P002/05/故郷の終わり――「ごめん、みんな。本当にごめん」
「――
アヤメの背後へと意表を突く形で回り込み、振り向いてくると同時に閃光で視界を奪う。
これが、マコトがこの場で考え得る限り唯一のアヤメに対する勝機だった。
当たり一面が光に包まれて、アヤメが咄嗟に目を覆うがもう遅い。
地を蹴り身体を捻りながらその場で駒のように回転させながら、回し蹴りをアヤメの顎へとマコトは叩き込む。
「はぁ、はぁ……」
息を切らせながら、アヤメの様子を見る。まだ、油断できないと身構えるがアヤメは崩れ落ちたまま。
数秒程ただ一人で身構えてから、漸くアヤメの意識が飛んだ事を漸く察して構えを解き、ゆっくりと息を吸って吐く。
「……
ふと思い立ったマコトはそう口にして自身の能力値や現状を把握する。
死闘と表現しても良いアヤメとの戦闘を経て、HPやSP等の個別ステータスに極微量の成長が見られるが、それよりも重要な部分が変化している事に気づく。
「レベル、上がった……? 一気に三つも……?」
それは、
RTOは確かに世界中からの評判が良く、プレイヤーも多かったがレベルアップや経験値に関しては渋いというのが通説となる位に序盤の経験値は非常に少ない事が知られていた。
その代わりに特定の行動をすれば直接能力値が微増する仕組みになっている、と考えればそうやって調整しているのだろうという事は推測できるものの、これについては不満を口にするプレイヤーもいたとマコトは記憶していた。
それだけに、アヤメとの戦闘前はレベル
考えられる要因としては、アヤメがRTO序盤に戦う敵と比べて極めて強く経験値が多い敵だった、というもの。
事実、RTO序盤ではそこまで強い敵と戦う事無くサクサクと進める事ができるという事も踏まえると、アヤメが序盤に戦う相手ではなかったとも考える事ができる。
鍛錬の最中に見たアヤメの姿は、どう考えてもマコトよりも数段上なのはマコトにはよくわかっていた。
「――どうしよう、これ」
マコトのその呟きは、レベルアップによる各能力値へ振り分ける事のできる付与されたポイントの使い道に対して――ではなく、今のこの状況――焼け野原となった故郷の様子に対して向けられたものだった。
忍の里はその面影すら残さず焼かれていて、微かに集落のようなものがあったかもしれない、という痕跡を残す程度。
つまりは、忍の里としての機能は最早残されていない。仮に生き残りが数名集った所でもうどうにもならないだろう。
そもそも、その生き残りがマコト以外に果たして何人いるだろうか、という問題もある。
見渡す限り家屋は焼かれていて、そこら中に屍が積み重なっているのを目視してしまっているマコトからすれば、生存者を探すのは絶望的だと感じるのは自然だった。
今後について考えなければいけない、とマコトが考えたその時、咄嗟にマコトは物陰へと身を潜める。
唐突に感じた人の気配。
マコトと同様、里の生き残りであれば問題はないが、アヤメ側の者であった場合は見つかってはいけないと判断しての事。
「――アヤメ、遅いぞ」
そしてその判断は正解であった。
見慣れぬ忍装束の人影。
そして、アヤメの名を出す。
状況として、忍の里をこのようにしたアヤメの関係者であるのは明白。
そのような人物に生き残りであるマコトが見つかればどうなるか、深く考える必要もなかった。
身を潜め、息を殺す。
ただじっとして、敵が去るのを待つ。
「……アヤメ?」
敵は倒れているアヤメの姿を見つけてそう口にする。
その様子を見る事なく、ただマコトは身を潜めて見つからない事を祈るのみ。
聞き耳だけ立てて、いざとなったらすぐに逃げる程度の対策しかとりようがない。
――尤も、レベル一の
となれば、マコトにできるのはこれくらいしかない、というのが正確な所だった。
「……誰か生き残りがいた……? 全く……アヤメもまだ甘いな」
そう言って、敵がアヤメを抱きかかえるような物音がしたのをマコトの聴覚が捉える。
あとは、このまま去ってくれれば――それだけを、マコトは祈る。
「……息は……まだある。帰ったらアヤメには説教だな……」
そう言って、敵は音もたてずにその場から消えるように去っていく。
気配が遠くへと行ったのを感じ取ってマコトは止めていた息を「はァ――ッ!」一気に吐き出す。
生きた心地がしない、とはこの事だとマコトは感じていた。
とりあえず、一難は去った形にはなったものの状況としては依然として良くない。
忍の里は壊滅。
その犯人はアヤメ。
そして、これは単独犯ではなく、何らかの組織ないし集団が忍の里を滅ぼそうとして行われた犯行である事。
相手も見慣れないものとはいえ忍装束を着ていた事を考えれば、東雲皇国内の別の諜報組織が絡んでいるだろう、という所まではマコトは考えた。
考えたが、それ以上の事は何もわからない。
そういう意味において、アヤメは必要以上に情報を落とす事はなかった、とも言える。そう考えれば、アヤメは忍としての役割は確りと果たしている。
尤も、マコトを仕留め損ねたという点については先程の人影の発言からして何らかの叱責はあるだろうが。
なにはともあれ、である。
一先ず、この場は生き延びる事ができた。その事実に安堵のため息をつく。
「生きてる、まだ、自分は生きてる……」
周りには屍が幾つも転がっていて、正しく地獄絵図。
アヤメとの戦闘の際には無意識にそれらを認識しないようにしていたものの、改めて落ち着いた状態で周囲を見渡せば、とてもではないがまともな光景ではない事は明白だった。
それら全てをちゃんと弔いたいという気持ちがマコトにはあった。
屍を野ざらしにするという事に気が引けると感じての事だ。
しかし、それを可能にするだけの
だから、マコトはその屍の中から辛うじて母とわかる死体だけを選び、周囲で未だに燃え盛っている炎を火種にして近場の木々に火をつけ、母を炎の中へと放り込む。
忍の里での弔い方としては火葬が主だった。
これまで、何者かによる襲撃はなくとも寿命で亡くなる者は年に数度はある。
その度に、亡くなった者を火葬するのをマコトは見て来た。
それを見様見真似でなんとかやってみたといった所だった。
「ごめん、みんな。本当にごめん」
もっと帰還が早ければ。
あるいは、アヤメが怪しいと少しでも察する事ができていたのなら。
マコトはあれこれと考え始める。
しかし、アヤメに関して言えば怪しかった点など欠片も見せていなかった上に、先程のように早く帰還したらしたで、アヤメの仲間と思しき人物とも鉢合わせする可能性もあった。
つまり、どうにか生き延びる事ができた現状こそが、考え得る限りではベストであるという事にマコトは思い至る。
だが、そうであっても、悔いが残らないなんて事はない。
「――!」
マコトの嗚咽は、家屋が燃える音にかき消されていった――。
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