[Chapter-002]新たな経験

【現在】005/思わぬ護衛対象

005/01/思わぬ名前――「ほとんどの場合は偶然だろうよ。うん」

「はい、照会完了しました。リリウムさんも大分慣れたようですね」


 冒険者組合の受付から冒険者札を返却され「ありがとうございます」とリリウムは返す。

 リリウムがマコトに同行し、共に冒険者として徒党パーティを組んでから数週間程が経った頃。

 マコトの手助けがあるとはいえ、スムーズに信頼を勝ち取っていき、手にしている冒険者札は既に銅級のそれであった。


 彼女としては、昇級の際には何かしらの複雑なもの――それこそ試験のようなものである――とかがあるのではないか、と身構えていたのだが、そのような事は一切なくあっさりと昇級した事に困惑していた。

 これは経験者のマコトも同様の感想を持っていて「黙ってた方が面白いかな」と意図的にリリウムの勘違いを訂正しなかったというのも理由となっている。

 マコトのそのような行為に僅かばかりの文句はあるリリウムだったが、それ以上に手助けされている以上は強く言う事もできず、終いにはお祝いの御馳走まで振る舞われた事でその文句は引っ込む事となった。


 それはともかくとして、である。

 今日もリリウムがメインに仕事を請け負い、マコトがそれをサポートする形で依頼を遂行し終えた訳だが「ところでマコトさん」とリリウムから半歩後ろにいたマコトへ受付が声をかける。


「何か用?」

「えぇ、マコトさん宛ての依頼が届いてまして……」

「じゃあ、ちょっと個室空いてる?」


 マコトがそう尋ねると「はい、空いております」と受付が答え「それじゃあそこで見るよ」とマコトは言う。


 冒険者組合には申請すれば一定時間使える個室が幾つか確保されている。

 掲示板に掲示できないような類の依頼――特に特定の冒険者を指定しているようなものである――の場合には、組合の個室にてその依頼書を冒険者がそれを見るというのが慣例となっていた。

 これは、RTOレインボウ・テイルズ・オンラインのゲーム中では省略されていた部分であり、マコトとしても当初は面倒に感じていた部分であった。

 しかしながら、冷静に考えれば現実世界でも重要な情報というのは不特定多数の他者がいる場所で見るものではない以上、そういうものなのだろうと幾度か経験する内に慣れていった。



 受付に案内された先の個室。そこで、マコトは渡された依頼書に目を通す。


「……なるほどねぇ……」

「えっと、どういう依頼なんです……?」


 好奇心からリリウムはそう尋ねる。しかし、その直後に慌てて「あ、いえ。守秘義務等があるなら話さなくてもよいのですが……」と付け加える。

 リリウムとて商人の娘。

 魔法学校も経験しているだけに、こういった状況では話せない場合もある事は重々承知だった。

 しかし、マコトとしては「いや、大丈夫。リリウムにも一緒に受けてもらうつもりだから」とその杞憂は不要と前置きする。


「いいんですか?」


 経験の浅い自身がマコト宛ての依頼に同行しても良いのか、とリリウムは問いかける。

 しかし、マコトはため息をつきつつ「大丈夫」と念押しする。


「そもそも、自分しか依頼を受けないとかなったら、リリウムを一人にしなきゃいけなくなる。そうならないように、ここ最近はリリウムが中心に依頼を遂行っできるようにしたんだから」


 マコトの説明に対して「あ。……なるほど」とリリウムは合点がいったのかぽん、と手を叩く素振りをする。

 その仕草はどんな世界でも共通なのか、とマコトは不要な事を考えつつ、依頼書を個室中央にある机の上に置く。


「今回は結構長丁場な依頼になる。護衛の依頼だ」

「護衛……いつぞやの私を守って下さった時のようなものでしょうか?」


 リリウムは身内に山奥へ放置され、その命を狙われていた所にマコトが偶然現れて、実家まで送り届けてくれた時の事を思い出す。

 この一件については、事後的にオブライネン商会の方から依頼だった、という事にしてマコトに依頼完遂の報酬が支払われている、とリリウムは親とマコトの両者から聞いている。

 その時のように、誰かを特定の地点まで無事に送り届ける依頼という事だろうか、と尋ねれば「まあ、その認識で間違ってないかな」とマコトはそれを肯定する。


「違う所があるとすれば、事前にちゃんと依頼しているという所かな。それに、本来こういう護衛任務っていうのは襲撃されずにそのまま無事に送り届ける事ができる事も珍しくないからね」

「確かに、毎回襲撃されるというのも、それはそれで問題ですわね……」


 リリウムの場合には、元から命を狙われているという所から依頼が始まった訳だが、本来の護衛依頼というのは“何かあるかもしれないけど一応護衛を雇っておきたい”という程度のものだ。

 勿論、“何者かに狙われているから護衛して欲しい”という類もある。

 だが、そういう緊急性の高い護衛依頼というのは、早々冒険者に宛がわれる事はない。多くの場合はお抱えの騎士がその身辺をガードする事が多い。冒険者を雇うにしても、金級冒険者のといった冒険者の中でもトップ層に目をつける。

 しかし、今回は銀級のマコトへの依頼という事も考えると、そこまで緊急性の高いものではないようだとマコトはあたりをつけていた。

 そして、その事をリリウムもまたこの僅かなやりとりで理解する。


「で、今回は外交官からの依頼。まあ、案外珍しくもない話かな」

「そうなんですの? 外交官なら国お抱えの騎士でも……」


 マコトの言葉にリリウムは首を傾げる。

 外交官と言えば外国との交渉に赴く国の職員だ。

 つまり、国にとっては重要な人材と言っても良い。

 だからこそ、リリウムは国お抱えの騎士が護衛につくべきなのでは、と考える。

 しかし、これに対して「騎士が国境超えるとどうなる?」とマコトが問うと「あー……」とリリウムも納得する。


 マコトとリリウムがいるこの中央大陸は大小様々な国々が集まっている。

 現時点では戦争状態に突入こそしていないが、微妙な関係になっている国々というのも珍しくない。

 そんな微妙な関係の国に対し、軍事力である騎士と共に外交官が入国する、というのはどうにも心象が良くない。

 だからこそ、国の軍事力ではない外部の戦力――それも、どの国にも属していない独立的な存在――つまりは冒険者が護衛を務めるのが丸いという判断へと繋がる。

 無論、これには冒険者に装った騎士や兵士という疑惑も付き物ではある。

 とはいえ、そこまで疑っていては外交などできる筈もない。

 少なくとも、現状としては冒険者組合という存在が世界的に信用を得ているからこそ保たれているバランス、と言っても良い。


「まあ、そんな訳で自分宛ての依頼になったわけだ」

「納得致しましたわ……」


 リリウムはそう口にしながら机の上に置かれた依頼書へ目を通す。

 そして、その一部分に目をやった時に「えっ」と驚きの声を漏らす。その様子に「どうかした?」と思わずマコトも尋ねる。


「あっ……いえ、その……」


 どう説明したものか、とリリウムの両手が空を切る。ろくろを回すような仕草。

 果たして中央大陸にろくろの文化ってあっただろうか――等とマコトは考えながらリリウムの言葉を待つ。


「えっと……今回の依頼主アービー・ライアン、魔法学校時代の同期……ですわ」

「あー……うん、なるほど……」


 案外世間というのは狭い。

 前世と今世、そのどちらであってもそうなのか、とマコトは一人勝手に納得する。


「偶然、でしょうか?」


 リリウムとしては、自身が冒険者となってそう日数が経っていないこの時期に、リリウムと徒党を組んでいる冒険者にリリウムの知人からの依頼、という状況に何かしらの意図的なものがあるのではと勘繰っている。

 実際、それを勘繰りたい気持ちもマコトは理解する。理解しているが――。


「ほとんどの場合は偶然だろうよ。うん」


 ――ぺしゃり、とその勘繰りは凡そ的外れである、と口にするのだった。

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