6、壁の向こうがわ

 学校が終わってからすぐに、わたしはナツメくんが指定した場所へと急いだ。今日は荷物が届く日じゃないから、放課後に壁の近くにいても、大人に止められたりはしないだろう。門のそばに着くと、ナツメくんはすでにそこに立っていた。いつもの学校に着てきているだぼっとした服じゃなくて、昨日見た身体にぴったりと張り付く服を着ている。


「来たのか」


 ナツメくんはそれだけ言うと、わたしの方をちらっと見ただけで、すぐに壁へと目を向けた。


「ナツメくん。わたしを呼んだのはなんで?」

「あまりにもおまえがものを知らないから、連れていってやろうと思って」


 ナツメくんの言葉は相変わらずぶっきらぼうだけど、会話が成り立たない、という感じじゃない。でも、連れて行ってやろう、という意味がよくわからなかった。まさかと思い問いを重ねる。


「どこに?」

「お前が昨日見ようとしていたところだ」


 ナツメくんは答えるなり、すたすたと歩きだす。わたしは昨日、ナツメくんがどこに行って、何をしているのかが知りかった。でもナツメくんは、わたしが壁の外を見たがっているんだと思っていそうだ。それもまちがいではないので、だまって彼のあとをついていく。


 壁沿いではあるけれど、わたしが知っている門の入り口からは離れた場所で、ナツメくんは立ち止まった。ナツメくんはとても歩くのが速くて、たいした距離じゃないのにわたしは息があがっている。でも、彼が壁をつくっている石をひとつ引き抜いて、それを取っ手みたいに持って引っ張るのはちゃんと見ていた。びっくりしている間もなく、彼は扉のように開いた壁の中へ入っていく。


「早く来い。ぐずぐずするな」


 ちらりとこちらを見たナツメくんの声は冷たい。わたしはすでにはあはあ言っていて、もう少し気を使ってくれてもいいのにと思うけれど、たぶん「秘密の入口」みたいなところだと思うので、なるべく急いで彼の後に続いた。


「入ったら閉めとけよ」

「閉じるだけでいいの?」


 扉を閉めながら問いかけると、上からナツメくんが深く息を吐く音が聞こえてきた。


「この登り場は、しらさぎのまちの奴らのほとんどが知らない。このまちは平和ぼけしすぎている」


 ナツメくんの言葉は冷たく聞こえるけれど、わたしが扉を閉めるのを待っていてくれた。思ったよりも重くない壁に着いた扉を家の入口みたいに閉めてから、改めて扉の先を見る。

 入ってすぐ左に延々と階段が続いているのが見えた。光るインクが壁に塗られているみたいで、明かりらしきものはないけれど、階段と、数段分上にいるナツメくんの姿ははっきり見える。

 階段の幅は、たぶん大人がひとり通れるくらいだ。わたしとセトカだったら、身体を横にしたらぎりぎりすれ違えると思うけれど、大人どうしだったらたぶんむずかしい。石の階段はつるつるしていて、さっきナツメくんが「ほとんどの人が知らない」と言っていたわりにきれいだった。


 だれが、なんでこんなところに階段を作ったんだろう。いま、この階段は誰が手入れしているのかな。そんなことを考えている間にも、ナツメくんはずんずんと上へと進んでいく。ナツメくんは歩くだけじゃなくて、階段を登るのも速いみたいだ。考えごとをしていたらあっというまに置いていかれそうだったので、わたしは必死についていく。


 外が見えないから、じぶんがどれくらい登ったのかぜんぜんわからない。でも、わたしが今まで生きてきた中でいちばん長い階段なことはまちがいなかった。足が痛くなってきて、ナツメくんに「ちょっとひとやすみしたい」と言いだそうかなやみ始めたそのとき、目の前に光が差し込む。壁のてっぺんに着いたんだ。

 下から見上げただけでは分からなかったけれど、壁のいちばん上には、人が通れるくらいの太さの道があった。ここは階段とは違って、大人が四人は並んで歩けるくらいの幅がある。そして、なんだかものすごく暑い。階段を休まずにのぼったせいかもしれないけれど。


 ナツメくんは何も言わずに、その道を先へ進んでいく。相変わらず右も左も壁でみえないけれど、進んだ先に壁が開けた場所があるのが見えていた。きっとナツメくんは、そこを目指している。私の予想は当たっていた。壁の外が見える場所で、彼は立ち止まる。わたしはナツメくんの横に立って、開けた右側に顔を向けた。


「わぁ……!」


 思わず声が出る。目の前には、どこまでも広がる、真っ黄色な砂地が広がっていた。風が吹くと、砂が舞い上がり、絵本で見た金色の波しぶきみたい。ところどころに岩のようなものが突き出ていて、はるか向こうには、しらさぎのまちと同じような、高くそびえる壁がぼんやりと見えた。あの壁の中には、きっと別のまちがあるのだろう。


 わたしが今まで見てきた景色は、壁に囲まれた小さなまちの中だけだった。しらさぎのまちの、みんなが作ったまちなみも大好きだけど、こんなに人が作ったものが無い景色は見たことがなくて、ただすごく、人の力以外の力――自然の力って言えばいいのかな――を感じる。


「すごい! こんな景色、初めて見た! 連れてきてくれてありがとう!」


 わたしが興奮してナツメくんのに顔を向けると、ナツメくんは呆れ顔でわたしを見ていた。


「のんきな奴だな」


 ナツメくんはぼそりとつぶやき、すぐに視線を砂地の向こうへと向ける。彼の視線の先には、何が見えているのだろう。いつも鋭いナツメくんの瞳が、すこし怒っているように見えたのは、気のせいだろうか。

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