003/05/別れと出発の刻――「行って来ます、お父様」
朝食の席を終え、マコトは手早く普段着へと着替える。
このまま小奇麗な格好のまま出発する事も考えられたが、冒険者として外に出るのだから汚れても良い格好にしておくのは極めて自然な事。
多少面倒と感じながらも着替えを終えて宛がわれた部屋を出ると、そこにはマコトの前世でいう所のスポーティでカジュアルな衣装を着たリリウムが待っていた。
動きやすい格好ではあるが、身なりも良く見える格好にマコトは「おぉ」と感心して小さく声を漏らす。
トップスとしてシャツの上に上着を羽織っていて、ボトムスは所謂膝下を僅かに隠す程度の丈のスカート。
色を言えば、全体を黒一色で統一していて、それが彼女の白い肌や金の髪との対比となっていてよく映える。
リリウムは煌びやかな格好も似合うが、いつまでも煌びやかな格好をしている訳にもいかない。
確かに、マコトには
戦闘用の
魔法学校を優秀な成績で卒業したというだけあって、冒険者の事情にも多少は知識があるのだろうとマコトは納得する。
が、それを口にはぜずリリウムの格好をじぃ、と見つめるのみで言葉にしない。
「どう、ですか?」
そんなマコトの様子に不安を覚えたリリウムがそう尋ねる。
リリウムからすれば、この格好で問題ないかどうかと初めに聞きたかったというのに、マコトが一人で勝手に納得してリリウムの姿を見ているだけなのだから、不安に思うのも無理はなかった。
その事に一瞬遅れて気付いたマコトは「ああ、ごめん。それで合ってる。大丈夫」と慌てて答える。
マコトとしては、出発してからリリウムの服を探そうかとも考えていただけに、初めから冒険者らしい格好をしているのは嬉しい誤算とも言えた。
ジェームズから直々に任されてしまった、という事もあってかマコトは多少なりともリリウムに対し過保護気味になっていたというのにこの段階で気が付く。
「それにしても、その服は?」
「一応、魔法学校在学時のフィールドワークで使ったものでして」
「なるほど、魔法学校ってそういうのもあるのか……」
てっきり座学が中心だと思っていたマコトからすれば、意外な情報でもあったが魔法学校を卒業してから冒険者になった知人の事を考えればそれもそうか、と少し遅れて納得する。
魔法学校を卒業した魔法使いは魔法学校の講師や国の役人などを目指す者が多いが、必ずしもその役職に就けるとは限らない。
倍率が高く狭き門となる以上は、それ以外の職――つまりは冒険者に向けての準備も魔法学校の課程に含まれていた。
マコトの前世で考えるならば、学校で体育の授業があるようなものである。
社会に出て体育の授業が必ずしも役立つ訳ではないが、身体作りの一環としての体育という側面もある。
講師や役人といった職を目指すにしても最低限度の体力はあって困るものでもなし。
それらの職に就く事ができず魔法を扱える希少な冒険者として日々を暮らしていく場合であれば必須――といった具合だ。
「勿論、その知識を活かす事はないと思っておりませんでしたが」
「確かに、自分がお嬢さんの立場だったら、冒険者になる事を目指すような事はまずないだろうよ」
リリウムの言葉に相違ってマコトは肯定する。
魔法学校の卒業生は様々な分野に引っ張りだこだ。
国や街といった所の役人だとか、医師や商人といった様々な知識人を輩出していて、そちらを目指す人間が圧倒的に多い。
それくらいに、冒険者という職業は過酷であり、リスクも大きいというのは一般にも広く伝えられている。
だからこそ、リリウムが魔法学校を卒業する段階において、冒険者になる事を考えるのはまず殆どの場合に考えられない。
そう考えてのマコトの言葉だった。
それを察してかリリウムも「そうですよね」と相槌を打ってから「あ」と何かに気づいたかのように声を漏らす。
「それとこちらも確りと持っております」
リリウムはそう口にしながら上着の内ポケットから何かを取り出す。
長さにして片手の親指の先から小指の先まで程度の長細い棒状の何か。
それを見て「ああ、杖」かとマコトが口にすると「その通りですわ!」とマコトの言葉に同意する。
杖。
もっと細かく言えば魔法行使用の杖である。
魔法学校で魔法を学ぶ者の多くが、杖を用いて魔法を扱う基本的な魔法を扱いを身に着ける事となっている。
リリウムもまた、杖を用いて魔法を安定して扱えるようになっている魔法使いだ。
リリウムが山奥に連れ去られた際には杖を持っていない状態だったが為に、足手まといになってしまっていたのは否定できない。
しかしながら、今回はこうして魔法行使用の杖も持ち、準備万端であるという事を伝えたいという事だった。
「んじゃ、行こうか」
マコトがそう言うと「はい!」とリリウムが元気よく返事をして、マコトの後ろをついてくるのだった。
「流石、準備万端だな」
二人がオブライネン家の所有する施設の玄関に辿り着くと、そこにはジェームズが待ち構えていた。
二人の出発に合わせての見送りというのもあるが、もう一つの目的としてマコトに渡すものがあったからという所である。
ジェームズの手には一つの書類があった。これこそが、冒険者組合へと提出され、リリウム個人宛の依頼として発行された依頼書である。
それを彼はマコトに手渡しながらそう言った。
「えぇ、それはまあ」
その書類をマコトは受け取りながら、依頼書を改めて確認する。
朝食の席でも軽く今回の依頼――リリウムを暫くの間預かるという件について――の話をしていた為、依頼書にはその話と同様の事が形式的に記されていた。
特に内容に関しては何ら問題もない。依頼の期限としては無期限であり、定期的に冒険者組合経由で安否を報告する事によって、その度に組合経由で報酬が支払われるという仕組み。
要は、定期的に報酬が得られるという訳だった。
「――こうして依頼書として目にすると、破格ですよこの条件は」
そこに書かれていた報酬はマコトがこれまで受けて来た依頼と比べるとあまりにも良心的で高額だった。
一か月に一度冒険者組合経由でオブライネン商会に安否報告をするだけで、そこそこの依頼を遂行した際の報酬と変わらない額が手に入ると聞けばそのすごさがわかるだろう。
つまり、言ってしまえば冒険者としての依頼を減らして単にリリウムの安否報告だけをするだけでも十分な収入が得られるという訳である。
――尤も、将来の事を考えたり裕福な生活をする為なら、ある程度は依頼を遂行する必要があるのだが。
「一応、虚偽の報告があった場合、この依頼は破棄させてもらうが……そのような事はないと信じているからね」
ジェームズのその言葉にマコトは冷や汗をかきながら「その信頼を裏切らぬよう、頑張ります」と答える。
冒険者として信頼されるのは良い事だが、あまりにも期待をされるのも重圧というものだった。
「それでは、出発します」
「行って来ます、お父様」
リリウムはそう言って頭を下げる。
もしかしたら、これが最後になるかもしれないと思っての丁寧な挨拶。
「行ってらっしゃい、リリウム」
ジェームズもまた丁寧にそう言った。
そうして、二人はオブライネン商会を後にしたのだった。
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