根暗コミュ障と顕示欲狂い

✝漆黒の陽炎✝

テンプレガールミーツガール

 ある日、地球に異変が生じました。誰もいない場所で生じた異変は大きく育ち、流れに乗って各地に広がり、世界に広がり、すぐに人類文明へと接触しました。その異変の内部ではまるで童話や神話の如き化け物が確認され、各国の初期探査で発生した大被害により人類文明は大混乱へと陥りました。

 混乱し、被害を出しながらも何度も探査し、徐々に謎を解き明かしていきました。謎を解き明かし、仕組みを理解し、異変の奥へと進み、さらなる謎に遭遇し……そうしている間に何十年と時間が経過していました。

 そしてその異変、おおよその国でダンジョンと呼称されるされるようになったそれは、何十年という時間の経過により、人類文明にとって異変から文明を支える日常の一つになっていました。

 そんな世界の日常の一つで一人の少女が走っていました。太陽のない青空、不自然に切り開かれた森林、走る少女は見るからに未成年であり、着ているのは大正ロマンを彷彿とさせる可愛らしげな格好で、しかしながら防具としての役割も両立している見せ着と呼ばれる物であり、太刀を握るポニーテールの少女の背後からは空中浮遊するカメラが追いかけており、そのカメラのレンズは後ろ、軽く三メートルは超える角の生えた筋肉質で馬鹿でかい両刃の斧を持った化け物、ミノタウロスを映しています。

 誰がどう見ても絶体絶命のピンチ、しかし息を乱れさせながら走る少女の口角はつり上がっていました。

 

「この絶対絶命……! 過去最高の取れ高! 絶対に切り抜きが量産される!」


 危機的状況で嬉々とした声色を放って少しすると、少女の視界の端に文字が流れていきます。


『知ってた速報』

『配信狂いが過ぎる』

『……あの、これ生配信ですよね? 錯乱してるんじゃないんですか?』

『お、ご新規さんか。平常運転やで』

『えぇ……』

 

 ガチのガチでピンチである少女はそんなコメントを確認する余裕すらありません。

 そうこうしている間に少女はミノタウロスに追いつかれ、斧が振り下ろされます。少女はそれを見ているかのように避け、振り下ろした状態で硬直したミノタウロスの腕を太刀で薙ぎます。狙い通りミノタウロスの片腕を浅く斬ることに成功しましたが、少女は険しい顔で舌打ちします。


「堅い……」


 骨に当たれば刃が欠けかねない、ゆえに浅く斬ったのですが、それでも想像以上に堅かったのです。しかし、ミノタウロスは本来であれば少女が戦うにはあまりにも強すぎる相手なので攻撃が通るだけでも上々と言えるでしょう。

 では何故彼女がミノタウロスを相手にしているのか、それは映えのために無茶をしたのではなく、通常では接敵するはずのない場所にミノタウロスが現れたからでした。運がなかったのです。偶々乗った飛行機が墜落してしまったとか、自動車道を走っていたら中央分離帯の向こうから車が飛び込んできたとか、そういう類いの。

 傷つけられた事で警戒したのか、ミノタウロスが唸りながら少女の事を観察します。少女は息を整えつつ、ミノタウロスの周りをゆっくりと歩きます。

 皮膚筋肉は通っても骨は無理、すでに腕の傷が塞がりかけてるから長期戦も無理、さっきの感じからして全力で魔力を通せば胴体は貫ける……心臓を貫く、それしかない。


「コレに勝ったら高額スパチャとメンバー登録よろしくお願いしますね」


『言うとる場合か』

『この状況で諦めないどころかそれ言えるのはただただ怖いよ』 


 そんなコメントが流れる前に少女は動き出しました。一般人では動き出しすら見えない素早い動き、しかし鈍重に見えるミノタウロスは当然のように対応します。格上の身体能力を生かした速い攻撃を少女は危なげなく避けていきます。暫くそんな攻防が続き、ミノタウロスは焦れたように大ぶりの一撃を放ちます。少女はその一撃を潜るようにして避け、鳩尾付近に渾身の突きの一撃。ミノタウロスの背中から刃が飛び出しました。

 直後、少女の体は交通事故にでもあったかのように吹っ飛ばされました。ゴロゴロと転がった後、すぐに立ち上がりました。


「……まぁ、そう簡単にはいかないよね」


 ミノタウロスは鳩尾から血を噴出させながらも平然と、しかし忌々しそうに少女を睨みつけています。そして少女は服に付いた羽虫を払うかのような雑な一撃だったにもか変わらず満身創痍、刀は手放さなかったものの脚は震え立っているのもやっとです。

 しかし少女は笑っています。


「ここからの逆転劇、最高の映えだ」


『これフェイクじゃなかったら絶対に錯乱してますよね!? 平常運転とか嘘でしょ!?』

『すまん、錯乱しているかもしれん』

『死に様見たくない奴は配信閉じろ、俺はもう閉じるぞ』


 コメントは諦め一色、諦めてないのは実態に戦っている一人のみ。


「あ! あぁ……あの……手を貸した方が! よ、よ、よろしいでしょうか……」


 緊張感溢れるそこにくぐもったか細い震え声が割り込んできました。ミノタウロスは声のした方に上半身ごと顔を向け、それを見た少女は少し距離を取った後に声のした方に視線を向けます。

 そこにいたのは異様な人物でした。まず目に入るのは防毒マスク、そして緑と灰が混ざったような柄のだぼっとした科学防護衣のような服装に身を包んでいます。そんな性別の分かりづらそうな服装でありながらマスク越しでも分かる高いアニメ声と主張の激しい双丘から嫌でも女性ということがわかります。

 その姿があまりにも異様すぎて、少女は一瞬ミノタウロスの事が頭から離れました。ダンジョンは危険地帯、少女の来ている見せ着も一応ダンジョン用の防具、普通は魔力で補強できる革鎧等を来てくるのです。そんな場所にわざわざ動きにくそうな科学防護衣は全く以て異常です。

 そんな異常者はおどおどとした様子でもう一度問いかけてきました」

 

「そ、その……よよよ、横取りのじゃなくて、……ひ、ひ、ひ、必要だったら……」


 あまりにも弱々しすぎるため後半は何を言っているのかすらわかりません。ミノタウロスは警戒するように異常者を見ています。もはや少女など眼中にないとばかりに。


「無理しなくて大丈夫。私が時間を稼ぐから逃げてください。なんとかする手段があるなら手伝ってくれてもいいですけど」


 ダンジョンを探索する者、探索者は自己責任が基本。こんな状況で少女を助ける必要など誰にもなく、しかしそれでも勇気を持って出てきてくれたと思われる……それが例え異常者でも巻き込むつもりは少女にはありませんでした。見るからに怯えてる相手に助けを求めるのは配信者としてもないし。


「じゃ、じゃあ、手伝います」


 異常者はそう言うと、手に持った金属の筒をミノタウロスに向けました。ズドン、という腹に響くような音がしたと同時にミノタウロスの頭が吹き飛びました。そして殴られたようにミノタウロスの体が後ろに吹っ飛んで倒れました。

 少女は固まりました。理解ができませんでした。異常者が持っている金属の筒、銃は当然知っていますが……ありえない。


「と、とりあえず配信を切ります……」l


 呆然としつつ、少女はカメラの電源を落としました。不必要に探索者を映してはならない、そんなダンジョン攻略配信者としてのコンプラが無意識に出ました。

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