想子力場
陽介は、朽木の反応に、少し嬉しくなりながらも、すぐにFUMの現状の課題へと話を戻した。
「でも、まだ試作段階で、安定性に問題があります。それに、今回の完全に破壊されてしまった。観測珠は無事ですが、メインユニットを再構築するには、もっと高性能な部品と、何よりも『理』を深く理解する必要があるのです。」
朽木は、車椅子の肘掛けに手を置き、顎を撫でた。彼の瞳には、陽介の「装置」が持つ無限の可能性と、それに伴う危険性が同時に見えているようだった。
「なるほど……。興味深い。君の『装置』は、想子力場の『観測』と『再現』を主軸としているわけか」
「そうです。これまでのFUMの挙動は、過去琴音さんにやってもらった卦術発動の『再現』です。」
朽木は改めて陽介のFUMを見つめた。
「だが、君の『観測』は現象の『結果』に過ぎん。『再現』も経験則で導き出した『型』にはめているだけだ。それでは、この世界に蔓延る『
朽木の言葉は、陽介の胸に突き刺さった。彼のFUMは、これまでの彼の知識と経験の集大成だった。しかし、朽木は、その根幹を問うてきたのだ。
「『理』の本質……?」
陽介は、困惑しながら尋ねた。
「ああ。想子力場は、あらゆる事象に宿る『流れ』だ。君の装置は、その流れの『表面』しか見ていない。だが、その深奥には、より根源的な『理』がある」
朽木は、壁に貼られた古い配線図を指差した。
「例えば、この鉄道の線路を見てみろ。単なる鉄の棒ではない。何百万もの人間が、これに沿って日々移動し、彼らの想いが流れている。それは、見えない想子力場の『線路』でもあるのだ」
陽介の視界に、駅構内を走る電車の動き、人々の喧騒、そして地下を流れる電力線が、まるで新たな想子力場の回路図のように見えてきた。
「君の装置が目指すものが、ただ『怪異を倒す』ことだけではないだろう。君はもっと根源的な、『世界の歪み』をデバッグしたいと願っている。ならば、もっと深く『理』そのものと向き合わねばならん」
朽木は、陽介にいくつかの古びた巻物を手渡した。それは、墨で書かれた難解な図形と、筆で綴られた文章が記された、モノノフの術式に関する古文書だった。
「これらは、私の師から受け継いだ。想子力場の真髄、そして古代から伝わる卦術の『原型』が記されている。君の装置と、私の知識を組み合わせれば、新たな『理』を解明できるかもしれん」
陽介は、巻物を手に取り、その重みに身震いした。それは、彼がこれまでデータとしてしか見てこなかった世界の、もう一つの側面を示しているようだった。朽木の言葉は、陽介のFUM再構築へのモチベーションを、単なる修理から、より深い『理』の探求へと昇華させた。
朽木は、陽介に古文書を広げさせ、そこに描かれた複雑な幾何学模様を指差した。
「君のデータは、想子力場の『表面』を撫でているに過ぎん。だが、この図形は、想子力場の『核』、つまり『本質的な振動』を捉えようとしている」
朽木は斜め上に目線をずらし、少し考えて言った。
「振動、そうだ、音に例えよう。音楽の平均律は、一オクターブを均等に12分割したものだ。だが、音の周波数はそれ以外にも存在する。君は、『楽譜』でしか想子力場を見ていないのだ」
朽木は、義手の右手をゆっくりと持ち上げ、空中で見えない糸を辿るように指を動かした。
「怪異の出現、空間の歪み、想子力場の異常な集中……それらは全て、この世界の『理』が歪むことで生じる。君の装置は、その『歪み』を検知し、打ち消そうとしているのだろう。だが、真に重要なのは、『なぜ歪むのか』だ」
朽木は、陽介に、観測珠から得られる想子力場のデータを、古文書に描かれた図形と照らし合わせるよう促した。戸惑っていた陽介だが、朽木の簡潔な指示と、時折挟まれる感覚的な表現に導かれ、これまでFUMが捉えきれていなかった微細なデータ、あるいは無視していた「ノイズ」の中に、新たな規則性を見出し始めた。
「これは……! 想子力場の流れに、特定の『共鳴点』がある。僕のFUMは、それをノイズとして処理していた……」
陽介は、興奮して叫んだ。朽木の「職人的な真理」が、陽介の「科学的な分析力」とFUMのデータ処理能力によって、具体的な『数値』や『パターン』として顕在化し始めた瞬間だった。
朽木は、陽介の発見に満足げに頷いた。
「そうだ。モノノフは、この『共鳴点』を感覚で捉え、自らの体で術を紡いできた。君の装置は、それを『記録』し、『再現』できる。その誤差を限りなくゼロに近づけることができれば、君の装置は、もはや個人の能力に依存しない、普遍的な『卦術行使機』となり得るだろう」
陽介は、朽木の言葉に、自身の研究の最終目標が明確になったのを感じた。FUMの再構築は、単なる修理ではない。それは、朽木の持つ古代の知識と、自身の最先端の技術を融合させ、誰でも怪異の『理』を理解し、対処できる普遍的なシステムを構築するという、壮大な挑戦の始まりだった。
その日から、新横浜駅の地下開発室では、陽介がFUMの再構築と改良に没頭し、朽木がその横で、古文書や自身の経験に基づいた「理」の真髄を語り続ける日々が始まった。琴音は、二人の研究の様子を静かに見守りながら、時折、陽介の実験を手伝ったり、朽木からモノノフの歴史や怪異の性質について教えを受けたりしていた。彼らの協力は、FUMを、そしてモノノフの世界そのものを、新たな次元へと導いていくこととなるのだった。
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