第16話 今のあなたを、信じるわ

「……ふう、やっと終わった……」


 風紀室での尋問劇をどうにか乗り越え、悠は寮室のドアを閉めた瞬間、ベッドへと倒れ込んだ。


(……静流さんが来なかったら、終わってた。退学どころじゃ済まなかったかも……)


 深呼吸をして、まぶたを閉じる。そのとき――


「おかえりなさい、悠花ちゃん♡」

「ひゃっ!? れ、玲奈先輩っ!? いつの間に……!」


 ベッドサイドには、バスローブ姿の玲奈。

 湯上がりの濡れた髪が、ほのかにシャンプーの香りを漂わせながら肩へとかかる。

 指先で髪をくるくると弄び、もう片方の手には炭酸水の入ったグラス。


「ふふ、強がり方が可愛いわね。ほら、疲れたでしょ。肩……貸して?」

「い、いえっ……!」


 拒もうとした瞬間、玲奈の手がそっと悠の肩を包み、逃がさない。

 距離は――吐息が頬にかかるほど。


「ねぇ……少しだけ、“本音”を聞かせてくれない?」

「……本音……?」

「最初から思ってたの。あなた、少しだけ――演じてる仕草をするな、って」

「っ……!」

「でも、それを理由にあなたを嫌いになんて、なれなかった」


 グラスの中の気泡が、ぱちぱちと弾ける。


「どうして……?」

「どんなに隠していても――あなたの目は、すごく“優しい”の。誰かを騙すための目じゃない」

「……わたし、ホントは……」


 言いかけた瞬間、玲奈の指が悠の唇をそっと塞ぐ。


「言わなくていいの。あなたが“ここにいる”と決めたのなら――私は、“今のあなた”を信じるわ」

「……玲奈先輩……」


 数センチの距離。呼吸が絡まり、鼓動が高鳴る。


「キス、してもいい?」


 その一言で、悠の世界が止まった。


(ダメ……こんなの、何も言えてないのに……)


「……ごめんなさいっ!」


 勢いよく立ち上がり、部屋を飛び出す。

 ドアの向こうに残されたのは、炭酸の泡のように消えていく沈黙と――玲奈の切なげな微笑み。


 廊下の隅で、悠は肩を抱き、膝を抱えて座り込む。


「ごめん……。まだ……“本当のわたし”は、見せられないよ……」


 けれど――

 ほんの一瞬でも「見てほしい。知ってほしい」と願ってしまった自分が、確かにそこにいた。




Side Story:九条玲奈

(あの子の危うさ……多分、誰よりもわかってる)


(頑張って笑ってるときほど、目の奥が少し寂しそうになる)


 触れたら壊れそうなのに、放っておけない。

 その不安定さが、どうしようもなく心を惹きつける。


(“演じてる”のはきっと、自分を守るため……)

(だったら――その仮面ごと抱きしめてあげたい)


 信じると言ったのは、慰めじゃない。

 本当に、今の悠花が好きだから。

 秘密を知っても――むしろ、その弱さごと欲しいと思ってしまったから。


(……でも、焦らないわ。あの子が自分から仮面を外す、その瞬間まで――我慢する)

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