第10話 ハーフアンドロイド
(摩衣李の、母親……)
ユウノの言葉に俺は混乱する頭を必死に落ち着かせようとした。
(でも……だとしたら……)
「それなら始めからユウノさんが摩衣李を育てもよかったのでは……?」
娘のことを考えてアンドロイドの身体を選んだのであれば、そうするのが普通だろう。
「その時は移植が成功するか不確定でしたので……それに」
「……?」
考えをまとめるようにユウノは一旦言葉を止めた。
「ハーフアンドロイドは、あ……私のようにアンドロイドの身体に脳を移植したものをそう呼んでいるんですけど……」
「ハーフ、アンドロイド、ですか」
「はい、ハーフアンドロイドはまだ開発間もない技術なので、安定して稼働できるか未知な部分もあるのです」
「えっと、つまり……」
俺は天井を見ながら考えをまとめようとした。
「脳の移植に成功しても子育てができるようになるか分からない、できたとしても稼働の安定性に不安がある、ということですか」
「はい……なので唯一連絡が取れた
「そういうことですか」
おぼろげながら話の全体像が分かってきた。
「いずれは娘を引き取って育てるつもりではいたんです。でも……」
ユウノは話を止めた。どうやら話しづらいことらしい。
「娘のためにと思ってアンドロイドの身体になりましたけど、これで本当に母親と言えるのかなって思うようになってしまって……」
「そこに俺から、緋之原さんの夫である
「はい……」
いずれ菊菜から家事育児アンドロイドをという要請が来ることを見越していたのだろう。
(緋之原さんも病院から聞いたって言ってたっけ)
「なので、之々良さんから連絡が来たと聞いた時には嬉しくて……」
ユウノはそう言って心持ち照れくさそうに笑った。
「娘を引き取ってくださったのが之々良さんで、本当によかったって思っています」
「そう言ってもらえると嬉しいような、却って申し訳ないような」
とはいえ、菊菜との付き合いはどの程度なのか、今後はどうするつもりなのかなど聞きたいことはまだ色々ある。
(まあ、そのへんはぼちぼち聞いていけばいいか)
「今後のことは
「ええ、脳を休ませなければいけないので」
「あ、なるほど」
そうなのだ、ユウノさんは半分は人間なのだ。
「そうしたら摩衣李と一緒に寝てやってください」
「はい」
本当の母親のユウノにこんな事を言うのも変だなとは思った。
ユウノが摩衣李の母親だと分かった今、体裁上はユウノの娘の摩衣李を俺が育ててあげているということになるのだろう。
だが、既に摩衣李は俺の人生の一部、いや、菊菜と離婚した今となっては人生そのものと言ってもいい存在になっている。
そんな俺からすれば、娘の摩衣李を育てるのをユウノに手伝ってもらっている、というのが正直な気持ちだ。
俺は冷蔵庫から取り出したビールを開けた。
(摩衣李のこれからの事をしっかり話していかなきゃだな)
摩衣李が静かに寝息を立てているであろう部屋を見ながら、俺はビールを
◇ ◇ ◇
その後も摩衣李を中心に忙しくも楽しい日々が続いた。
摩衣李は明るく活発で、好奇心旺盛な少女へと成長していった。
元からユウノのことを母親のように慕っていた摩衣李だったが、日を追うごとに益々二人の仲は親密になっていった。
(まあ、そうだよな、本当の親子なんだから)
そうなると、ユウノのことを摩衣李に伝えるかどうかということで頭を悩ますことになってきた。
「それはまだ、伝えないほうが……」
とユウノは言うのだった。彼女自身も迷っているようだ。
ちなみに「ユウノ」という呼び名は本名から取ったらしい。
彼女の本名は「
「名字が
「はい」
(下の名前は璃々奈さんか……)
彼女を下の名前で呼んでも大丈夫だろうかとも思った。
たが、いい関係になってきているところで、名前呼びで関係を崩すなど愚の骨頂だ。
(いかんいかん、俺が陰キャ非モテだということを忘れてはダメだ!)
調子に乗って馴れ馴れしくしては、女子から虫けらを見るような目を向けられてきた経験を忘れてはいけない。
(危ない危ない……)
三人で出かけることも増えてきた。
始めのうちは高越さんや他の運営会社の人に付き添ってもらっていた。
だが、段々と長時間の外出も支障ないことが分かってきた。
「もふもふらんどにいきたい!」
三人で一日お出かけをと俺が言ったら、摩衣李が迷わずに言った。
モフモフランド、着ぐるみキャラがわんさといるテーマパークだ。
「そ、そうか、モフモフランドかぁ」
俺は少し、いや結構
モフモフランドは子供は勿論、大人にも人気があるテーマパークだ。
当然のことながら俺は一度も行ったことがない。
そうであろう。陰キャ非モテの俺がテーマパークでデートなどあり得ない。
だからといって一人で行こうものなら下手すれば通報されかねない。
(まあ、行きたいと思ったことはないけどな)
と、負け惜しみは心の中に留めておいた。
「ユウノさんは行ったことありますか?」
「はい、何度か」
「よかった。俺は一度も行ったことないので」
(もしかしたら赤ん坊だった摩衣李を連れて行ったこともあるのかな)
と思ったが、ユウノの表情からは分からなかった。
「それじゃ、行くか、モフモフランド」
「わぁああーーい!」
摩衣李が俺に抱きついてきた。
「俺には分からないことばっかだと思うので、よろしくお願いします」
「はい」
笑顔で答えるユウノにも摩衣李が抱きついた。
「楽しみだね、ゆうのん!」
「そうですね」
未だに摩衣李には、ユウノが母親だと言うことは話していない。
いずれは話さなければいけないことだと思うが、
「それは……そのうちに」
と、ユウノは消極的だ。
長時間の外出が可能になったとはいえ、万全であるかどうかの判断はまだできないのだろう。
技術的なことは俺には全くわからない。
である以上、そこはユウノの意思を尊重するべきだろうと俺は考えた。
「おとうさんはやくおきて!」
モフモフランドへ行く当日の朝、摩衣李の賑やかな声で俺は目を覚ました。
「うーーん……もうそんな時間か……」
俺は寝ぼけながら時計を見た。
(……まだ五時過ぎじゃねえか)
あと三十分くらいはいいだろうと寝直そうとすると、
「だめぇええーー起きてぇええーー!」
と、摩衣李に布団を引っ
「……おはよう、ございます」
摩衣李に無理やり起こされた俺がダイニングに行くと、
「おはようございます」
とユウノが明るく迎えてくれた。
今日は朝が早いということで、昨夜は泊まってもらったのだ。
「あたしがぬってあげる」
と言って摩衣李がトーストにバターを塗って、
「はい、おとうさんたべて!」
とおれの目の前に差し出した。
「摩衣李はもう食べたのか?」
俺が差し出されたトーストを手にして聞くと、
「うん、もうたべた!おとうさんもはやくたべて!」
こんな調子で朝からアゲアゲの摩衣李に急かされて俺達はモフモフランドに向かった。
モフモフランドに着いてからは、摩衣李が一人で突っ走らないようにするのに苦労した。
女の子というものは着ぐるみキャラが大好きなようだ。
摩衣李はあちこちにいる着ぐるみキャラに駆け寄っては、
「かわいいーーーー!」
と叫んで抱きついたり手を引っ張ったりしてはしゃぎまくっている。
「ほら、そんなにくっついたら着ぐるみさんが困っちゃうぞ」
と何度言って摩衣李を引き剥がしたことか。
「あたしうさぎのぴょんちゃんのがいい!」
と摩衣李が宣言した。ランチセットのことだ。
いわゆるプレートセットで、ウサギのキャラの形のケチャップライスが真ん中にある。
まわりにはウインナーやミニハンバーグ、ポテサラにミニトマトなどなど。デザートにはプリンが付いている。
「ラーメンとか牛丼は、なさそうですね……」
「そうですね」
俺はユウノと顔を見合わせて苦笑いした。
結局、俺はミートソース大盛りを頼んだ。
午後も摩衣李の元気は
(こんなふうにしてると俺達って家族に見えるんだろうな)
今も摩衣李は俺とユウノの間で嬉しそうに飛び跳ねている。
そんな摩衣李を見ていると、やはり摩衣李には母親が必要なのだという思いが強くなる。
夕方近くなると、さすがに疲れが出たのか、摩衣李も少しおとなしくなってきた。
だが、
「お土産を見たら帰るか?」
と、俺が聞くと、
「うん!!」
とにわかに元気付いて、俺とユウノを引っ張るようにしてお土産店に突進した。
「えっとね、ぬいぐるみとぼうしとかばんとそれとね……」
と、見るもの全てをカゴに入れようとする摩衣李。
「そんなにはダメだぞ。三つまでにしなさい」
俺も少しは父親らしいところを見せた。
散々悩んだ末に、摩衣李はぬいぐるみと帽子と着ぐるみパジャマを選んだ。
「たのしかったね!またこようね!」
夕焼けに照らされて、俺とユウナを交互に見ながら最高の笑顔を見せる摩衣李。
「そうだな、また来ような」
そう答えた俺は摩衣李にも負けないくらいの笑顔だったに違いない。
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