玉のちから
陽介は自室で、骨董屋で見つけた「水晶玉」を熱心に見つめていた。簡易デバイスは、この玉が放つ電磁波が、並外れた想子力場を持つと示す。その力は、これまでのどんな妖怪の残滓よりも安定し、強大だった。
「これを電子工学で制御できれば、FUM(符演算機)のコアにできるかも。」
陽介の顔に確信めいた笑みが浮かぶ。だが、具体的な機能はまだ未知数だ。どうすればこの力を最大限に引き出し、制御できるのか。
コンコン、とドアがノックされる。
「陽介くん、いる?」
琴音の声に、陽介は慌てて水晶玉をタオルで隠し、引き出しに押し込んだ。
「はーい、いるよー」
ドアの隙間から顔を覗かせた琴音は、訝しげな表情だ。
「もしかして、また何か珍しいものを見つけたの?」
「うん、次世代デバイスの開発」
「ふーん……ねぇ、陽介くん。手伝ってほしいのだけど」
琴音が持ってきたのは、図書館で借りた卦術の古書だった。
「これにね、想子力場の流れを安定させる複数符のパターンを見つけたの。でも、私の体質だと出力が不安定になっちゃって……陽介くんのデバイスで安定度を測ってくれない?」
陽介はニヤリと笑った。まさに渡りに船だ。
「いいよ、お安い御用。ただ、測定データは研究に使っていい?」
「もちろん、役に立つなら光栄よ」
陽介は隠していた水晶玉を取り出し、琴音に差し出した。琴音は目を丸くする。
「その玉……すごい! どこで手に入れたの!?」
陽介が骨董品店での経緯を話すと、琴音は驚きを隠せない様子で水晶玉をまじまじと見つめた。
「これ……なんだか、ものすごい力……。この感触、すごく懐かしい……」
琴音が水晶玉を掌に乗せ目を閉じると、玉は微かに輝きを増し、琴音の全身から淡い光が立ち上った。簡易デバイスのCMOSが受光する電磁波のスペクトルには、水晶玉を通した琴音の想子力場が、純粋で強大な波形として表示される。
「すごい! いつもは散ってしまう力がまとまる感じ!」
琴音が自分の主観を言葉にする。
陽介は水晶玉が想子力場を効率的に引き出し、扱うための触媒だと確信した。
「琴音さん、その符、試して」
琴音は水晶玉を横に、古書にあった複数の卦を刻んだ符に集中し詠唱する。陽介はデバイスを構え、その全てを記録した。本来、琴音は単一符しか使えないが、水晶玉によって複合符が発動し、出力は格段に安定し、効率も向上していた。
陽介は簡易デバイスが水晶玉の電磁波を受光した数値を抽出したデータを表示した。水晶玉を通すことで、琴音の身体から発される想子力場の流れが、まるで生命の輝きのように視覚化されていた。細胞一つ一つが光を放ち、内臓の活動、血流、そして鼓動までが、色彩豊かな波紋として映し出される。
(す、すごい……琴音さんの鍛えられた身体が、こんなにも神秘的で、格好よくて、生命力に満ち溢れているなんて……! ま、まるで、いや、本当に裸体を見ているような……いや、それ以上の情報量だ)
陽介の頬は熱を帯び、心臓が速く脈打つ。尊敬し、好意を抱く琴音の純粋で繊細な想子力場が、生々しく見えてしまうことに、背徳感に似た高揚感が押し寄せる。彼は慌てて視線を数値データに戻し、あくまで冷静な技術者であると自分に言い聞かせた。しかし、脳裏に焼き付いた光景は、簡単には消えてくれそうになかった。
琴音は、水晶玉の力に驚きと同時に、畏れを抱いた。強力で未知の存在が陽介のような若者の手にあることへの不安だ。
「陽介くん、この玉……。すごい、でもちょっと怖い。比丘尼様に一度見ていただいた方がいいかも。もしかしたら、良くない想子力場を宿している可能性も……」
陽介は、琴音の真剣な眼差しに、彼女のモノノフとしての責任感と自分への気遣いを感じ取った。それに、比丘尼師匠であれば、この水晶玉の真の価値と使い方を教えてくれるかもしれない。
「確かに……言う通りかも。琴音さんの師匠なら、この水晶玉の由来もわかるかも。ぜひ、紹介して」
「もちろんです。比丘尼様も、きっと陽介くんなら歓迎してくれます」
この水晶玉がFUM構想の要となる「コア」だと確信した陽介は、FUMの開発に没頭し始めた。
琴音は陽介の異様な熱気に気づかず、自分の想子力場が安定したことに感激していた。
「陽介くん、ありがとう! 私の符がこんなに安定するなんて、初めて」
「いや、この玉の能力かも。もっと色々試してみたいけど」
陽介は平静を装いつつ、内心では、水晶玉の新たな能力に別の意味でドキドキしていた。
(まさか、水晶玉越しに想子力場の流れが見えるなんて……琴音さんの身体の中を、透視したみたいになっちゃったな……。い、いや、これは研究のためだ! 研究のため、研究のためだぞ、俺!!)
琴音は、陽介の顔が少し赤いことに気づかず、「また、いつでも協力するよ!」と笑顔で言い残し、部屋を後にした。陽介はホッと胸を撫で下ろしたが、同時に、水晶玉の思わぬ機能に、新たな課題(と誘惑)を感じていた。
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