おたやん。⑩
「よいしょ、と」
今は掃除の時間。ぼくはゴミを捨て終わると、
「菊男先輩、今日もゴミ捨てですか」
「ん?」
声をかけられたので後ろを振り向いた。そこにいたのは、この前もゴミ捨て場で会った後輩の男子だった。
「ああ、君か。こんにちは」
「先輩、毎回そういうの押し付けられているんですか?」
「へ? いや、そんなこともないよ?」
「……はぁ……」
ぼくが質問に答えた直後、後輩の彼は呆れ顔となった。
「あれ? ぼく今、変なこと言っちゃった? 何かな、ごめんね」
「そして毎回そういう風に、すぐ頭を下げるんですね」
「……どうしたの?」
基本的にクールな彼だが、いつもと様子が違う。口数が多い、というか何というか……。
「先輩は自分のそういうとこ、情けないとか思わないんですか?」
「え?」
「……かわいそうですよ弥伊子さんが!」
「うわっ」
ぼくは予想外の展開に驚いた。
まさか、後輩の男子に壁ドンされるなんて!
まるでBLだ!
いや自分をBLのキャラに例えるのは、おこがましいか?
ぼくみたいな奴が主役のBLの需要……うーん。
……それにしても、すごいなぁ。
こうして至近距離で見ると、やっぱりイケメンだ。
ぼくより背も高いし、きっとモテモテだろう。
でも……やいちゃんが、かわいそうって?
「こんな弱い男が弥伊子さんの彼氏なんて、俺は認めない!」
「あー……」
そういうことか……。
ぼくを見ているとイライラするんだね。
特に彼は……そうだよなぁ。
「やっぱり、ぼくは頼りない奴か……」
「そういうことだから、お前が彼氏になる……なんて展開ねぇよ!」
えっ、その声は……?
「やいちゃん!」
「や、弥伊子さん……!」
後輩の彼から少し離れたところに、やいちゃんが来ていた。
「お前みたいな奴、好きになるわけねぇだろ!」
「や、やいちゃん! やめてっ……」
ぼくは止めようとしたけれどダメだった。ぼくが言い切る前に、やいちゃんは後輩の彼に思いっきりキックしてしまった。
「ぐ……弥伊子さん……」
やいちゃんに蹴られた彼は立っているけれど、ヨロヨロしている。そんな彼に容赦なく、やいちゃんは胸ぐらを掴んだ。
「菊ちゃんのこと何にも知らないくせに、分かったようなこと言ってんじゃねぇよ! それに、あたしがいねぇとこで菊ちゃんに、こんなことしやがって……。あたし、お前みたいな奴マジで嫌い! 大っ嫌いだよ! てめぇ意気地なしで卑怯者じゃねぇか! そんな奴を誰が好きになるんだ! あたしが好きなら堂々と気持ち伝えろよ! 失恋したからって、菊ちゃんに八つ当たりすんな!」
やいちゃんにオラオラと体を揺らされている彼は、一言も返さない。
「菊ちゃんが弱い? 何言ってんだ、お前より強いんだよ! ちっせぇことでも絶対に謝るし、お礼だって忘れない菊ちゃんは、かっこいいんだからな! お前とは大違いだよ!」
「やいちゃんストップ! もうやめて!」
ぼくは、やいちゃんに負けないくらい大きな声を出した。さすがのやいちゃんも、ぼくが叫ぶなんて予想していなかったのか、驚いて手を止めていた。
「ぼくを庇ってくれて、ありがとう。でも言い過ぎだよ。だって好きな人から『大嫌い!』なんて言われたら、すごく悲しいじゃん……」
ぼくは見逃さなかった。やいちゃんに嫌いと言われて、すぐに悲しそうな表情を浮かべた彼を。
「それに、ぼくは彼を卑怯だとは思わないかな。こうして堂々と1対1で向かってきているし、全く勇気がないわけではないよ。だから許して!」
「……分かった。じゃあ菊ちゃんに免じて、許してやるよ! でも次はねぇからな! またこんなことしやがったら、菊ちゃんに頼まれても許さねぇ! 良いな?」
やいちゃんが手を放した直後、後輩の彼は「はい……」と力なく返事をした。
「じゃあ行こうか、やいちゃん」
「お、おうっ……」
ぼくは、やいちゃんと共にゴミ捨て場から離れた。一刻も早く彼を、一人にさせたかった。彼は今、つらいだろうから。
「あいつ超ムカついたわ。よくラブコメにある、BSSみたいな展開! マジで腹立つ、あの八つ当たり野郎!」
「僕が最初に好きだったのに、か……」
ぼくら二人は、教室に向かっている。やいちゃんは、まだ怒っているけれど少しは落ち着いているようだ。
そういえば、やいちゃん……ぼくが好きなラブコメ作品に触れては絶対にイライラしているよなぁ。特に主人公の悪口ばかり言っている脇役や、意地悪なライバルキャラには本気で怒っていた。やいちゃんは、きっと完全なる優しい世界が好きなのだろう。
「でも違うか。あいつは菊ちゃんより、あたしと出会うの遅かったもんな。とにかく……菊ちゃんには悪いけど、ああいう奴マジ嫌い! あんなことする勇気はあんのに、告白はできねーのかよ。キモいヘタレ!」
「だから言い過ぎだってば!」
「何だよ菊ちゃん、もっと怒れよ! どうして奴を庇うんだ? 大体あいつ……前から菊ちゃんへの態度、悪かったじゃねーか!」
「うーん、そうかなぁ。確かに冷たい気はしたけど、ちゃんと挨拶はしてくれていたよ?」
「……そういう優しさ、あいつには全然ねーけどな」
今、彼はどうしているだろうか。もしかしたら、ぼくは余計なことをしてしまったかもしれない。自分の嫌いな相手……恋敵に、あんなことをされて不快になったことも想像できる。どうか彼が「恋敵への借りができた」なんて思いませんように。良い方向へいきますように。
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