【連載中】転生少女は、棺からはじまる。~わたし、救世主になりました~

海月くらげ

序章

目が覚めた。夢を、彼女は見ていた。


長く、途方もなく長い夢であった。自分の黒く長い髪が、春風の香りに乗って靡いているのを、余所事のように見ていた。桜の花が雪のように舞う。薄紫の夜明け。それこそがまるで夢のような灯火の下、彼女はそこに立っていた。


銀色とも灰色とも呼べる建物が行儀良く並ぶ、そこは見慣れた街並み。彼女はそれらが疎ましくもあり、好ましくもあった。何故ならそれらはあまりに高く、巨大であって、ちっぽけなただの少女を見下ろして何も言ってはくれない。なにかを示すことも、包むこともなく、ただそこにあった。

だがそこには無数の人がいて、無数の使命と共にあることを、拙いながらに理解していた。そこに住まう人々の暮らしがあることを、少女は知っていた。交わることがなくとも、目が合うことも話すこともなくとも、そこにいる無数の誰かは間違いなく自分の人生の一部であることを、少女はどこかで気付いていた。

でもそれだけだ。遥か聳える無数のそれらと、そこに居る誰でもない誰か。そしてここにいる自分は何者でもなく、そしてそれらは交差しないことを知っていた。



花が散る。


祝福の雨のようで、歓待の拍手のような、風と花の合間、少女は確かに光を見た。


手を伸ばす。


そこにいる「だれか」。名も知らぬ、顔も見えない、声も届かない「だれか」。

己と同じくひとりきりでそこにいる、そのひとに向かって手を伸ばす。


唇が自然となにかを紡いだ。それを知る術はなく、けれどそうするしかほかになかった。ただ仕様もなく、恋しく、眩しい光。


伸ばした手は届かない。そして目も眩む光に、指の輪郭は掻き消える。


願う。

この光の先がどうか幸福であることを。その結末が笑顔であることを。そこにいる、名も知らぬ「だれか」。光の先にいる人よ。どうしてか胸が痛む。その人よ。


どうか、光の中。この眩い光と。

あなたがわらっていますように。






「目が覚めたぞ!」


鼓膜を割くような、それは悲鳴であり怒号であった。それでいて喜色に塗れた、そんな声だった。


少女はその言葉の通り、少しだけ重たい瞼を持ち上げる。


目が覚めた。夢を、見ていた。きっと。


「我らの光が目を覚まされた!」


高らかに吼える、誰かの声。少女は数度瞬きの後、指先に神経を集中させて、地面を掴む。どうしてか、身体が、重い。ぐらぐらと脳が揺れている。どうやら自分は横たわっているらしい。広く、どこまでも続く空は澄み渡った青空で、少女は不思議に思いながら、意思に反して不自由な身をなんとか手に力を込め起き上がらせる。


「見よ!見よ!巫女の目覚めだ!」


ほかの誰かの声がする。歓声のなか、少女は眩む視界を振り払い上体を起こす。視界にまず映ったのは、この空と同じ白さを交えた青い髪。白い肌。絹で出来ているような衣服に身を包んだ己の肉体。起き上がる。酩酊のような感覚のなか、少女は目を瞬かせた。


囲まれている。


何十人、否、何百人もの人間が、こちらを見ている。その瞳は爛々と輝き、紛れもなく少女を見ていた。口々になにかを発している。


少女は何故か震える唇を数度動かして、そしてあまりのことに、首を傾げた。


「えーと……、わたし、死んだ?」


その瞬間、地面が揺れるほどの歓声が湧く。天高く掲げられた拳の数々。少女を取り囲み笑顔の者、泣いている者、眉間に皺を寄せる者、それらがいっぺんに彼女を見ていた。



えーと、その。



「ここ、どこ?」



少女の疑問は、救世主の目覚めにより歓喜に湧く民衆の声によって掻き消える。

空の色の髪を手に取り、少女はへらりと一度笑った。


こりゃまた、えらいこっちゃ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る