『他人の死が起点で、私の生が巻き戻る。やがて少女は、何度も破壊した人生を抱いて真実のループへと辿り着く。』
@ruka-yoiyami
第1話「死因:君の嘘」
「私が死ぬと、世界は戻るらしいんだよね。あんたが生きてるところまで。」
これは、黛蓮(まゆずみ・れん)が私に投げかけた、最初で最後の、そして永遠の嘘。いや、正確に言えば、嘘じゃない。あれは、紛れもなく“真実”だった。それこそが、この繰り返される悪夢の始まり。
何度、この朝を迎えただろう。
カーテンの隙間から差し込む朝日が、私立月夜見学園の青い制服に反射して、眩しいくらいにきらきらと輝いている。カレンダーの日付は、いつも通り、十一月二十六日。いつも通り、私は観月しいなとして、この部屋で目を覚ます。いつも通り、スマホにはレンからの「早く起きなさい」というメッセージ。
すべてが“いつも通り”なのに、私だけが知っている。この先に待つ、あり得ない真実を。
黛蓮は、今日の夕方、死ぬ。
私の幼馴染で、親友で、世界で一番大切な女の子。彼女は、月夜見学園の屋上から飛び降りる。死因は、世間的にはいじめによるものだとされている。でも、そうじゃない。私は知っている。彼女が、私に嘘をついたからだ。
「今日、放課後さ。ちょっと行きたいところがあるんだけど、つきあってくれない?」
教室の窓際、朝読書の時間が始まる前の、まだ少しざわついた空気の中。レンは、いつも通り無表情に、だけど私だけに向けて、そう言った。
教室の喧騒から切り離された、私たちだけの小さな世界。レンの隣は、いつも私の特等席だ。
「いいよー。どっか新しいカフェでも見つけた?」
私は気楽に応じる。だって、このやり取りも、もう何十回と繰り返してきたんだもの。レンが放課後に行きたい場所なんて、どうせ本屋か、お気に入りの雑貨屋か、せいぜい新しいタルトのお店だ。
「ううん。ちょっと大事な話があるから。屋上に来てほしい。」
レンの声は、いつもと同じ、抑揚のないモノトーン。
なのに、私の心臓が、ドクン、と不気味な音を立てた。
屋上。その言葉を聞いた瞬間、私の目の前に鮮血のような赤がフラッシュバックする。
――だめだ。その場所に行っちゃだめだ。
「うーん、屋上かぁ。風強いから、やめとこっか。外でいいじゃん。せっかくの放課後だし、もっと楽しいことしようよ!」
必死に、私はいつもの私を演じる。明るく、元気で、少しおバカなしいな。これが、レンが好んだ私だ。
でも、レンは無表情のまま、まっすぐ私を見つめた。その瞳の奥には、いつもと違う、深くて重たい色が宿っている。
「そう。じゃあ、しいなに大事な話があるって言ったら?」
「ん?私に?」
「うん。しいなに。」
その言葉は、まるで鋭い針のように、私の心を突き刺した。
私は、このセリフを知っている。この後、レンがどんな顔をして、どんな言葉を紡ぐのか、すべて。
だから、私は、もう一度、嘘をついた。
「じゃあ、放課後、屋上ね!わかった!」
私はわざと明るく、弾んだ声で答えた。レンの唇が、ほんの少しだけ、微笑みの形に歪んだように見えた。
……だめだ。やっぱり、もう一度やり直さなくちゃ。
この日のレンは、私を屋上に呼び出し、そしてあの言葉を告げる。そして、私が「じゃあ、明日ね」と答えて立ち去った直後に、彼女は屋上から身を投げるのだ。
私はレンの嘘を信じ、明日を信じ、希望を信じて帰宅する。そして、夜のニュースで彼女の死を“観測”する。
「あぁ、まただ」
その瞬間、私の時間は巻き戻る。
でも、巻き戻るのは私だけ。
レンの死を起点に、私だけが、レンが死ぬ数時間前のこの日、十一月二十六日に戻ってくる。
まるで、世界の読点(くぎり)が、誰かの死によって打たれ、私だけがその文頭へと引き戻されるみたいに。
私は何度も、何度も、レンを助けようとした。
屋上に呼び出されないように、放課後まで一緒にいるように誘ったり、彼女の抱えている悩みを無理に聞き出そうとしたり。でも、そのたびに、レンはますます私から心を閉ざし、関係は歪んでいった。
――「しいなは、私に構わなくていいんだよ」
――「しいな、疲れてるんじゃない?」
そうして、しまいには、彼女の口から出てくるのは、私を気遣うような、突き放すような言葉ばかり。そして、私がどれだけ足掻いても、結局レンは、その日の夕方には死んでしまうのだ。
これが、私の“人生”だ。
他人の死を観測し、その死を回避するために、自分の人生を何度も何度も破壊する。繰り返すたびに、レンとの関係は歪み、他の友達の記憶は混濁し、私の記憶だけが鮮明に積み重なっていく。
「しいな、今日部活あるんだけど、どうする?」
昼休み、私の隣の席に座った演劇部の八重樫ルカが、明るく声をかけてくる。
「うーん、ごめん。今日、用事があるんだ。」
私はそう言って、断った。
ルカは、この後レンの死体を発見する第一発見者の一人だ。それを知っている私は、ルカと深く関わることを無意識に避けてしまう。ルカの死因も、いつか観測することになるのかもしれない。そんな恐怖が、私の心を支配している。
「そっかー。残念。また今度ね!」
屈託のない笑顔で答えるルカ。彼女の笑顔が、私にはとても眩しく見えた。
私は、今日も嘘をつく。
そして、今日もレンは、死ぬ。
私は今日、どうしてもレンの死を回避しなくちゃいけない。
私は知っている。彼女が私に嘘をついた理由を。
「私が死ぬと、世界は戻るらしいんだよね。あんたが生きてるところまで。」
あの時、レンがそう言ったのは、私を救うためだった。私を、ループの悪夢から解放するためだった。
でも、そうじゃない。
レンは、私の“死”を観測して、ループを繰り返す観測者だ。
レンは、私の死を回避しようとして、何度も人生を破壊してきた。
そして、ついに疲れてしまったのだ。だから、彼女は私に嘘をついた。私が彼女を助けようと、足掻き続けるように。
私は知っている。この先に待つ、あり得ない真実を。
彼女の嘘は、私をループから解放するためじゃない。
私の人生を、永遠に、破壊するためだ。
放課後。私は、屋上へと向かう階段を駆け上がっていた。
レンを、絶対に、死なせない。
私を待つ、永遠に続く悪夢から、私はもう、逃げられない。
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