ」
トリスタンに言われたネビュラは既にその場におらず、一人奥の方で手早く何かを書いて早足で戻ると必要なものと言って鎧の男に紙を渡す。
「手間取るのはエルフの血か……それ以外は問題ないが、他に何かあるか?」
「自分はない。トリスタンは?」
真顔で答えたネビュラはトリスタンへと話を繋げ、少し唸って考え思い出すようにその話に触れる。
「例のエルクリッドってやつはどうする? オレ様としちゃあいつらはぶっ殺したくて仕方ないんだが」
「彼女は殺さずに確保。それは絶対」
「本業殺し屋のオレ様としちゃやられっぱなしは……」
「発動、リスナーチェーン」
トリスタンが答えかけた刹那、ネビュラが懐からカードを抜き次の瞬間に漆黒の鎖がトリスタンの身体と首に巻き付き、そのまま締め上げ始める。
突然のカード使用にはトリスタンも鎧の男も驚きつつ、しかしそれ以上に真顔のネビュラが向ける光のない眼差しが向ける明確な感情が全身を刺し貫き、呼応するように鎖もまた締めつけを強くし食い込んでいく。
「彼女は殺さない事、生きて連れてくること。傷つけるのもなるべくしないこと」
「わ、わかった!」
苦しみの中で答えたトリスタンに対しネビュラはカードを手の中で握り潰すと鎖が消え、すぐに咳き込みながらトリスタンは膝をつき呼吸を整え直す。
感情を表に出すことのないネビュラの行動には鎧の男も目を見開くしかなく、トリスタンも帽子を深く被りながら改めて問いかける。
「生け捕りの理由、ってーのは聞かせてくれねぇのか? 無理には答えなくてもいいが……」
「研究の為に」
即答するネビュラは黒衣をなびかせながらトリスタンを見下ろし、それから天井に目を向け手を伸ばしながら明かす。
「この世界に生まれ五百年と三ヶ月二十七日間、その間に生命が終わる前にホムンクルスへの魂魄転送を繰り返したけれど、それにも限度があって永遠ではなく今の身体が最後。そんな折にそれまでの生きた歴史よりも濃縮された未体験領域に入り込めて、今、さらにその奥にあるものに届きそうなんだ……エルクリッドはその為に必要、最後の場所に辿り着いて、そして消えたい」
わかる事とわからない事がある。だが、トリスタンはネビュラが目指すものが突拍子もなく、しかし彼は本気でそれを成し遂げようとしてると悟り帽子のつばを下げた。
「あんたの言葉わかんねぇが……エルクリッドの件は了解した。ヤーロンにも言っておくよ」
「頼むよ。あと少しでわかるものがある……あと、少し……」
暗闇で蠢く者共の目指すものにエルクリッドはいる。当の本人は知る由もなく、明るい空の下で仲間達と共に明日を目指す。
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